Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第231号(2010.03.20発行)

第231号(2010.03.20 発行)

漂着物学会という学会 ~海が好き、渚の百科事典~

[KEYWORDS] 漂着物/ビーチコーミング/漂着物学会
漂着物学会会長◆石井 忠

かつて民俗学者の谷川健一が「渚の百科事典」と称したように、日本人は昔から海からの漂着物に特別な関心を寄せてきた。漂着物学会は2001年11月に設立され、漂着物に関心ある8人が呼びかけて、総会には全国から30人が集まった。
設立10年目を迎える今年、会員は全国に229名、メーリングリスト参加数は337名となっている。
活動は全国に広がり、多くの目によって、あらゆる角度からさまざまなテーマが研究されている。

海岸の漂着物

流れ寄る椰子の実700個。
流れ寄る椰子の実700個。

冬の北西季節風が吹く頃、玄界・日本海側の海岸を歩くとおびただしい漂着物を目にする。遠くフィリピン海域から発した黒潮は、海上の道となって日本列島をとりまくように流れて種々なものを運びつづける。時には人や文化も運んできた。1897(明治30)年、愛知県渥美半島、伊良湖岬で柳田国男は流れ寄っている椰子の実に深い感動を覚えた。はるか5,500 年前、福井県・島浜の縄文人も椰子の実を手にしていた。四面還海の日本で、人々は海や漂着物に古くから関心があり見ていたのである。
終戦から10年がすぎた1955年頃から70年代にかけて、わが国は経済的に発展し、高度経
済成長期を迎える。1972年には日本列島改造論も出てくる。しかし、その発展の裏では歪みも現れてくる。陸地のみならず海も悲惨なものであった。海岸風景の激変、大量のゴミ、産業廃棄物の投棄、汚水のたれ流し、海水の汚染に、人々は驚愕し恐怖を感じるようになり、それとともに、海への関心は否応なく高まり、各地で海への取り組みも行われていった。それまで個々に海への関心をもっていた人たちが、海を通じて一つになって研究しよう、海を守ろうという動きも各地で起こってきた。

学会の設立とその動向

2001年11月に高知県・大方町(現黒潮町)で漂着物学会が設立された。海が好きで漂着物に関心ある8人が呼びかけて、全国から30人が集まった。「いままで分散的であった海に関する情報を持った人たちが手をつなぎ、多くの目によって、あらゆる角度から考えを加えていくことができるならばと思う(中略)そして子供から大人まで気軽に海や漂着物との対話ができ、その中から科学の目が育っていくならばと思う」と会は宣言する。学会は年4 回の会報「どんぶらこ」と1回の学会誌を刊行、年1回、2日間で総会と講演、研究発表、ビーチコーミング(海岸での漂着物採集)を行うことも決まった。第2回は2002年、福岡県古賀市で11月に行われた。基調講演を東京大学海洋研究所の道田豊所長「漂着物を運ぶ海流のはなし」。研究発表は地元相島小学校生の「相島の漂着物について調べたこと」からはじまり、林重雄氏の「日本沿岸に漂着するオレンジ浮子」。藤枝繁氏「鹿児島の漂着物・ライター」、京都・東山高等学校生「琴引浜を定点とした漂着物の長期間にわたる調査について」、JEANの小島あずさ氏が「環境問題の視点からのビーチ・クリーンアップについて」。どれも内容の深いものであった。それが終わって宿泊地に移動し、夜は親睦会を行い情報交換など遅くまで続いた。翌朝、宿泊地の下が玄界に面した弓状の浜(福津市・勝浦浜)でビーチコーミングを行い、終了後バスで宗像市郡の名所を巡ってJR 東郷駅で解散をした。以後、学会はこのパターンで行われている(表参照)。
学会設立10周年目の今年(2010)は福岡大会を行う。会員は全国に229名(会員数は、神奈川、東京、北海道、高知、福岡がベスト5である)、メーリングリスト参加数は337 名である。会報は現在まで「どんぶらこ」は32 号、会員たちの情報や研究、調査報告である。学会誌は長崎大学の中西弘樹氏が編集を担当し、2009 年12月までに7 巻が刊行され、研究論文からなり高い評価を受けている。学会では、今年度から会員に対して研究助成金の準備も進めている。
会員たちは地域での活動やゴミ収集、環境問題にも取り組んでいるし、近年海辺に近い小中学校では児童生徒たちが漂着物の収集や観察や研究を行うことも多くなり、その指導にあたっている。各地の資料館や博物館でも漂着物の企画展が開催され、会員の講演や学会も後援している。新潟・柏崎博物館、愛知・安城市立博物館、香川県・瀬戸内歴史民俗資料館、三重県・海の博物館、福岡県・いのちの旅博物館、また九州国立博物館でも「海の神々」展で、漂着物をとりあげている。2003年、INAXギャラリーは「漂着物考」を名古屋、東京、大阪で巡回展を行った。

漂着物学会年次大会一覧
冬の玄界の漂着物。(福津市恋の浦)
冬の玄界の漂着物。(福津市恋の浦)
毎年ポリタンクが漂着する。
毎年ポリタンクが漂着する。

漂着物にとりつかれた人たち

次に会員の研究の一端を紹介したい。長崎大学の中西弘樹氏は漂着する南方果実の研究を行って全国から海外まで足を延ばしている。鹿児島大学の藤枝繁氏は、漂着するディスポーザブルライター(使い捨てライター)のタンク底面、金属風防に刻印された記号から製造国を判別して、国籍、分布、漂着の季節性などを分析している。全国の会員もライターの収集に協力をおしまない。林 重雄氏は中学の美術教師で、その漂着物の熱中ぶりはNHKの「熱中時間―忙中趣味あり」(第153 回2009 年2月19日放送)に紹介されたほどである。漂着する中国製浮子(漁業用)の種類、型、製造地を追い、現在はさらにガラス製浮子まで広げている。ウキウキ研究会をつくり、プカプカ通信を出し情報を発信しつづけている。通信といえば、北海道十勝・芽室町の主婦、中司光子氏は、毎日「のら通信」を書き、2010 年2月8日には1,148 号に達している。北海道の漂着物に関するニュース、海や漂着物関係の文献等を読破して解説をつづり、短い夏が来ると愛車で道内を駆けまわって漂着物採集の旅にでる。ガラス製浮子の刻印や製造地を追い、漂着物動物の骨にも関心を持っているスーパーウーマンである。平塚の浜田哲一氏や横浜の京馬伸子氏は定期的に地域の人たちとビーチコーミングをしている。その他、流木、陶磁器片の収集やアートを楽しむ会員も多い。また、長崎県鷹島海岸に漂着し、採集された陶製の球体は、元寇の時、鎌倉武士を震撼させた「てつはう」であった。これは歴史上の大発見と言われている。
海辺の漂着物は、人によって魔法の玉手箱のように、趣味の世界からアート、さらに動物・植物から歴史や考古・民俗の分野、環境問題へと発展してくる。
民俗学の巨人柳田国男は漂着物を「風と潮のローマンス」といい、民俗学者の谷川健一は「渚の百科事典」と称している。10 周年の2010 年11月20~21日の福岡大会は、金印が出土した志賀島と海の中通海浜公園が会場となる。新しい出逢いが楽しみである。(了)

漂着物学会

第231号(2010.03.20発行)のその他の記事

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  • 東京湾の総合的管理 財団法人港湾空間高度化環境研究センター 専務理事◆細川恭史
  • 漂着物学会という学会 ~海が好き、渚の百科事典~ 漂着物学会会長◆石井 忠
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

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