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オーシャンニューズレター

第232号(2010.04.05発行)

第232号(2010.04.05 発行)

いわて海洋研究コンソーシアム

[KEYWORDS] 海洋立県/海のシリコンバレー/地方公共団体
いわて海洋研究コンソーシアム代表、東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センター教授◆道田 豊

岩手県は海洋立県を目指して、平成21年度に、海の産業を活性化するための「三陸沿岸海洋産業振興指針」をとりまとめ、海洋研究の面では県沿岸地域に立地する海洋研究機関のネットワークを中核とする「いわて海洋研究コンソーシアム」を設立した。
これらは海洋基本法の理念を地域レベルで具現化する取り組みとして評価されるものと思われ、関係方面の支援を期待する。

海洋版シリコンバレー


■大連水産学院で開催された「海洋環境技術交流会」の開会式で挨拶する達増拓也岩手県知事
(平成21年9月16日)

岩手県では、県北・沿岸地域と自動車関連産業等を擁する北上川流域との間に顕著な所得格差が見られ、その是正が県政の重要課題の一つである。そこで、地域振興策に関して産業関係者などが県知事と直接意見交換を行う「県北・沿岸移動県庁」が県内各地で実施されている。平成20年5月、移動県庁の一環として、県内の海洋研究機関の代表と達増(たっそ)拓也知事との意見交換会が釜石市で行われた。県沿岸部には、大船渡市に北里大学海洋生命科学部、釜石市に岩手県水産技術センターと北里大学海洋バイオテクノロジー釜石研究所、宮古市に(独)水産総合研究センターの宮古栽培漁業センター、そして大槌町には筆者の勤務する東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センターがあり、多くの海洋研究機関が立地している。これら機関の研究開発ポテンシャルを活用することにより、県沿岸部の振興を図るという趣旨で、知事から「海洋版シリコンバレーの実現」というアイデアが提示された。
岩手県では、以前から海洋環境保全や海洋の利用に関する多くの活動が行われてきている。例えば、平成11年から数年間にわたって行われた海洋環境国際共同研究事業では、国際連合大学や東京大学海洋研究所と連携して、共同研究や国際シンポジウムの開催などが行われたほか、県と中国大連市は地域間連携の推進に係る協定を締結し、その一環として平成19年から毎年「海洋環境技術交流会(シンポジウム)」などが行われている。海洋産業の面でも、平成20年には「いわて海洋資源活用研究会」を設立して、県の沿岸および沖合に賦存する種々の海洋資源の利用可能性について検討を行い、平成22年3月に報告書が公表される。

海洋研究の推進

平成19年に施行された海洋基本法では、地方公共団体の責務(第9条)として、「地方公共団体は、基本理念にのっとり、海洋に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する」こととされた。このことを受け、岩手県ではいち早く県沿岸地域を核とした海洋産業振興に関する方針の策定に着手し、平成21年5月、「三陸沿岸海洋産業振興指針策定委員会」(委員長:幸丸(こうまる)政明・岩手県立大学副学長)を設立した。学識経験者等による数回の審議を経て、平成21年12月に指針がまとまり、公表した。
この海洋産業振興への取り組みと並行して、海洋研究の推進を図ろうとするものが「いわて海洋研究コンソーシアム」である(以下、コンソーシアムという)。従来から行われていた活動について研究という観点で整理し総合的に取り組むことで効果的なプロジェクト展開を目指し、前述の海洋研究5機関に県の関係部局、沿岸自治体、沿岸各地域商工会など産業界の代表も加わり、平成21年7月に発足した。
コンソーシアムの活動は以下の4つの柱で構成される。

  1. 海洋関係機関のネットワーク形成
  2. 海洋環境研究
  3. 海洋バイオテクノロジー研究
  4. 海洋資源・エネルギーの活用推進

海洋関係機関のネットワーク形成では、海洋研究5機関による交流会等の開催を通じて連携強化を図り、高校生を対象としたセミナーを開催して将来の海洋研究を担う人材育成にも力を入れている。また、特筆すべき取り組みとして、平成21年度から「岩手県三陸海域研究論文表彰」事業を開始した。これは、35歳以下の若手研究者から三陸海域を研究対象とする論文を募集し、書類審査と口頭発表審査を経て、優秀な論文数編に岩手県知事賞等を贈るものである。初年度の平成21年度は、知事賞4編(一般、学生各2編)と特別賞2編が選ばれ、11月に盛岡で開催された「いわて環境王国展」に合わせて表彰式と受賞者2名による講演が行われた。
海洋環境研究については、中国の大連水産学院との研究交流を継続的に実施しており、平成21年度は、9月に大連において「第3回海洋環境技術交流会」が行われた(写真)。また、「さんりく基金」による研究ポテンシャル発掘のためのフィージビリティスタディも実施されている。海洋バイオテクノロジー研究では、北里大学の研究施設を中心とした創薬プロジェクト等に対して県も支援を行っており、海洋バイオテクノロジーによる新産業の創出を目標としている。
海洋資源等については、「いわて海洋資源活用研究会」による検討のほか、ワークショップを年に数回沿岸各地で開催し、海洋のエネルギー資源等の実用化の可能性を探っているところである。

コンソーシアムの成果と展望

発足からまだ日の浅いコンソーシアムながら、すでに成果が形になりつつあるものもある。これまで3回行われた大連水産学院との研究交流会では、シンポジウム等における研究発表や意見交換にとどまらず、平成22年度は、大連水産学院の教員を東京大学海洋研究所に客員教員として招へいし、沿岸海洋環境の保全に関する具体的な共同研究に着手する運びとなった。また、海洋バイオテクノロジー研究の分野では、三陸で多く漁獲されるイサダ(オキアミの一種)を原料として乳酸発酵させることで有用アミノ酸とされるギャバを含有する粉末が開発された。今後、これを用いた機能性食品の開発などが期待されている。
海洋エネルギーについては、「いわて海洋資源活用研究会」の検討結果を踏まえ、近い将来の利用が有望視される洋上風力発電等について、さらに踏み込んだ検討を行っていくことが予定されている。化石燃料への依存度が低いエネルギー資源として、岩手県沿岸域における今後の開発利用が大いに期待される。
コンソーシアムでは、引き続き岩手県沿岸の海洋研究機関ネットワークを中核として、将来的には沿岸地域の振興に資するよう新たな海洋研究開発に積極的に取り組んでいくと同時に、今般策定された「三陸沿岸海洋産業振興指針~『海の産業創造いわて』の実現を目指して~」を踏まえ、研究の面でこの指針の実現に寄与していく予定である。こうした岩手県の取り組みは、海洋基本法の理念を地域レベルで具現化するものとして評価できるものと思われ、海洋立県を目指す岩手県の活動に対して、関係各方面のご支援を期待する。(了)

※ いわて海洋研究コンソーシアムの情報については、岩手県HP「科学・ものづくり振興課」を参照ください。

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