Ocean Newsletter
第233号(2010.04.20発行)
- 東京学芸大学 准教授◆橋村 修
- 東京工業大学大学院社会理工学研究科・価値システム専攻教授◆桑子 敏雄
- 海上保安庁海洋情報部 前海洋情報課沿岸域海洋情報管理室長◆内城(ないじょう)勝利
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道 智彌
地域の魚の見直しを!~シイラと人との関わりに見る古今東西~
[KEYWORDS] 魚食文化/水産資源の枯渇/地域振興東京学芸大学 准教授◆橋村 修
現在の日本ではマグロなどのような多獲性魚種が漁獲され、その魚食文化が全国に展開し、世界的に資源枯渇を招いている。一方で、数十年前まで存在していたシイラなどのような地域固有の魚食文化が失われつつある。そこで、地域の魚を改めて活用することを提唱したい。これは水産資源の有効活用、地域文化の復興にもつながることだと考える。
今こそ「地域の魚」を!
大西洋・地中海のマグロ捕獲の規制をめぐってEUと日本などの国々との間で熱い議論となっている。そもそも魚資源の枯渇はなぜおきるのか? 日本のなかでは、マグロ、カツオ、ブリ、ハマチ、タイ、イカ、エビ等のような特定の魚に対する消費が、全国各地で同じように展開していることと無縁とはいえまい。例えば、寿司のネタはどこに行っても一緒である。都市消費者の動向に左右されながら、地域の漁業者は漁をおこなっている。まさに魚食の画一化である。そもそも日本列島各地には、土地独特の魚による魚食文化があり、ところかわれば魚もかわる、地域によって魚はさまざまであった。こうした地域の魚食文化(「地魚」)は、魚食の画一化の流れの中で、消えつつある。そして、「地魚」の多くは「雑魚」として扱われている。しかし今、地域の魚を見直すことで、水産資源の枯渇、海外輸入への依存から少しでも脱却することができるのではないか。海外に魚を求める前に、国内に目を向けて、各地のさまざまな水産資源を有効に活用すべきである。
そうした地域の魚を見直して活用する取り組みが、数年前から官・民双方で進められている。農林水産省は、各地で投棄されている魚を活用する「未利用魚」や「投棄魚」の活用を唱え、各地の漁協・自治体に援助をしている。筆者は未利用魚について、(1)その地域で現在は未利用だが過去に食用だった魚、(2)その地域では未利用魚だが他地域では食用になっていた魚、(3)日本列島全体でまったく食用にされていなかった魚に区分されると考える。(1)(2)の場合は、地域の培われた食文化や漁撈が存在し、地域の魚というふうにとらえることができる。これらの範疇に入る魚としては、ノロゲンゲ、シイラ、アイゴ、ゴマサバ、ソウダガツオ、ヤガラ、ウツボなど、地域によってさまざまである。
これらの「地魚」は、冷蔵庫普及前において、塩乾物や塩辛として加工され、日常の食用のほかに儀礼でも使われていた。しかし、保存器具の普及後はこうした加工の文化が急速に失われている。これまでの漁業研究は、経済性を重視するあまり、多獲性の魚を対象にした研究が中心であった。しかし、画一化される魚食文化の展開のなかで失われつつある地域固有の漁撈、魚食の歴史・文化の究明と、その復興をめざした動きについての調査、研究も水産資源の枯渇が叫ばれるなかで重要な課題になると思われる。そこで本稿では、現在安価な魚で雑魚として扱われる傾向にあり、回遊魚のひとつであるシイラをめぐる文化や歴史を取り上げて、地域固有の漁撈と食文化の歴史文化に注目する材料を提供していきたい。
シイラをめぐる古今東西の文化
■滋賀県高島市朽木麻生の正月シイラ切り
■沖縄県国頭郡国頭村宜名真のイシノウガンの供物(シイラ煮つけ)
