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オーシャンニューズレター

第245号(2010.10.20発行)

第245号(2010.10.20 発行)

東アジア海洋科学コンソーシアムの設立を目指して

[KEYWORDS] 東アジア/海洋科学/国際連携研究
東京大学大気海洋研究所 国際連携研究センター センター長・教授◆植松光夫

わが国と東南アジア5カ国が10年間取り組んできた多国間拠点大学交流事業「沿岸海洋学」が今年度で終了する。本プロジェクトで構築された東南アジアネットワークをもとに、沿岸域の海洋学のみならず、外洋域を含めた東アジア全域を対象に、地球規模の海洋科学研究への連携を国際的な枠組みを通して貢献しうる、研究者を中心とした東アジア海洋科学コンソーシアムを設立することを提案したい。

多国間拠点大学交流事業「沿岸海洋学」の高い評価

今や東アジア・東南アジアは30億以上の人口を抱え、その社会経済活動が沿岸域に大きな影響を与えている。沿岸域に生息する生物資源や海底鉱物資源については、各国とも高い関心を持ち、その持続的な包括管理や利用が急務である。また地球環境変化が顕在化しつつある東南アジア諸国周辺域では、局所的な環境変化が、地球規模での海洋や気候の変化と密接に繋がっていることを、強く認識するようになってきた。
そのような課題に対し、わが国では東京大学海洋研究所(2010年4月に、東京大学大気海洋研究所に改組)を中心に、日本学術振興会の二国間拠点大学交流事業として、1988年からインドネシア、翌年からはタイと、沿岸海洋学に関する研究交流を広げてきた。さらに2001年度から2010年度までの10年間には、多国間拠点大学交流事業「沿岸海洋学」を展開し、わが国とインドネシア、タイに加え、マレーシア、フィリピン、ベトナムの東南アジア5カ国とともに、物質循環、有害藻類、生物多様性、汚染物質の課題に取り組み、その研究成果は国際的にも高い評価を受けている。
この事業に携わる研究者は、わが国を含め約350名にも達しており、毎年、参加国持ち回り開催の沿岸海洋学合同セミナーには、百数十名が参加している。特に2008年にマレーシアで開催された第7回UNESCO/IOC/WESTPAC(ユネスコ政府間海洋学委員会西太平洋海域小委員会)国際シンポジウムにおいては、16カ国から350名の科学者、行政担当者が出席した。その内70名あまりが、「沿岸海洋学」事業による研究成果を発表し、西太平洋での海洋科学の知見の拡大に多大な貢献をした。
こういった研究成果は、すでに十数冊の単行本や図鑑として刊行され、貴重な資料として関係諸国に広く利用されている。また、この研究事業により、わが国への国費留学生や各国の研究機関の若手研究者から、数多くの学位取得者が生まれている。しかし、この事業も2010年度をもって終了することになり、新たな枠組みの検討と実施を進める時期を迎えた。
今後も、東アジア諸国沿岸域における海洋環境の実態の把握、およびその問題解決には、実効性の高い国際的な共同研究が必要不可欠である。海洋基本法制定以前から、科学技術・学術審議会(海洋開発分科会)において「海洋に関する問題を解決するためには、国際貢献と国益の確保の均衡を図りながら、国際的な協力の枠組み整備、国際的なプロジェクトへの参加、開発途上国への支援等の国際協力を進めることが重要である」と答申されており、わが国の海洋科学分野の優位性を国際的にも生かすべきものである。

東アジア海洋科学コンソーシアム設立への喫緊の提案

そのために東アジア海洋科学コンソーシアム(EAMSC; East Asian Marine Science Consortium)を設立することを提案したい。
まずわが国が1988年以来、20年間で構築してきた「沿岸海洋学」事業の東南アジアネットワークをもとに、沿岸域の海洋学のみに留まらず、外洋域を含めた東アジア全域まで対象を広げる。そして地球規模の海洋科学研究への東アジア地域版として進展させ、国際的な枠組みへも貢献しうる研究者を中心とした、コンソーシアムを構築するのである。
これまで「沿岸海洋学」に参加してきた各国において、世代交代が進み、次世代を担う研究者の養成や引継が、早急に必要であることは、共通の認識である。またこういった諸国に対し、欧米や中国などから、積極的な共同研究や援助の働きかけが強まって来ている。今こそ、われわれの築き上げてきた人的資材のネットワークの将来展望と方針を明確に打ち出したうえで、東アジア域において安定した研究交流を維持すべき時を迎えたのではないだろうか。

西太平洋での傍観できない国際動向

近年中国政府は、海洋調査研究のリーダーシップについて、非常に強い関心を示している。2008年5月の政府間組織であるUNESCO/IOC/WESTPAC地域会議や同6月のIOC執行理事会でも、その意向を強調し、IOCへの拠出金を2万ドルから6万ドルに増額すると明言した。また、南シナ海に面するベトナム、フィリピンとの三カ国共同海洋観測などの実施を進めている。当該地域への中国からの貢献は歓迎すべきことではある。また、米国は上記WESTPAC会議に、過去2回代表を派遣してこなかったが、今次会合には4人の代表団を送り込んできた。東南アジア地域の海洋研究に対する、同国の関心の高まりを示すものと推定される。
このように欧米や中国が、関係諸国へ資金援助を伴う共同研究提案を活発化させる中、わが国は、各国が自立した形で自国の研究費を取得することにより、一方的な援助から脱却することを目指している。この高いハードルを越え、対等な立場での研究を実現させるためには、本コンソーシアムを通してわが国と各国の研究者達との間で、高度な研究交流や人材の親密な交流を維持し、自発的研究交流を発展させることのできる基盤を育成していくことが必要である。わが国が長年かけて構築してきた東南アジア地域の海洋研究ネットワークが、東アジアにおける真の主導を生かす好機がきたといえる。

提案の場としての国際会議の開催


■2010年10月26日から29日まで東京大学柏キャンパス、大気海洋研究所で開催される国際会議のポスター「西部太平洋域における海洋科学研究の新しい展開」-政府間海洋学委員会西部太平洋域50年間活動と日本学術振興会拠点大学事業による「沿岸海洋学」の過去、現在、そして未来-

東南アジアの海は、地球環境変化に対しても重要な海域であり、関係諸国のみならず、日本を含め国際的な関心は高い。ただ現状では、各国の沿岸域での生物資源の持続的な利用、海底資源の開発、管理に人材が多く登用され、人材も育成されつつあるが、当該地域での基礎的な海洋科学的観測研究への取り組みや、人材の雇用は限られている。各国の沿岸域や周辺海域での海洋科学研究や海洋観測調査、それを有機的につなぐネットワークとデータ管理を、アジア地域全体で行う意義と重要性を理解し合い、その施策を促す必要がある。
本提案では、今までの沿岸海洋学の研究をさらに高度化し、連携を強め、発展させていくとともに、新しい枠組みとしてローカルからリージョナル、そしてグローバルに繋がる海洋科学の諸問題に、東南アジア諸国が自立して取り組む体制を構築することである。さらに関係諸国のみならず、国際的なネットワークともリンクして貢献していく方向を、個々の研究者レベルから立ち上げることを目指したい。東アジア海洋科学コンソーシアムを、具体的な施策や研究課題について議論を行う場として、各国の海洋関連学会などの賛同を得て、多国間共同研究プロジェクトを立ち上げようと10月26日からの国際会議(ポスター参照)で提案する。わが国政府からの強力な支援が、不可欠であるという事はいうまでもない。(了)

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