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オーシャンニューズレター

第218号(2009.09.05発行)

第218号(2009.09.05 発行)

副振動(あびき)について

[KEYWORDS] 潮位/被害/港湾
長崎海洋気象台 海洋課主任技術専門官◆岡田良平

副振動の恐ろしさはあまり知られていない。
副振動とは、数分から数10分の周期で海面が昇降する現象で、発生メカニズムは未解明なことが多く、予測が困難で前触れなく振幅が大きくなることもしばしばある。
そのため気象台は顕著な副振動を観測した場合、「潮位情報」を発表して潮位の実況と今後の見通しや防災上留意すべき事項などを発表して注意を呼びかけている。

2009年2月、九州西岸で被害発生

小島漁港で撮影された、2月25日8時30分頃の大きな副振動の様子。(写真提供:薩摩川内市上甑支所)
小島漁港で撮影された、2月25日8時30分頃の大きな副振動の様子。(写真提供:薩摩川内市上甑支所)

副振動とは、港湾、海峡など、陸や堤防に囲まれた海域で観測される、数分から数10 分程度の周期で海面が昇降する現象です。副振動という名称は、日々くり返す満潮・干潮の潮位変化を主振動として、それ以外の潮位の振動に対して名づけられたものです。
2009年2月24日から28日にかけ、九州西岸を中心として広範囲に顕著な副振動が発生し、これにより鹿児島県や熊本県では30隻に及ぶ小型船舶の転覆・沈没や床上・床下浸水の被害が発生しました。被害発生後に長崎海洋気象台、鹿児島地方気象台、熊本地方気象台が行った現地調査の結果、25日朝に発生した副振動は、鹿児島県の薩摩川内市(さつませんだいし)上甑島(かみこしきじま)の小島(おじま)漁港で海面昇降の高低差2.9m(周期14分)、熊本県天草市河浦町の崎津(さきつ)漁港で同1.6m(周期10分)に達していたことが推定されました。また、海面の大きな昇降が大潮の満潮と重なったため、最高潮位はそれぞれの地点で標高2.8mと2.0mに達していたことがわかりました。

副振動の恐ろしさ

■1979年3月31日に長崎港で発生した副振動
1979年3月31日に長崎港で発生した副振動

副振動は季節を問わず全国的に見られる現象ですが、特に九州西岸や薩南諸島では春先を中心に著しく大きな副振動が発生することがあり、しばしば港に停泊中の船舶の被害や低地での浸水を伴うことがあります。このうち、長崎港などで春先を中心に発生する大きな副振動は「あびき」と呼ばれ、海面の昇降に伴う速い流れで漁網が曳かれるなどの被害が出ることから、古くから漁業者などの間で恐れられてきました。「あびき」という呼び名は「網曳き」に由来すると言われています。中でも、1979年3月31日に長崎港で発生した副振動は国内の検潮所で観測した記録としては過去最大のもので、海面昇降の高低差(全振幅)は最大2.78m(周期35分)でした。副振動は水深の浅いところで大きくなる性質があることから、このとき湾奥部の浦上川河口付近では海面昇降の高低差が約4.7mに達していたと推定する研究もあります。
この大きな副振動による被害発生状況については、(社)西部海難防止協会が発行した「津波(長崎港アビキ)対策委員会報告書」(昭和57年3月)で詳しく述べられています。同報告書によると、係留索の切断による小型船舶の流出(うち1隻は橋に激突して大破)や、ドックのゲート開閉作業中にゲートを支えるワイヤーが急激な水圧変化に耐えられず切断され、ゲートが倒壊する被害が発生しました。このほか、小型船舶の岸壁への乗り上げ、防舷材の破損、船舶の座礁などの被害もありました。また、被害は生じなかったものの、曳船を使って大型船が入港する際の操船が困難になった状況について、水先案内人からの報告が掲載されています。船舶以外の被害では、磯でアオサ採りをしていた人が急に満ちてきた潮にさらわれて水死した例も挙げられています。

予測の難しさ

副振動の主な発生原因は、台風、低気圧等に伴う気圧や風の変動の影響で海洋に波長の長い波が発生し、これが沿岸に伝わって港湾や海峡の中の海水が振動を起こすためと考えられています。たらいに水を張って揺らす時に、たらいの中の水が揺れるのと同じ周期で揺らし続けると、共振が起きて水があふれ出る(振幅が大きくなる)のと同様に、外洋から伝わってくる波長の長い波の周期がその海域の海水の揺れる固有の周期に近い場合は、沿岸で海面が大きく昇降する場合があります。今回のような大きな副振動も、このようにして発生したと考えられていますが、副振動の詳しい発生メカニズムについてはまだわからないことが多いのが実情です。また、副振動は九州南岸付近を低気圧が通過する時などに発生することが多いとされていますが、高気圧に覆われた天気の良い日に突然発生することも少なくありません。そのため、副振動はいつ、どこで、どの程度の現象が発生するかの予測が大変難しく、突然襲って来ることもあります。

副振動による被害を軽減するための備え

今年2月に発生した副振動は、局地的には長崎検潮所で観測された国内における過去最大の副振動に匹敵していました。副振動は、大きな海面の昇降を繰り返すという点では、津波と似ていますが、津波はその原因となる地震の発生場所や規模が観測により特定されるため、津波の沿岸への到達時刻や高さを予測することができるのに対し、副振動は原因となる気象現象の発生場所や規模の推定が困難であることから、予測が難しいのが現状です。
各地の気象台では、それぞれの担当区域の検潮所で観測される潮位を常時監視しており、顕著な副振動を観測した場合は「潮位情報」を発表して注意を呼びかけています。「副振動に関する潮位情報」が発表された場合は、各港湾の関係機関の取り決めに従い、速やかに安全策を講じる必要があります。長崎港の例では、顕著な副振動が発生した際の対応として、船舶の係留策の補強、小型船舶や流出のおそれのある物件の固縛・陸揚げ、荷役の中止、状況に応じ責任者の判断による船舶の港外への避難または乗組員の陸上への避難などについて取り決められています。
被害を伴うような大きな副振動は数年から数十年に一度の稀な現象ですが、過去に大きな副振動が発生したことのある港湾では、日頃から副振動の発生を想定した備えをしておくことが被害を軽減する上で欠かせません。(了)

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