Ocean Newsletter
第229号(2010.02.20発行)
- 佐渡市長◆髙野宏一郎
- 海洋・東アジア研究会◆冨賀見栄一
- 名古屋大学地球水循環研究センター 教授◆安成哲三
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
海があるから陸があり、陸があるから海がある
[KEYWORDS] モンスーン/水循環/物質循環名古屋大学地球水循環研究センター 教授◆安成哲三
地球の気候、水循環および物質循環から海と陸の相互依存の関係を再考した。
長い地球の歴史から現在の地球環境まで、海と陸は水・物質循環とエネルギーおよび生態系での相互作用を通して、密接に依存した関係を作り上げており、地球表面のこのふたつの存在こそが、他の惑星にはない地球環境を作り出し、生命を作り出したといえそうである。
海陸空の相互作用とモンスーン気候
何やら軍隊に関する話題のような見出しだが、れっきとした地球の気候のはなしです。私が長年研究してきたアジアモンスーンは、まさに、海陸空の相互作用で生じている現象です。夏は陸が海より暖まり温度が高くなるため、陸と海の間の温度差が気圧差を生みだして、海から陸に季節の風が吹く。この風は海からの湿った風であるため、陸には雨をもたらし、雨季となる。冬は反対に陸のほうが気圧が高く、大陸から海に季節の乾いた風が吹きだす。北西風となって日本海を吹きわたったこの風は対馬暖流から水蒸気をたっぷりもらい、日本列島に大雪をもたらす。さらに、その風は北東風に変わりつつ、湿りながら赤道付近にまで達し、東南アジアの一部やインドネシア海洋大陸の雨季をもたらす。私たちの住むアジア大陸の東側はモンスーンアジアといわれ、アジア大陸とまわりの海洋(太平洋とインド洋)があることにより、四季の変化とそれに伴う自然に恵まれています。地球の気候の研究が近年特に盛んですが、ともすれば、大気・海洋相互作用が重要だ、いや大気・陸面相互作用だ、というような分野セクト主義的議論がされる傾向があります。現実の気候システムは、海も陸も大気も相互作用しているからこそ成り立っているわけです。相互作用の実態を、もう少し個別にみてみましょう。
水循環における海と陸の役割
地球表層面積の70%は海洋が占め、地球表層の水の体積では、海洋が実に97.25%を占めています。海が地球表層の水ガメ(水源)としては圧倒的な役割をしています。しかし、私たち人間を含む陸上生物が必要な水は淡水です。その淡水は地表面から蒸発した水蒸気が、降水(雨や雪)となって地表に落ちてきて初めて、利用可能になります。図1にあるように、地球表層からの蒸発(水蒸気供給)は、海面からのものが85%以上を占めますが、その大部分はまた海に降水となって戻ってしまい、結局、海から大陸に水蒸気として運ばれるのは、そのうち8%程度です。陸上で蒸発した水(蒸気)とこの海から輸送された水蒸気が、陸上での降水になりますが、陸上で蒸発して戻った分を差し引いた量は結局、先ほどの8%(海と陸を併せた蒸発量ではわずか7%程度)が河川水や地下水となって、私たちが利用できる淡水となります。ちなみに、先にのべた海から陸に向かって吹くモンスーンは、この海からの水蒸気輸送に大きな役割をしています。モンスーン地域に生物圏や人間活動が集中しているのには、水循環からみても十分な理由があるわけです。今後の温暖化や人間活動により、この陸上のわずかな淡水(すなわち、水資源)をめぐって、河川をまたぐ国々の間では今後ますます厳しい争いを起こすことになると予想されています。
さて、膨大な水ガメである海洋にとって、陸から流れてくるこの微々たる河川水(や地下水流)は、海洋上での降水や蒸発による水の出入りの量に比べたらほぼ10分の1程度であり、海の状態、ひいては地球気候の変化には、ふつうに考えるとあまり影響はなさそうです。しかし、約1万年前、氷期が終わり、現在の温暖期(間氷期)に戻る一時期、北米大陸の氷床が融けて大量の河川水となって北大西洋に流れ込んだことが、ヤンガードライアス(Younger Dryas)期とよばれる一時的な氷期への戻りを引き起こしたことが知られています。地球の気候システムが非常に非線形であるために、ある地域での一時的な異常な河川流量変化が、大規模な気候変化を引き起こした例といえます。