シイラ(Coryphaena hippurus Linne)※1は、体長が約0.5m~2mになり、浮き魚で日本近海には夏場に黒潮や対馬暖流に乗って北上し(上りシイラ)、夏をすぎると南下(戻りシイラ)する回遊性の魚である。この魚は、日本において周年で見られるが、群れをなして回遊するのは5月から12月までである。またマグロやカツオ、ニシンなどと比べると漁獲高も少なく経済性は低く、またその評価は地域によって大きな違いがある。シイラの用途としては、塩干物、白身フライ、かまぼこやさつまあげの原料としてのすり身などの加工食用などが多く、マグロ等と比べるとかなり安価であるように、現在、国内で主要な魚として扱われていない。しかし、戦前までは保存のしやすい魚として重宝され、支配者への献上品、カミへの供物として重用されていた。中世末期の若狭では、タイよりも高級であった。江戸時代の薩摩では、八朔の際に地方から藩主への献上魚となっている。現在でも各地でハレの行事でシイラが使われている。長崎県生月島では正月の「懸の魚」(かけのいお)※2として、滋賀県や福井県、鹿児島県奄美では正月の年の魚(三献で出される)として、滋賀県大津市等の山ノ神祭り、佐賀県伊万里、広島県加計のおくんち※3等では供物として、江戸期の鹿児島や現在の高知などでは結納の席で出す魚として使われている(写真1)。出す理由として、シイラが精のつく魚なので子孫繁栄、豊年満作につながると話す人も多い。鹿児島県甑島(こしきじま)の漁師さんたちは、その年に初めて獲れた魚を神社に奉納する。沖縄県国頭村(くにがみ)宜名真(ぎなま)では、秋のシイラ漁を始める前に「石の御願(うがん)」という神事を執り行い、シイラの兜煮(口にトビイカをくわえている)を供える(写真2)。
一方、海外では、日本と違って高級魚として扱われている。ハワイではマヒマヒとして知られ、シイラサンドやムニエルとして観光客が一度は口にする。アメリカ本土でもくせのない白身の魚としてタラやテラピアと並んで好まれている。周辺海域に豊かなシイラ漁場のあるコスタリカでは、この魚を食べる習慣はなく七色に変わるのでむしろ嫌っていたが、1980年代初頭からアメリカ輸出用の延縄漁業が始まり、今では日本台湾と並んで世界で最も多くのシイラを漁獲する国になっている。また、紀元前1500年に食用にされていたギリシャ、マリア祭でこの魚を供えるマルタ、さらにイタリアのシチリア、チュニジアなどの地中海各地では、古くからのシイラ漁業と食文化が形成されていた。
シイラの見直し - 地域の魚の復興
近年、日本ではそれほど価値のない魚として位置づけられているシイラを見直す動きが各地でおきている。沖縄県国頭村、宮崎県日向市、長崎県平戸市生月島、和歌山県すさみ町、神奈川県平塚市、茨城県那珂湊などでは、その地域の旬の魚であるシイラを使った地域おこしや「食育」の活動が進められている。沖縄県国頭村では2000年、2001年にシイラと浮き漁礁であるパヤオを記念した祭りが、地域おこしの一環として開催された。また、2009年11月には、秋に300トンのシイラ水揚げ実績のある長崎県平戸市生月島で、シイラを活用させる目的で「シイラフォーラム」が開催された。地魚、雑魚を通した地域おこし事業のなかでシイラに注目が集まっている。生月島のシイラ(「カナヤマ」ブランド(カナヤマは当地のシイラのオスの方名))のコンセプトは、定置網へ回遊する10月11月という季節限定でしか味わえない付加価値である。このセールスポイントは、限りある水産資源をどのようにして未来に残していくのかという点でも重要である。
こうした動きから、特定の魚をとって食べることによる資源枯渇を防ぐために旬の魚をバランスよく食べる習慣が大事なのだということが伝わっていけばと願わずにはいられない。(了)
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