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第218号(2009.09.05発行)

第218号(2009.09.05 発行)

海賊処罰・対処法の成立

[KEYWORDS] 海賊/海賊対処法/国連海洋法条約
内閣官房総合海洋政策本部事務局 内閣参事官◆岡西康博

7月24日に施行となった「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」、いわゆる海賊処罰・対処法の概要、海賊対処行動の発令と今後の取り組みについて解説する。
近年のソマリア沖で頻発している海賊事案は、わが国のみならず、国際社会にとって、緊急に対応すべき重大な脅威となっている。
同法はこうした事態に対応し、国連海洋法条約を踏まえ、公海における海賊行為の処罰等について体系的に定めており、世界的にみても先進的な法制といえる。

はじめに

外国貿易の重要度が高いわが国経済社会はもちろんのこと世界経済全体にとって、海上を航行する船舶の安全確保は極めて重要であり、近年のソマリア沖で頻発している海賊事案は、国際社会にとって緊急に対応すべき重大な脅威となっています。また、国連海洋法条約は、海賊行為に対しては、各国が協力して、海賊船舶の国籍を問わず各国の法令を適用し、取り締まるべきものであると定めています。公海の自由のための基本的原則である「旗国主義」の唯一の例外であります。
このような海賊事案の発生状況と国連海洋法条約を受け、わが国として海賊行為への適切な対処を図るため、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(以下「海賊対処法」という)が、衆参併せて約50時間に及ぶ審議を経て6月19日に成立し、7月24日に施行されました。同法に基づく海賊対処行動が同日に発令され、これらを通じ、わが国の発展に不可欠な海上安全の確保がより適切に図られることとなりました。
ソマリア沖・アデン湾は、スエズ運河を経由しアジアと欧州を結ぶ重要な海上交通路ですが、海賊の頻発を理由に、喜望峰経由の航路を選択すべきとの意見もあります。しかし、そもそも自由に航行できることが原則の公海において、海賊行為という犯罪行為のために罪のない民間船舶が迂回しなければならないという状況を認めることはできません。まさに国際貿易のインフラである海上交通の安全を守ることが世界的に求められていることを認識する必要があります。そこで国連安全保障理事会は、4度の決議を採択し、海賊抑止のための軍艦派遣を各国に呼びかけ、既に20を超える国々が軍艦等を派遣し、しょう戒活動等を実施しています。

わが国の対応

わが国政府は、与党での精力的な議論も踏まえ、海賊対処法案を3月13日に閣議決定しました。併せて、法律ができるまでの応急的な措置として、海上警備行動による自衛隊艦船の派遣を決定しました。海上警備行動は、現行法の枠組みを用いることから一定の制約があります。まず護衛対象が、「日本の人命・財産」に関係する船舶に限られます。次に、海賊行為が広大な海域で行われることや、一旦海賊に乗り込まれると乗員の生命に重大な危険を生じ、その回復が著しく困難になることなどの海賊行為の特殊性を考慮すると、現行の武器使用規定では不十分ではないかというものです。去る4月4日には、不審な小型船舶が接近しているとの通報を護衛対象外船舶から受けた自衛隊の艦船が、指向性大音響発生装置などを使い、不審船の接近を防いだと報告されています。結果的には、強制力を伴わない方法により不審船の接近を抑止することができましたが、仮に不審船が警告に応じない場合、現行法ではこれ以上の措置がとれない中でのギリギリの対応でした。

海賊対処法の概要

(1)意義と性格
海賊対処法では、自衛隊の派遣などの海賊への対処だけでなく、処罰が規定されています。公海上の海賊行為をわが国の犯罪として定めることにより、公海におけるあらゆる船舶の安全確保がわが国の公共の秩序維持にあたることを明らかにし、海賊への対処は、あくまでも犯罪の取り締まりであるとしています。海賊対処は、結果として国際協力になりますが、あくまでも本法の目的はわが国の公共の秩序維持としています。

(2)海賊行為の定義(第2条)
近年の海賊事案を踏まえ、これを処罰する観点から刑法等との整合性も考慮しつつ、国連海洋法条約における「海賊行為」の範囲内で、公海等における船舶の強取等の典型的な行為を海賊行為として規定しました。国連海洋法条約では、通常旗国にしか認められていない管轄権が、海賊に限りあらゆる国に認められています。わが国も、海賊に対してその旗国の如何を問わず管轄権を行使することになります。海賊に対する管轄権の行使が、公海の自由の例外中の例外であることを踏まえ、国際的に海賊として認められる典型的な行為をこの海賊対処法で海賊行為として定義しました。また、保護対象船舶の国籍を限定していませんが、実際の対処では、日本の経済社会に与える影響などを踏まえて、対処の要否を判断することとなります。外国の領海で発生した同様の行為については、当該沿岸国がその領域主権に基づき自ら取り締まりを行うのが通常であることから、対象としませんでした。

(3)海上保安庁による海賊行為への対処(第5条、第6条)
海賊対処は、第一義的には海上における人命・財産の保護または治安の維持の責務を有する海上保安庁が行うことを明らかにしました。武器使用については停船射撃の規定を加えました。海賊が民間船舶に取り付いてからでは安全を回復することが極めて困難なため、民間船舶に接近する海賊船を停船させるための武器使用を、警察官職務執行法第7条の補完として規定しました。

(4)自衛隊による海賊行為への対処(第7条、第8条)
装備面等の事情から、海上保安庁のみでは海賊行為に対処できない場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊による海賊対処が行えるようにしました。防衛大臣は、内閣総理大臣の承認を受けるため、必要性や、区域、部隊の規模、期間などを記載した対処要項を内閣総理大臣に提出する必要があります。さらに内閣総理大臣は、承認時および終了時に国会報告を行います。これらの手続きは、自衛隊の海外派遣が長期間にわたることが想定されることから、自衛隊をより的確な統制の下で運用するために定められました。海賊対処法に基づく自衛隊の行動は、わが国の犯罪に対処する警察活動であるため、その武器使用は、海上保安官に関する規定がそのまま準用されます。なお、自衛隊が行う警察活動は「行政警察」業務に限られ、捜査などの「司法警察」業務は行わないことは、海上警備行動と同様です。

海賊対処行動の発令と今後の取り組み

今年3月14日、出港する護衛艦を見送る麻生総理。(写真:防衛省HPより)
今年3月14日、出港する護衛艦を見送る麻生総理。(写真:防衛省HPより)

法律の施行日である7月24日に、防衛大臣が海賊対処行動を発令しました。これにより、わが国経済社会の発展に不可欠な海上輸送の安全確保が、より適確に図られることとなります。今回の海賊対処法により、わが国は、ソマリア沖で頻発する海賊事案に適切に対処することができます。いずれの国の船舶も保護できることから、他国との連携も円滑に進むことが期待されます。しかしながら、わが国としては、沿岸国の取り締まり体制の強化やソマリア情勢の安定化などの中長期的な取り組みも求められています。
最後に、処罰を含む体系的な海賊対処法制である本法が、IMOの理事会において先進事例として紹介されたように、今後、世界の模範となることを期待して結びといたします。(了)

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