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オーシャンニューズレター

第230号(2010.03.05発行)

第230号(2010.03.05 発行)

スクーバダイビングで巡る日本の海

[KEYWORDS] 海の四季/海中風景/恵みの海
水中リポーター&ライター◆須賀潮美

日本には流氷の海からサンゴ礁まで、多彩な海の表情がある。
スクーバダイビングを楽しむのに、これほど恵まれた国はない。
四季折々、変化に富んだ海に潜り、それぞれの海で暮らす生き物たちに出会うと、日本の海の素晴らしさをより強く感じる。

多彩な海に恵まれた日本

日本海の海藻の森で、水中リポート中の筆者。
日本海の海藻の森で、水中リポート中の筆者。

従妹がスペインに嫁いでいる。地中海に浮かぶマヨルカ島に住む従妹夫妻を訪ねたとき、ダイバーであるスペイン人の夫に海を案内してもらおうと思っていたが「わざわざ日本から来て、ここで潜らなくてもいい。日本には地中海よりはるかに美しい海があるんだから」と、陸の観光に連れ出された。ダイバーであれば、初めての海を見たら潜りたくなるのが人情。しかし、日本でもダイビングを楽しんでいた彼に言わせると、地中海は日本の海に比べ単調なんだそうだ。
確かに日本には豊かな海がある。小さな国にも関わらず、オホーツク海、太平洋、日本海、東シナ海と環境の違う海に囲まれている。流氷が流れ付く北の海、豊かな海藻の森、南にはサンゴ礁もある。一つの国の中に、これだけ多彩な海中風景に恵まれている国は滅多にない。
「日本の海は、なんてすばらしいんだろう」と、私が最初に実感したのが、日本海の佐渡の海で潜ったときだ。
実は佐渡で潜るまで、ダイビングは南の島のリゾートでするものと思い込んでいた。日本海でダイビングが出来ると聞いても、鉛色の海というイメージがあり、あまりきれいではないと先入観を持っていた。ところが、私が佐渡を訪れた7月、海面は鏡のように穏やかで、澄み渡った海が広がっていた。潜ってみると、透明度は20mを超え、浅い海底には海藻のホンダワラの仲間が繁茂する。スギのような細かい葉と小さな気泡のあるホンダワラは、海底から水面に向かいまっすぐに生え、長いものは5m近くある。海藻の上を泳いでいると、まるで針葉樹林の森の上を飛んでいるような錯覚に陥った。
そのとき出会った佐渡の漁師から「海の季節は地上より一足早くやってくる、春は海から来る」と聞いた。海藻は2月ごろ、まだ冷たい海で芽吹き、初夏のころもっとも大きくなり、夏を迎えるころは紅葉するように葉の色が変わる。春夏秋冬、海の中にも四季がある。季節ごとに表情も違うことを知り、日本の海がいっそう好きになった。

決して地味ではない色彩にあふれた北の海

北の海の海中は、地味な印象があるが、潜ってみると海底の華やかな様子に驚かされる。
2月、流氷が接岸した知床半島に潜った。氷に穴を開け、出入り口を見失わないようにガイドロープを持って潜っていく。水温はマイナス1度、極寒の海でもドライスーツを着用していれば、身体が濡れることはなく、さほど寒さは感じない。手には分厚いネオプレーン製のグローブ、頭はフードですっぽり覆う。だが、おでこやほほ、口の周りなど、顔の一部はどうしても海水に触れてしまう。そこが冷たい。潜った瞬間、ガ~ンと殴られたような衝撃が走った。
氷で閉ざされた海中は、日中でも光が届かず、海底は夜のように暗い。中層を泳ぎながら水面を見上げると、海面はほの白く光る巨大な流氷がひしめきあい、壮大な大理石の宮殿にいるような気分になる。水中ライトを暗い海底に向けると、一面に広がる鮮やかなオレンジ色の花畑が照らしだされた。イソギンチャクの仲間・ヒダベリイソギンチャクがポリプを開き、花が咲いたように見えたのだ。別の場所には、白いヒダベリイソギンチャクの群落も広がる。毛ガニによく似たトゲクリガニが歩き回り、ゲンゲやカジカといった北の海に生息する魚たちが、愛らしい顔を覗かせる。暗い氷の下は思いのほか華やかで、生き物たちがひっそりと春の訪れを待っていた。

サンゴ礁を彩る魚たち。左はハナダイの仲間、右はミスジリュウキュウスズメダイ。
サンゴ礁を彩る魚たち。左はハナダイの仲間、右はミスジリュウキュウスズメダイ。

サンゴ礁を彩る魚たち。左はハナダイの仲間、右はミスジリュウキュウスズメダイ。

ユニークな生き物の宝庫―沖縄の海

南に目を転じると、沖縄には美しいサンゴの海が広がっている。同じ日本にありながら、北の海とは表情ががらりと違う。まず、サンゴ礁を地上から眺めて驚くのが、海の色と透明度の高さ。サンゴが作り上げた白砂の海岸の先には、淡いブルーの明るい海が広がり、沖に向かうにつれて、ブルーのグラデーションが濃くなっていく。この海の色を見るだけで、サンゴ礁の海はなんてきれいなんだろうと思う。潜ってみると、まず目に飛び込んでくるのが、色鮮やかな魚たち。オレンジ色のハナダイの仲間や鮮やかな黄色のチョウチョウウオ、コバルトブルーのデバスズメダイ、縞模様のミスジリュウキュウスズメダイなど、サンゴ礁の周囲にはカラフルな魚たちが群れている。美しい魚たちに目を奪われがちだが、しばらく同じ場所にじっとしていると、周囲のガレ場に個性豊かな生き物たちが隠れているのに気づく。こちらは地味な色彩で周りに溶け込み、目立たないように生きるタイプの魚たち。への字に結んだ大きな口をしたエソは、小魚が油断するのを待ち伏せ、獲物が近付くと、ロケットダッシュのように猛スピードで跳びかかっていく。砂をひたすらついばみ、食物以外の砂をゲボッと吐きだすタレクチベラは、名前の通り下唇が印象的だ。巣穴の中から顔を覗かせるハゼの仲間の多くは、エビと共生関係を結んでいる。エビが作った巣穴の前にハゼは門番のように陣取り、危険が迫ると尾びれを震わせ、エビに合図を送る。さらに危険が迫ると、一目散に巣穴の中に飛び込んでいく。
サンゴ礁のダイビングでは、広範囲を泳ぎ回る必要はない。半径5mの中に、1回のダイビングでは観察しきれないくらい多くの生き物が棲んでいる。
日本にはこれだけ多彩な海がある。しかも、多くの水産物が水揚げされ、恵みをもたらす海でもある。だが、それをどれだけの人が知っているだろうか。私がよく聞かれるのが「今まで潜った中で一番きれいな海はどこですか」というもの。そう聞かれたら「日本の海がいちばん」と答えている。すると、多くの人が意外そうな顔をする。きれいな海は海外にしかないと思い込んでいるためだ。もちろん、海外にも美しい海はたくさんあるけれど、私たちの目の前には、世界に誇れる海がある。(了)

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