Ocean Newsletter
第231号(2010.03.20発行)
- 国際日本文化研究センター教授◆安田喜憲
- 財団法人港湾空間高度化環境研究センター 専務理事◆細川恭史
- 漂着物学会会長◆石井 忠
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
東京湾の総合的管理
[KEYWORDS] 官民連携/一石二鳥(win-win)/多目的化財団法人港湾空間高度化環境研究センター 専務理事◆細川恭史
東京湾の総合的管理については、「東京湾再生のための行動計画」が動き出している。
先進的統合的ではあるが、官民連携についてはそれほど具体的に提示されているわけではない。
とはいえ、各地では官民連携の新しい試みが始まっている。
「潮彩の渚」や「大森ふるさとの浜辺公園」では、環境修復を防災や街づくりと結び付けるなど、市民関与や整備手法に工夫がある。
湾域の総合的管理の次の展開のために、新しい芽を大事にしたい。
東京湾再生行動計画
東京湾の再生に向けて、平成15(2003)年3月に「東京湾再生のための行動計画」が策定された。10年計画のこの取り組みでは、国・地元自治体で共通の目標を立て、各部局がそれぞれの役割を分担し、途中で実施状況をチェックし取り組みを修正しながら進めていくことになっている。
平成20年までの6年間を振り返り、第2 回の中間報告が策定されつつある。
この行動計画は、従来の縦割りや地区割りのばらばらの施策を反省し、施策の統一や統合を意図しているように見える。重点地区やアピールポイントを設定し、そこに行政的な手段や種々の環境政策メニューを集中的に投入していこうとしている。個別の設定ポイントは、複数自治体にまたがる広域重点地区内での相互連携を構成しやすいような配置や施策メニューとなっている。また、あわせて、計画の実施には市民の関与が重要で、NPOなどの活動や組織化を促進すべきとしている。
この計画は官(東京湾再生推進会議)※ 1が策定したものであり、官側の権限と責任で実施できるものを中心にまとめられている。そのため、環境関連事業以外の様々な行政執行上の工夫や、官民連携や市民活動の促進アイデアなどは、それほど具体的に提示されているわけではない。地球環境の時代に入り、自らの日常生活からの負荷が湾環境の劣化につながっているとの市民認識も徐々に広がるなか、新しいアプローチや工夫が湾岸各地で試みられ、実を結んできている。
国・自治体の市民と連携した新たなアプローチ
平成20年3月に完成した「潮彩の渚」※2は、横浜港奥の小水面の護岸の一部を改築して作られた。護岸延長50mにわたり海側に20m 張り出した約1,000m² の面積の浅い浜である。
昭和30 年代には国の作業用船舶の艤装・修理に使われていた水面であり、現在は国土交通省関東地方整備局横浜港湾空港技術調査事務所の調査測量用の船舶などが係留されている。築造後60年近く経過し、老朽化した護岸の耐震性向上が必要となってきた。耐震性向上には、護岸をより堅固にする方法がよく用いられるが、護岸の海側に「おもし」になる重量物を置き陸側からの護岸壁の崩れや滑りを防ぐ方法もある。
この場所の護岸について検討したところ、後者の方法が可能であり前者より経済的であることが判明した。そこで、横浜港湾空港技術調査事務所は、「おもし」として干潟土壌を水面下に積み上げることにした。ただし、この水域での船舶の接岸・係留の妨げにならないように、海側への張り出しは短くし階段状にしてある。
したがって自然の干潟とはかなり断面形状が違っている。階段のフラット部分は3つあり、フラット部の水深はDL+1m(ほぼ平均水面)、+0.5m 、+0m(ほぼ干潮面)と沖に向かって深くなっている(写真(3)参照)。各面での一潮汐間の水没時間が違ってくることになる。細砂土を投入して造成したフラット面には、浅場に生息する底生生物の加入・定着を期待している。老朽護岸の耐震性向上と護岸前面水域における生物生息場の提供とを同時にねらった改修である。民有護岸にも応用可能である。
工事着手前の市民説明会・見学会から、工事中の工事見学会も2度開催された。完成後の浜における生物生息の回復に対する市民調査が事前に公募され、調査提案書に基づき近隣の高校生のグループを含め2 団体が選定された。横浜国立大学、国土技術総合研究所や神奈川県水産技術センターの協力を得、選定団体を中心に地形や生物相の官民の共同調査が実施されている※3 。渚の完成後4カ月程度という早い時期から、生物生息が観察された。各フラット面でアサリ・シオフキ・ホトトギスガイやゴカイの仲間が見られた。改築前の直立護岸ではなかなか観察できなかった種である。生息密度や体長はフラット面の深さによって変化し、夏場の貧酸素は深い場所で影響が大きかったようである。
完成した「潮彩の渚」では、種々の活動が生まれている。市内の小学生からは隣接地区から採取したアマモの種子が提供された。NPOの応援のもとに発芽させ、小学生の立会いの下で造成フラット部でのアマモ場づくりも行われた。特徴ある活動にマスメディアも注目しているようで、干潟の造成・管理を隣接運河部で実施するという番組が放映されている。
さらに、湾岸の大田区では、「大森ふるさとの浜辺再生事業」により、区民の憩える砂浜(約1.2ヘクタール)と鳥の集まる干潟(1ヘクタール)とを整備している。物揚げ場としての役目を終えた古い護岸を砂浜のある公園「大森ふるさとの浜辺公園」※4 へと作り上げたもので、この地区に古くから伝わる海苔づくりの資料を集めた「大森海苔のふるさと館」を併設している。浜辺づくりの計画時から地元町内会や商工会議所が参加し、平成19 年の開園後は浜辺を育てる会として区の管理・運営への支援を行っている。千葉県側の三番瀬では、三番瀬再生会議の関与の下で直立護岸の石積み護岸化が県事業として進行している。このように、湾岸各地では市民や地元自治体・国等の努力で、防災施設のエコ化や役目を終えた施設の再開発公園化など、新たな枠組みやアイデアによる水際線の改善が少しずつ試みられている。努力を横につなぐ「東京湾の環境をよくするために行動する会」といった組織もできた。
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(1)昭和26~27年に護岸が整備され、昭和30年代は作業船の整備に使われた。
(2)「潮彩の渚」整備に着手する直前の平成19年の状況。
(3)沖側3段目が水没し陸側の2つのフラット部が干出した「潮彩の渚」整備直後の状況。いずれも横浜港湾空港技術調査事務所資料。
![]() | 「潮彩の渚」を活用した小学生の体験活動 (NPO海辺つくり研究会資料) |
新しい試みを育てよう
共通して見られる手法は、単なる環境の修復だけでなく、「災害にも強く環境の改善にもなる」「地域の街づくりにも役立つ環境の改善」「地元の魅力や歴史を再発見し愛するようになる自然体験」といったいくつかの目的を同時に満足させるような一石二鳥型win-win 型の発想であろう。最近の国連のレポートでは、陸上の森林と同様に海辺の生物が水中のひいては大気中の炭酸ガスの大きな固定源(ブルー・カーボン)として評価されつつあり、水際線部の生物量向上が一石三鳥の効果を持つ可能性がある。
「湾域の総合的管理」を希求しつつも、地元の小さな水域での地道な取り組みが始まっている。現在、国や自治体の財政は極めて困難な状況にある。湾岸に立地する企業の経営も苦しいし、社会貢献のマインドも冷えがちである。そのような状況の中でも、工夫を凝らし、知恵を出し合いながら現場で努力をしている人たちが、東京湾の総合的管理の次のステップを切り開いてゆくと思われる。新しい芽や元気な試みを大事にしたい。(了)
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