Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第218号(2009.09.05発行)

第218号(2009.09.05 発行)

多様性を秘める海洋研究―科学の視点から

[KEYWORDS] 研究動向/論文データベース/科学
トムソン・ロイター・プロフェッショナル(株) 学術ソリューション◆堀切近史

科学とは先人が獲得した知見を発展させながら新しい知見を生み出していくものであり、発表された学術論文を手掛かりに、先人の知見を統計的に読み解くことで科学の大きな流れをつかむことができる。
海洋研究は、海洋を対象とする多岐に渡る研究領域からさまざまな研究成果へと広がり、地球温暖化の問題に対する研究活動においても重要な位置を占めている。

はじめに―巨人の肩の上に立つ

「私は巨人の肩の上に立っていたからです」※1--。
万有引力の法則を発見したことで知られる近代科学の祖のアイザック・ニュートンは、自らが新しい知見を見いだせたのは過去の発見や知見があったからだと、この言葉を述べたとされる。これに代表されるように、科学は先人が獲得した知見を発展させながら新しい知見を生み出していく。近代科学が築かれた17世紀から脈々と続く大きな流れだ。
この科学の大きな流れをつかむ方法がある。手掛かりは、科学者が発表した学術論文だ。学術論文には、その時々の科学者が抱いた関心事が言葉になって記されている。さらに参照した先人の知見を、参考文献として引用している。これらを統計的に読み解くことで、これまで科学者がどのようなことに関心を抱いてきたのか、さらには過去から現在までに至る知見のつながりをつかむことができる。

キーワードは「多様性」

「Ocean」という言葉を含む学術論文の研究領域(Subject Area)

■Citation Map機能による引用動向の把握
Citation Map機能による引用動向の把握

こうした科学の流れや知見のつながりは、もちろん海洋に関する研究領域においても存在している。むしろ、数学や物理、化学といった基礎科学の領域に比べて、海洋研究はさまざまな学問分野がかかわる学際的な側面が強く、ユニークな多様性を見せている。
科学の全領域にわたり学際的な調査ができる学術論文データベースWeb of Science®※2を利用して、「Ocean」という言葉を表題や抄録に含む論文を検索してみよう。1980年から現在(2009年5月)に至る約30年間において、実に9万8,000件余りもの論文がヒットする。この膨大な論文は、海洋とどんな関連を持っているのだろうか。これらの論文について研究領域(Subject Area)の内訳を調べた結果が右表となる。これを見ると、いかに多様な研究領域が、海洋に注目して研究活動を展開しているのかがわかる。
論文数のもっとも多い研究領域が海洋学(Oceanography)である。物理的・化学的側面から海洋そのものに焦点をあてて、海洋の性質や資源などを分析する学問領域だ。つづいて地球科学(Geosciences)や気象学・大気科学(Meteorology & Atmospheric Sciences)、地球化学・地球物理(Geochemistry & Geophysics)など、地球を対象とした研究領域においても海洋に言及している論文が多い。地球そのものの理解につなげるべく、探求の目を地球表面の約7割を占める海洋に向けている様子がうかがえる。
その後に続く研究領域が興味深い。環境科学(Environmental Sciences)や生態学(Ecology)、古生物学(Paleontology)、動物学(Zoology)、音響学(Acoustics)など、一見したところ海洋とは直接関連を持たないような研究領域においても、海洋についてなんらかの言及をしている論文がたくさん発表されている。科学者らは実に様々な側面から海洋に焦点をあてて、新たな知見を見いだす活動に取り組んでいるわけだ。
海洋に関する研究活動において得られたある知見が、その後どのように発展していくのかを見るのも興味深い。一例として総合科学誌「Nature」に掲載された、インド洋において大気海洋結合現象が生じていることを解明した論文("A dipole mode in the tropical Indian Ocean" , Nature, Vol.401, Issue.6751, Pages.360-363, September 1999)について概観してみよう。1999年に発表された同論文は、世界各地の気象に大きな影響を与える要因の一つとして関心を集め、現在までに600を超える論文から引用を集めている。右下図はその引用の様子を図で表現したもので、引用先の研究領域ごとに異なる色で表現したものだ(Web of Science®のCitation Map機能)。その引用先を見ると海洋学はもとより、気象学・大気科学、海洋・淡水生物学(Marine & Freshwater Biology)や水資源(Water Resources)など多岐に渡る研究領域に発展しているのだ。

地球温暖化の問題への貢献も

ところで昨今、地球温暖化に関連する議論がかまびすしい。地球温暖化も多様な観点から議論・研究されており、まさに学際的な関心事である。そこで気候変化(Climate Change)という言葉を選び、これに言及している論文数の推移をWeb of Science®で調べてみた。その論文数をみると1990年代にじわじわと数を増やしたのち、2000年代に入ると激増している。まさに現在、ホットな研究テーマとして扱われている。
ではこの気候変化に言及した論文は、どのような研究領域から発表されているのだろうか。続いてWeb of Science®で分析すると、環境科学や地球科学、気象学・大気科学が上位に顔をだす。そしてこれらに並んで、海洋学からの研究成果が数多くあらわれ、海洋科学に広がっている。

「Climate Change」を含む学術論文数の年推移(日本発の論文を対象)

おわりに

海洋に関する研究には、ユニークな多様性が潜んでいる。学際的な論文検索データベースで調べてみると、さまざまな研究領域で海洋を対象とする研究活動が取り組まれていることがわかる。さらに地球温暖化の問題に対する研究活動においても、海洋研究は重要な位置を占めているのだ。(了)

※1  原文は「Dwarfs Standing on the shoulders of giants」。先人達(=giants)による膨大な蓄積と科学者(=dwarfs/小びと)の謙虚な姿勢を表現する有名なギリシャ神話からの隠喩。ニュートン以前の12世紀仏の学者ベルナールからの引用という記録があり、その後現代まで、様々な科学者が使用している。詳しくはこちらを参照ください。
※2  "Web of Science®"=トムソン・ロイターの科学部門が提供しているオンラインの学術文献データベース。1900年以降の自然科学、社会科学、人文科学の全分野における主要論文誌、総計約11,500誌(2009年5月時点)の情報をカバー。学際的な検索ができ、世界各国の公的機関による報告書や、科学技術政策の基礎データとして広く利用されている。http://science.thomsonreuters.jp/products/wos/

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