Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第226号(2010.01.05発行)

第226号(2010.01.05 発行)

地中海における統合沿岸域管理の30年間の実験と今後に向けた教訓

[KEYWORDS] 統合沿岸域管理/ガバナンスの評価/地中海
海洋政策研究財団 客員研究員, IFREMER統合沿岸域管理プロジェクトリーダー◆Yves Henocque

地中海における統合的沿岸域管理(ICZM)は、この地域の最適な持続的発展の達成を目指した調整作業は、21世紀に入ってほぼ10年になるが、複雑化した地政学的・文化的空間という難しさゆえ、その進捗状況はいまだ比較的未熟な段階にある。
ICZMは環境活動としての狭い見解を打ち破り、他の経済的および社会的政策分野と一体化して捉えるなど新しい発想が必要となる。

地中海における統合沿岸域管理(ICZM)の実行に向けた試み

地中海沿岸では、1977年以来30年にわたり、17の地域における沿岸域管理計画の策定、これに基づく事業の実施など、統合沿岸域管理(ICZM)に関する取り組みが行われてきた。2008年1月、バルセロナ条約の7番目の議定書として地中海沿岸全体を対象とするICZMに関する議定書がマドリッドで調印された。それは、関係国が自国の沿岸域の管理を改善し、また気候変動などの新たな沿岸域の課題に積極的に取り組むための野心的な地域の仕組みをもたらした。地中海沿岸が強い開発圧力にさらされ、協調的な行動と管理(ガバナンス)が急がれていることに対する共通認識ができたことが重要である。この議定書を多くの国が批准し、その法制度に全面的に取り入れることが今後の課題である。
同議定書は、各国が次の事項を遂行するための明確かつ的確な行動「メニュー」を提供する。
沿岸域の範囲の画定/沿岸背後圏の範囲の画定/沿岸域戦略の構築および発展/官民のプロジェクトのための環境影響評価の構築/戦略的環境アセスメント/自然災害、特に気候変動による災害の防止のための政策の立案/沿岸域の計画作成および管理への生態系アプローチの適用/採られた施策、それらの有効性および実施上発生した問題を含む、議定書の実施状況に関する報告

地中海におけるICZMの今後の発展と得られた教訓

「最高の持続可能な開発」に向けた取り組みは21世紀に入ってほぼ10年になるが、これがどこまで達成されたかを地中海のような複雑な地政学的・文化的空間で評価することは難しい。その上ICZMは、実際の実行、実施体制の強化、ガバナンスの枠組みなどの重層化した活動である。このように問題が複雑であるため、ICZMプロセスの成果を評価する試みはほとんどなされていない。持続可能な開発は、地中海におけるこれまでのICZMの活動すべてに関して表明された目標ではあるが、この最終的な目標に向かっていかなる進展があったか、またはいかにして進捗状況を評価するかに関しては、概してほとんど言及されていない。RED※1はこのことを認識して、政策評価の欠如に関連する弱点として、特に計画およびプログラムの影響評価に関わる弱点を明確に指摘している。
そうはいうものの、プロジェクト活動やICZM議定書、「持続可能な開発のための地中海戦略」などの協定により蓄積された多くの経験や知識は、この目的達成に向けた歩みが着実に進んでいることを示している。定量化可能な指標や進捗の評価方法はないが、これまでの活動のレビューによれば、持続可能な沿岸域開発の達成に向けたICZMの進捗状況はいまだ比較的未熟な段階にあることを示している。
ICZMプログラムが構築され発展するプロセスについては数多く述べられているが、われわれは多くの沿岸管理計画の実態についてはしばしば相互に関係のないプロセスの断片を見るのみである。複雑な沿岸域のシステムにおいては、いかによく設計され、うまく実行されるプロセスであっても期待された成果を出すとは限らないことが経験により実証されている。これは地中海におけるICZMの今後の課題である。すなわち、地中海全域にわたってICZMプロセスの組み込みを促進するための「権能付与の枠組み」を供給するための現行の活動をさらに発展させていくことであり、ICZMが短期プロジェクトサイクルの制約を乗り越えられるようにするということである。短期プロジェクトサイクルの「罠」を超えるためには、Olsen※2により提唱され、東南アジアとラテンアメリカを含む世界のいくつかの場所で試みられた「成果の段階」の枠組みを活用することができる。「成果の段階」の枠組み(図参照)は、沿岸地域において持続可能な開発に向けて前進するために達成されるべき成果の順序に焦点を合わせる。
現在、ICZMは地中海が直面する課題に対応できる適切な能力を備えていない。地中海において第4段階である持続可能な沿岸開発に向けて前進するためには、以下に挙げる多くの厳しい障害を乗り越えなければならない。
継続性を欠く短期的、断続的な個別のプロジェクト/開発と管理のギャップ/ICZMを環境管理活動だとみなす頑迷で根深い認識/いまだちぐはぐで一貫性のない、国の能力構築のための権能付与の枠組み/プログラム間の相乗作用の明らかな欠如/ICZMプロジェクトの比較的低い一般知名度/プロジェクト間のコミュニケーションおよびネットワーク作りの不足/地方のICZM活動を生み出すには長すぎる時間サイクル/政治家および共同体の理解掌握の失敗/依然として残るICZMに対する国の適切な法的枠組みの欠如

第8回海洋基本法フォローアップ研究会にて(H21年10月29日、東京)

未来へ向けて

前項で論じたように、ICZMは環境保全活動という狭い認識を打ち破り、他の経済的および社会的政策分野と一体化する必要がある。こうすることによってのみ、ICZMは持続的な沿岸の開発のための適切な手段とみなされるようになる。
地中海および他の地域における現行のICZMの指針は一般に、大部分が環境主導であり、観光への影響および生息地や生態系の管理に偏っているようにみえる。ICZMが社会的および経済的目的と「矛盾するものではない」ということを確証するために多くのスペースが割かれているが、こうした目的を統合することにはほとんど注意が払われていない。「ICZMはその提案者が望む高度な政策や実践を実現するにはまだ至っておらず、政治家や政策決定者が今有無を言わず必要なものにはなっていない」※3。
このような広範な課題を包括的に扱っていくためには、新しい技能を持つICZM専門家の参加が必要となる。地中海における現在のICZM専門家および彼らを支える組織は、主として環境および科学分野の専門家である。今後は、例えば地域開発、経済学、空間計画、気候変動などを含む、より広範囲な技術基盤や支援者が必要とされるだろう。これら再編成を行うためには、世界の沿岸域が直面している多くの複雑かつ増大する地球的規模の問題をICZMが簡単に解決できると期待する現在の定説が最近では疑われるようになっていることを考慮しなければならないだろう。めまぐるしく変わる世界でそうした問題に一層包括的に対応していくためには、ICZMが適応のための重要な概念であり続けられるよう、「順応的管理」※4のような新しい概念が必要である。(了)

●本稿は英語で寄稿いただいた原文を翻訳・まとめたものです。原文は当財団の英文ホームページでご覧いただけます。

※1  A Sustainable Future for the Mediterranean, the Blue Plan's Environment and Development Outlook, 2005
※2  Olsen, S.B.(2003): Frameworks and indicators for assessing progress in integrated coastal management initiatives. Ocean & Coastal Management 46, 347-361.
※3  Iczm marketing strategy, Priority Actions Programme/Regional Activity Centre, Nov 2006
※4  UNEP/MAP SMAP III Project: iczm Marketing Strategy, Priority Actions Programme/Regional Activity Centre. Split, Nov 2006

第226号(2010.01.05発行)のその他の記事

Page Top