Ocean Newsletter
第219号(2009.09.20発行)
- アイルランド国立大学ゴールウェイ校 海洋法・海洋政策センター 研究部長/教授◆Ronan Long
- 東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授◆八木信行
- 海洋・東アジア研究会◆冨賀見栄一
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
日本の海洋基本法に関する欧州の見解
[KEYWORDS] 海洋基本法/海洋政策/EUアイルランド国立大学ゴールウェイ校 海洋法・海洋政策センター 研究部長/教授◆Ronan Long
海洋政策は、世界および国家のレベルで持続可能な経済発展を図ると同時に、海洋環境と海洋資源を保護・保全することによって海洋の平和的利用のための安定した枠組みを提供するものでなければならない。
日本の海洋基本法と欧州連合の海洋政策が目指すところはきわめて類似する。
はじめに

国連-日本財団研修アジア太平洋卒業生会合にて。真中が筆者(2009/4/13、東京)
私の初の日本訪問に際して、海洋政策研究財団(OPRF)のニューズレターに寄稿し、日本の海洋基本法と欧州連合の海洋政策の類似点について述べる機会を与えられたことは、実に名誉なことである。これをはじめるに当たっては、まず、国連-日本財団研修アジア太平洋卒業生会合(Asia Pacific UN-Nippon Foundation Alumni)における開会挨拶で笹川陽平会長が海洋の平和的かつ持続的な利用に向けた国際協力の拡大を提唱したことを思い起こすのが適切だろう。この協力の重要性を過小に評価してはならない。日本と欧州連合(EU)のいずれにおいても、海洋政策は、世界および国家のレベルで持続可能な経済発展を図ると同時に、海洋環境と海洋資源を保護・保全することによって海洋の平和的利用のための安定した枠組みを提供するものでなければならないという点で一般的な意見の一致がある。
日本と欧州をつなぐ共通のテーマと特徴
当然のことながら政治主体として日本とEUを単純に比較することはできない。前者は独立国家であり、後者は共通の制度と立法機能を持ち、27の加盟国が結束する超国家的組織であるためである。しかし、日本とEUはいずれも1982年国連海洋法条約(1982 UNCLOS)を締結し、海洋に関する法の規定を遵守するとともに、同条約のもとで発生する権利と義務を効果的に履行する責務を負っている。これが、日本の海洋基本法とEUの海洋政策をつなぐいくつかの共通のテーマおよび特徴の第1である。その中でいずれの政策も1982 UNCLOS、アジェンダ21、2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)、WSSD実施計画、その他国際法一般が定める複雑な規範的枠組みの導入を目指している。
第2の共通点は、海洋問題への対処に関して日本とEUが採用しているアプローチは従来の管理手法とは大きく異なるという点である。具体的に言うと、これまで日本とEUは海洋問題に部門別に対応してきた。海洋問題を責任をもって統括する政府部局や海洋に関する問題を統合的に検討する任務を担う調整部局もなかった。新しいアプローチの重要な点は、海洋問題に明確な責任を負う閣僚(日本は国務大臣、EUはコミッショナー)が任命されたことである。この背景には、1982 UNCLOSの序文に記されているように、海洋空間に関わる問題は相互に密接に関連しているため、全体として考察されなければならないという認識がある。
日本と欧州の政策遂行の過程
3番目の点として興味深いのは、日本とEUでは政策遂行の方法が異なることが挙げられる。それぞれの政策は、業界やその他の利害関係者との広範な協議に基づいている。日本の場合、現在、この政策は海洋基本法という確固とした法的枠組みに支えられている。これと対照的に、EUでは政策遂行の形態や方法が各加盟国に委ねられている。英国をはじめとする数カ国は具体的な管理的法案を採択しようとしているが、アイルランドのように基本となる法律は定めずに、政策取組みで対応しようとしている国もある。EU域内外での経験を勘案すると、日本のアプローチが海洋の経済的繁栄を実現し、海洋問題において平和、安全、協力および友好的関係を強化する最善の方法であることが明らかである。
4番目の共通点は、日本とEUの政策はよく似た原則に基づいていることである。その原則とはすなわち、資源の開発・利用と海洋環境の保全との調和、海洋の安全と安全保障の維持、科学的知見の充実、海洋産業の健全な発展、総合的な海洋管理施策の採用である。重要な点は、日本とEUはいずれも世界および地域のレベルで海洋問題を効果的に調整する責務を担っていることである。日本とEUは国際貿易の大半を海上輸送に依存していることを考えると、これは当然のことと言える。また双方とも、人口の急増、海洋環境の劣化、資源の減少、および急速かつ多くの場合無計画な沿岸域の開発に起因する同様の問題にも直面している。
日本の海洋基本法の特徴
EUにとっても重要な5番目の日本のアプローチの特徴は、5年ごとに見直しが行われる海洋基本計画を採用していることである。重要なのは、計画遂行の財政的側面について明示した規定が定められていることである。EUの海洋政策も定期的な見直しが行われ、政策実施に関する初の重要な報告が2009年5月に予定されていることから、これはEUの状況においても検討すべき重要な点である。
海洋基本法の中核をなす6番目の特徴は、同基本法第4章に列挙された12項目の基本的施策である。これはEU海洋政策を各加盟国が遂行するという困難な任務の状況にきわめて重要な意味を持つ。基本的にこれらの施策は、海洋資源の促進および開発、海洋環境の保全、排他的経済水域(EEZ)および大陸棚(CS)の開発、利用および保全、海上輸送の効率性と船員の安全性の向上、津波などの地球規模な危険の影響緩和、水路測量と海洋の科学的調査の推進、海洋産業の国際競争力の強化、沿岸域の総合的管理を目指す施策の採用、ならびに離島の保全(北太平洋の6,000を越える島々が日本の管轄下にあることを考慮すると、これは重要な責務である)のための枠組みを形成する。これらの施策はまた、地域レベルでの協調・協力の促進を明確な目標とする日本の外交政策の確かな法的基盤にもなっている。興味深いことに、日本の政策は海洋に関する国民の知識の増進と、学際的また分野横断的という両方の観点から海洋問題のあらゆる側面に関する教育の推進を目指しているという点において、EUが採用するアプローチと共通している。
海洋基本法の印象的な特徴は、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチを採用しているという点である。このアプローチでは、政策に対する最終責任は内閣に設置された総合海洋政策本部に支えられて内閣総理大臣が負うが、政策実施の民主主義的な義務と責任は、市民社会、産業界および地方自治体を含む、他のすべての利害関係者も分担して遂行する。
強力なリーダーシップ
日本とEUの政策に見られる最後の顕著な類似点は、いずれも地域と世界のレベルで海洋問題に関して強力なリーダーシップを発揮していることである。結局のところ、これが海洋と海洋資源の平和的かつ持続可能な利用の確保を目指して国際的な協力を強化するという笹川会長の啓発的なビジョンを実現する唯一の方法である。(了)
- 本稿の原文(英文)は海洋政策研究財団英文HPでご覧いただけます。
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