Ocean Newsletter
第231号(2010.03.20発行)
- 国際日本文化研究センター教授◆安田喜憲
- 財団法人港湾空間高度化環境研究センター 専務理事◆細川恭史
- 漂着物学会会長◆石井 忠
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
海洋国家ニッポンの漂流
[KEYWORDS] 地政学/離島/国家戦略国際日本文化研究センター教授◆安田喜憲
海洋国家ニッポンの漂流は地政学的観点を欠如した国家戦略によって引き起こされた。
日本がアジアの海洋国家として、21世紀に生き残るためには、地政学に立脚した国家戦略の立案が必要不可欠である。
地政学の衰退
私は大学で地理学を専攻した。戦前・戦中の日本の地理学において、地政学はきわめて重要な研究分野だった。地理学者は軍隊の進軍する地域の地形や気象観測さらには物産にいたるまで、さまざまな情報を提供する役割を果たし、国土の防衛や平和共存の世界の構築のための戦略を立案した。地政学は戦前・戦中の日本の国家戦略を考える上で、きわめて重要な役割を果たしていた。
しかし、敗戦によって状況は一変した。
第二次世界大戦のときに地政学を研究した研究者は、公職追放をうけ、戦後の地理学会では地政学(ゲオポリティーク)という言葉を口にするのもいまわしいという雰囲気が支配した。そのため、地政学を研究する地理学者はほとんどいなくなり、その研究水準はお寒い限りである。しかし、この地政学の欠如が、21世紀のグロ-バル化に直面したニッポンの国益を大きく損ねる事態を招きはじめている。「ニッポンの漂流」はこの地政学の欠如から始まった。
『21世紀の歴史』(林昌宏訳、作品社)の著者ジャック・アタリは「日本がアジア太平洋地域の中心都市となり得なかったのは、海運業や海上軍事力などたぐいまれなる覇権力があるにもかかわらず、日本は海洋を掌握することができなかった、いやしようとはしなかった。このため日本はアジアにおいて、平和で信頼感のあふれた、一体感のある友好的な地域を作り出すことができなかった。それはひとえに日本人が地政学的思考を放棄してきたためである」と指摘している。私もまったく同感である。
「安全と水はタダである」「国境は不可侵でだれも犯しはしない」「資源や食糧はいくらでも海外で手に入る」などという神話は、もはや完全に通用しなくなった。
それなのに、地政学を完全に欠如した国際政治論や、平和ボケした国際協調論がいまだにマスコミで報道されている。日本周辺の国々が虎視眈々と、日本の排他的経済水域の資源と日本の領土と、その富を狙っているというのに。
漁師さんと離島の人々が国境を守る

対馬は日本海の西に浮かぶ南北約82km 、東西18kmの島で、対馬から福岡まで海路は138km 、対馬から韓国の釜山までのその半分以下の49.5km。(対馬市公式ウェブサイト「対馬市WEB通信局」より)
そのことをもっとも敏感に感じ取っているのは、海で働く漁師さんや海事労働者と離島に暮らす人々である。日本の排他的経済水域を守り国境を守っているのは、実は海で働く漁師さんや船員さんたち海事労働者なのだ。そして国境に位置する離島の人々こそ、日本の国境の最前線で暮らすことによって、他国からの侵略を排除している人々なのである。
なのに、構造改革によって、たとえば対馬は韓国人がビザなしで自由に往来できるようになった。なぜなら、そうしなければ対馬の人々の暮らしが成り立たないような経済構造になったからである。たちまち大量の韓国人がやってきて、瞬く間に対馬の主要部が韓国人によって買い占められたのである。
私は、この韓国人による対馬の土地の買い占めを早くから問題にしてきた。しかし、日本のリーダーたちは私の提言にはまったく無関心だった。
2008年8月2日に人事院の課長級の公務員研修で講演したときのことである。
「対馬の主要部がすでに韓国人によって買い占められている事実を知っていますか?」と質問したら、そこに出席していた霞ヶ関の日本を担う高級官僚たちは、防衛省の制服組の幹部ただ一人をのぞいて、誰もその事実を把握していなかった。それ以外の防衛省のキャリア組の幹部を含め、日本の国家を担うべき中央官庁の課長級の官僚たちは、まったくその事実をしらなかったのである。
「日本民族固有の領土さえ防衛できなくて、なにが防衛省と言えるのか?」とそのとき私は思った。
それから三カ月後にやっと産経新聞(2008 年10月21日朝刊)がこの問題を大きく取り上げ、一般市民もその事実を知ることになった。
日本の官僚や政治家のこの能天気さと、市場原理主義と目先の金銭欲に毒された平和ボケぶりは、日本民族を滅ぼし、日本の国家を滅亡に導くに違いない。
日本固有の領土の買い占めは、日本国家の危機であり、日本民族の存亡にもかかわる重大事である。にもかかわらず、金銭欲の虜になった日本のリーダーたちは「バブルの時に日本人がニューヨ-クの摩天楼を買い占めたり、テーマパークを買い占めたのと同じ現象である」という認識をもったにすぎなかった。すでに韓国内では韓国与野党の国会議員50 名による「対馬返還要求」が提出され、「竹島はもとより対馬も韓国の領土だ」という主張がではじめているというのにである。
海洋国家ニッポンの漂流を回避する
目先の金銭欲の虜になったこれまでの日本のリーダーたちは、排他的経済水域や離島の地政学的利権の獲得に熱心ではなかった。さらに、構造改革による東京中心の経済政策の進展で、離島の人々の暮らしは追い詰められた。
離島の人々こそ排他的経済水域を守り、日本固有の領土を守る防人であったのに、こともあろうに金儲けに目がくらんだ日本政府のリーダーたちは、離島を切り捨てる政策を断行したのである。
自国の排他的経済水域さえ守ることができない国が、どうしてアジアの平和を守れようか。
2009年12月1日、鳩山政権は排他的経済水域と離島の保全・管理をめざす「海洋の管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針」を策定した。新たな政権になり、政府もようやく本腰をいれて排他的経済水域の保全と管理ならびに離島の保護に力を入れ始めた。それは、日本の未来にとってまことに喜ばしいことである。
地球環境問題と資源の枯渇によって、この小さな地球が住みにくい窮屈な所となりつつある現在、資源や領土の奪い合いがこれからますます頻発することになるであろう。水資源や食糧を巡る紛争が多発するであろう。いやがおうでも、世界はこれから紛争が多発し、住みにくい時代をむかえることになるであろう。そのとき、地政学的観点を欠如した外交論や資源論は、絵に描いた餅にひとしい。
地政学的観点に立脚した国際政治や資源論を展開していかなければ、日本の国益を大きく損ねる事態が生まれ始めている。東シナ海のガス田の問題も、竹島問題も、地政学的戦略を欠如した日本のリーダーたちの失策である。
「海洋国家ニッポンの漂流」を回避するためにも、日本は地政学的観点に立脚した国家戦略を今後は展開していかねばならないのである。(了)
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