Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第207号(2009.03.20発行)

第207号(2009.03.20 発行)

ウミガメからのメッセージ

[KEYWORDS] ウミガメ/産卵場/海岸構造物
名古屋港水族館 顧問、第1回海洋立国推進功労者表彰受賞◆内田 至

ウミガメは「丹後の国風土記」逸文の浦島物語りなどで日本人には、古くからなじみの深い動物であった。
ウミガメはどちらかというと水産の対象外生物と見なされて、大量に漁獲されることもなく、それゆえ生態調査や研究が行われることもほとんどなかった。
しかし近年になって自然保護思想の普及等と相まって人々の関心が高まりつつあることはウミガメの種の保存にとってもよいことであろう。

はじめに

仲良く昼寝をしているアオウミガメとハワイ・モンク・シール(アザラシの一種)。ホノルルの北西約800kmにあるフレンチ・フリゲート環礁。このような場所がまだ世界にはあるのだ!(写真提供:NOAA  J.バラーズ)
仲良く昼寝をしているアオウミガメとハワイ・モンク・シール(アザラシの一種)。ホノルルの北西約800kmにあるフレンチ・フリゲート環礁。このような場所がまだ世界にはあるのだ!
(写真提供:NOAA J.バラーズ)

今日われわれが目にするカメ類の多くは、地質時代の第3紀から白亜紀まで遡って、その進化の足跡を辿ることができる。初期の中生代のカメ類は最も原始的な種であり、共通する特徴として首を甲らの中に引き込めることができなかったが、典型的なカメの体型は維持していたと考えられている。またカメ類は動物の世界でも稀に見る甲らという堅固な守りの武装を手に入れた動物であるが、その代償として彼らは運動性を犠牲にせざるを得なくなってしまった。カメ類の中でも、海洋に生活の場を求めたのはウミガメ類で、現生種はわずかに2科6属8種しか生存していない。
彼らは進化の過程で海棲への道を選んだが、繁殖のためにはどうしても陸上の砂中に産卵するという習性までも変えることはできなかった。そのためにほとんどのウミガメ類は繁殖季には日没を待って陸上の安全を確かめて砂浜に上陸産卵する。産卵中の無防備ともいえる行動からすれば、日没後の産卵上陸は納得できるだろう。
海洋での分布は通常温帯域から熱帯域が分布の中心であり、産卵場もそれらの海域に存在している。ユーラシア大陸の東、北太平洋に面して連綿と花綵のように続く日本列島は、アカウミガメという温帯域に主たる繁殖地を持つウミガメにとって、非常に重要な繁殖の場を提供している。アカウミガメの産卵場は、わが国も太平洋岸では福島県辺りが産卵上陸する北限である。

アカウミガメの繁殖生態と日本の海浜

アカウミガメがいつ頃から、わが国の砂浜を繁殖の場として利用し始めたのかは定かではないが、日本列島は1万年ほど前の沖積世には大氷河時代も終りに近づき、温暖化に向かい海水面も徐々に上昇してきたことが知られている。そして、今から6千年ほど前の縄文時代に入ると、その当時の人たちの生活の様子を、貝塚を手がかりとして知ることができる。貝塚には獣骨等と共にウミガメ類の肋骨片なども発見され、これらの動物が食用として利用されていたことが示唆されている。この頃は未だ舟を用いた漁労技術の発達以前の時代であり、貝塚より発見されたウミガメ類の骨は、徒手により産卵のために砂浜に上陸したウミガメを採捕したものと考えられるだろう。
夏の真夜中の砂浜で、産卵上陸するウミガメの生態を調べるためには、まずカメに見つかる前にカメを発見することが観察を成功させる秘訣である。
波打際に上陸し波間に現れたカメは、寄せ波と返す波で不安定な汀線を、出来るだけ早く通過し、その上の少し波の静かな場所で陸上の様子を伺っている。このとき陸上を動く灯火や、黒い人影や物音などに最大の注意を払っている。そして陸上に闇と静かな空間が存在することを確認すれば、注意深く砂浜への上陸を開始する。
上陸してきた彼らの移動速度を、屋久島の栗生や徳島の蒲生田海岸で測定したことがあるが、およそ秒速9~12cmであった。この数値は、上陸してきたアカウミガメは、命をわれわれに委ねているということにも等しいことを示している。
ある程度の奥行のある砂浜において、巣穴を掘る際の障害となる石・プラスチック類の打ち上げられた漂流物などを避けて、ウミガメは、妨害要素が許容できるレベルの産卵可能な場所を探す。そして、時間をかけて念入りに産卵のための巣穴を堀り、卵を産み、掘り出した砂をかき集め巣穴を埋め戻し海に帰っていく。

ウミガメの繁殖行動を撹乱するもの

日本の海浜に回帰し、産卵する砂浜を探すアカウミガメの足跡。産卵に適した砂地を求めて何度も上陸を試みるが、そのたびに消波ブロックに阻まれている。産卵場を探求するこの頑固さが彼らの生存を今日まで支えてきた。愛知県下の遠州灘海岸表浜にて。
(写真提供:NPO表浜ネットワーク)※
日本の海浜に回帰し、産卵する砂浜を探すアカウミガメの足跡。産卵に適した砂地を求めて何度も上陸を試みるが、そのたびに消波ブロックに阻まれている。産卵場を探求するこの頑固さが彼らの生存を今日まで支えてきた。愛知県下の遠州灘海岸表浜にて。
(写真提供:NPO表浜ネットワーク)※

産卵上陸行動を妨害するものとしては、なんらの規制もなく花火や高歌放吟、キャンプする人達など、枚挙にいとまない。しかし、産卵場の砂浜に造られた堤防等の構造物ほどウミガメの産卵上陸を妨害しているものはない。
堤防等の構造物の多くは、その浜が昔からウミガメが上陸して、産卵の場として利用し子孫を残してきた......などということは一顧だにされることもなく、建設されてきた。技術的には砂浜に防潮、防波のための構造物を構築することは、それほど困難な土木工事とは思えないが、ウミガメが産卵上陸する砂浜に、現場に、設計の段階でどのくらい足を運んだだろうかと考えさせられることが多い。少なくとも春夏秋冬それぞれ一回ずつでもよい。設計者はこれから構造物を設置しようとする海浜に出向き、縄文時代からその海浜を利用している動物たちの存在していることに気付いてほしい。
今日、日本のウミガメの産卵場の各地で見られる防波堤や防潮堤の状況を見ると、それはまさしく、そこを利用している野生動物などの存在は考慮されることもなく、コンクリートの壁でウミガメの上陸は阻止されている。
結果が貨幣価値で評価され数量化できるものは、重視され政策化を急ぐが、自然景観や動植物の存在など数値化しにくいものは軽視されがちである。陸と海の峡間に手を加えるわけであるから、そこを利用している動物たちの声なき声にも是非注意を注いでいただきたい。
この日本列島に、人類が住みつく以前から、夏が来ると砂浜に上陸産卵していたウミガメたちが、その頃と同じ姿で同じ行動で、子孫を残して生き続けているという事実を受け止めてほしい。
私はいま、ウミガメたちのために、このことを代弁したい。(了)

※ この表浜では、その後市民の働きかけ等により、2006年4月、消波ブロックの一部撤去が行われ環境調査が開始された。また2009年1月6日には、愛知県豊橋市が、エコ・コースト事業として、「ウミガメの上陸しやすい砂浜に改良する工事」を開始している。

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