■図1 地球の水循環の図
青は降水量、緑は蒸発量、紺は河川流出量を示す。
(沖 2007)
(原図は、Oki and Kanae, Science, 2006)
©東京大学総括プロジェクト機構「水の知」(サントリー)総括寄付講座
物質循環における海と陸の役割
水循環に乗るかたちで、さまざまな物質が海と陸のあいだを循環しています。そもそも海水の塩分は、地球表面に海洋が形成されて以来、長い長い年月をかけて陸から河川水を通して、Na+、Cl-、Ca2+、CO32-など、さまざまな物質が流れ込んだためと考えられています。もちろん、海洋で不溶物質は沈殿し、海洋底に堆積しますが、それはプレート運動で再び陸の地殻深くへ運ばれ、火山活動などを通して陸の表層へ戻ります。地球表層の炭素循環の数千万年から数億年の長いサイクルはこの大陸と海洋間での河川水とプレート運動が担っています。
より短い時間スケールでは、「森が消えれば海も死ぬ」(松永, 1993)とか「森は海の恋人」(畠山, 1994)と言われていますように、陸の生態系と沿海(の生態系)の物質循環を通した結びつきが明らかになりつつあります。最近では、アムール川流域の森林は、「魚付き林」として、オホーツク海の海洋生態系や北太平洋中層水への重要な鉄分などの供給に重要な役割を果たしていること、流域の森林破壊や土地利用改変がこの鉄分供給を脅かしている事実が指摘されています(例えば、中塚他(2008))。海の生物生産と生態系の維持にとって必要な鉄分などの物質が、森林を介して水溶性の鉄イオンとなり、河川を通して陸域内部から供給されるとされています。一方で、内陸の砂漠地域からのダスト(アジアの場合は黄砂など)が、強い偏西風で巻き上げられ、海洋に落ちることが、海の栄養塩供給にも効いているという指摘もあります。
一方、海から陸への「物質」の流れとしては、河川を通した魚類の遡上が一番重要でしょう。海から山へのサケの遡上はもちろんであるが、河川に分布する淡水魚といえども、その進化をたどると、結局海から遡上してきた、あるいは天敵に追いやられた海水魚が、淡水に順応していったとされています。陸上生物の祖先は、このような淡水魚がさらに干潟などに追いやられて陸上に這い上がったとも言われています。陸から海へは無機的な物質の流れが卓越し、海から陸への有機的な物質あるいは生物そのものによる物質のフローが卓越しているようです。人類は陸上生物の一員として、淡水なしには生きていけないわけですが、その水も、生存に必要な物質(食べ物)も、塩や漁労採集に代表されるように、もともとは海から来たものに依存していたわけです。農業の発見と化石燃料への依存は、人類の海洋と陸に対する意識を大きく変えてしまったのかもしれません。(了)
【参考文献】
中塚武・西岡純・白岩孝行(著)内陸と外洋の生態系の河川・陸棚・中層を介した物質輸送による結びつき―2006/2007 オホーツク海航海の作業仮説 月刊「海洋」号外No.50, 2008, 68-76
畠山重篤 (著) 森は海の恋人 1994(文春文庫) (文庫)
松永勝彦 (著) 森が消えれば海も死ぬ―陸と海を結ぶ生態学 1993 (講談社ブルーバックス)
本誌176号(2007.12.05)「国境を越えた陸面・海洋統合管理の必要性」白岩孝行(著)および本誌94号(2004.07.05)「体験学習で心の森を育む~三つの森を創る「森は海の恋人」運動~」畠山重篤(著)も参照下さい。
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