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第225号(2009.12.20発行)

第225号(2009.12.20 発行)

ペルシャ湾、カスピ海、北極海-閉鎖性の「海」について

[KEYWORDS] ペルシャ湾/カスピ海/北極海
東京大学大学院法学政治学研究科 教授◆中谷和弘

海洋に関する基本的な国際法ルールを規定する国連海洋法条約においては、実は「海」の定義はおかれていない。石油や天然ガスといったエネルギー資源を豊富に含むきわめて重要な水域であるペルシャ湾、カスピ海、北極海は、いずれも通常の「海」ではない。
各々の「海」の法的特徴と若干の関連する法的課題を概観してみたい。

「海」の定義?

閉鎖性の「海」は...

海洋に関する基本的な国際法ルールを規定する国連海洋法条約においては、実は「海」の定義はおかれていない。また、国連海洋法条約だけをみていても、「海」の問題の現実がわかるとは限らない。
石油や天然ガスといったエネルギー資源を豊富に含む極めて重要な水域であるペルシャ湾(アラビア湾)、カスピ海、北極海は、いずれも通常の「海」ではない。以下、各々の法的特徴と若干の関連する法的課題を概観してみよう。

ペルシャ湾

ペルシャ湾(面積約24万平方キロ)は、一見すると通常の「海」のように思われるが、単純な海洋ではない。細かい議論は省略するが、ペルシャ湾は、国連海洋法条約122条にいう「半閉鎖海」(semi-enclosed sea)に該当すると考えられる。ペルシャ湾は、湾(gulf)、海盆(basin)または海(sea)のいずれかであることには問題はなく、2カ国以上(イラン、オマーン、UAE(アラブ首長国連合)、サウジアラビア、カタール、バーレーン、クウェート、イラクの8カ国)によって囲まれ、狭い出口(ホルムズ海峡)によって外洋(アラビア海)につながっていること、また、大部分が上記沿岸国の領海または排他的経済水域であることからも、同条の要件を満たすと考えられるからである(同条では、閉鎖海と半閉鎖海は区別せずに定義されているが、外洋につながっている海域ゆえ、通常は半閉鎖海として考えられる)。マックスプランク国際法百科によると、国連海洋法条約122条の定義を満たす閉鎖海・半閉鎖海は40ないし50あるとされる(日本海も半閉鎖海だと考えられる。国際司法裁判所は、1985年の判決において、地中海を半閉鎖海であると指摘した)。閉鎖海・半閉鎖海に関する国連海洋法条約の規定は、この定義規定以外には123条があるのみである。同条では、海洋生物資源や海洋環境保護等について、沿岸国は相互協力すべき旨を規定する。ペルシャ湾に関しては、UNEP(国際連合環境計画)の地域海計画の一つとして、クウェート地域海計画があり、海洋環境保護条約が採択されていることが、同条の趣旨にも合致するものとして注目される。
石油・天然ガスの国際市場への輸送に際して不可欠な重要性を有するのがホルムズ海峡である。ホルムズ海峡の沿岸国はイラン(国連海洋法条約の非当事国)とオマーン(同条約の当事国、飛地であるムサンダム半島がホルムズ海峡に面している)である。最狭部は21カイリ未満であるが、この世界で最も重要な国際海峡につき、両沿岸国は、国連海洋法条約でいう「国際航行に使用される海峡」(34条以下、外国船舶に通過通航権が認められる)とは認めずに、自国の領海である(それゆえ外国船舶にはせいぜい無害通航権が認められるにすぎない)と主張し、特にイランは、「安全保障を理由とした通航停止が認められ、また外国軍艦の通航には事前許可を要する」「国連海洋法条約の国際海峡に関する規定は、非当事国には適用されない」といった主張をしている。

カスピ海

カスピ海(昔、「裏海」と表記された。面積約37万平方キロ=日本の陸地面積とほぼ同じ)に関しては、よく「海」か「湖」かと問われることがある。
カスピ海は、外洋への出口がないため、上記の閉鎖海・半閉鎖海の定義のうちの前半の要件は満たさないが、後半の要件は満たす可能性がある。もっとも、確立された「海」の定義も「湖」の定義もなく、また地質や水質といった科学的特徴からどちらであるかが決定される訳でもない。沿岸国5カ国(イラン、ロシア、カザフスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタン)のみがカスピ海の法的地位を決定できるが、5カ国の間で最終合意に達しないため、カスピ海の国際法上の地位は未決である。
境界未画定の水域において既に石油・天然ガスの開発が行われており、他の沿岸国から抗議がなされることもある。法的地位の決定方式としては、分割するというオプションと共有するというオプションが考えられる(沿岸部は分割するが中心部は共有するというオプションや上部水域は分割するが海底(湖底)は共有するといったオプションなどヴァリエーションも考えられる)。沿岸国のうちイランを除く4カ国は基本的には分割するという立場であり(二国間ではいくつかの境界画定合意も成立している)、イランも自国のシェアが20%以上確保できれば分割に反対しないという立場のようであるが、分割ラインをどう引くか(等距離中間線方式ならばともかく、「衡平な解決」のためにどのような基準を導入するか、その際、国際裁判で示された大陸棚境界画定の基準をどこまで準用できるのか)について5カ国がコンセンサスに達することは容易ではなかろう。
分割せずに共有するというオプションは現実には選択されないと思われるが、国際司法裁判所が1992年の判決において、中米のフォンセカ湾はエルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアの3カ国の共同領有に服すると判示したことからも明らかなように、陸地のみならず水域についても共同領有(condominium) は可能である。

北極海

北極海(面積約1,405万平方キロ)は、豊富な天然資源や北米・欧州・東アジアを結ぶ最短航路(北西航路、北東航路)ゆえに、地球温暖化による氷解によって開発が容易になるという皮肉な現実ゆえに、ロシア、米国、カナダ、デンマーク、ノルウェーといった周辺国が権原を主張している。北極海は、ユーラシア大陸と北米大陸に囲まれた半閉鎖海であるといえる。国連海洋法条約では234条において、氷結水域に関して、沿岸国に船舶起因汚染の規制のための無差別の法令制定・執行権限(通常の排他的経済水域における船舶起因汚染の規制と比べてより強化された権限)が付与されている。
氷に閉ざされているから陸地と同じように考えるべきだとの議論は、砕氷船技術の進展や温暖化による氷解という現実からも明らかなように、今日では説得的とは思われない。2008年に周辺5カ国間で採択されたイルリサット(Ilulissat)宣言においては、国際法枠組(特に海洋法)が北極海に適用されることを想起し、重複するクレームの秩序ある解決を約束した。同宣言に関連して、米国国務省法律顧問 ベリンガー(Bellinger)は、「北極海問題への対処には既存の国際法ルールで十分であって新たに北極条約といったものを作成する必要はない」「南極は海洋に囲まれた大陸だが北極は大陸に囲まれた海洋であって両者の状況は異なる」という興味深い発言をしている。

おわりに

以前、ドバイから眺めたペルシャ湾は、またバクーから眺めたカスピ海は、まさに「海」にしか見えなかった。もっとも昨年訪問したリスボンではテージョ川を「海」と錯覚するほどであった。やや古い表現だが、「人生いろいろ、海もいろいろ」か。(了)

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