Ocean Newsletter
創刊号(2000.08.20発行)
- 川崎重工業(株)常務取締役技術総括本部長、経団連海洋開発推進委員会総合部会長◆橋口寛信
- 放送大学教授、日本科学協会理事長◆濱田隆士
- 日本財団常務理事◆寺島紘士
- ニューズレター編集委員会編集代表者 (横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
海洋問題の総合的取り組みを急げ
日本財団常務理事◆寺島紘士国連海洋法条約の発効で各国の海洋問題への取り組みが本格化し、また、行動計画アジェンダ21の効果的実施に向けて国際的な関心が高まっている中で、わが国の対応は、もう一つ精彩を欠いている。早急に海洋問題を総合的に検討するための海洋関係閣僚会議やこれらの検討を効率的に行うための事務局の設置などを検討することを提案したい。
日本財団は、去る7月13日、「新世紀へ向けて海を考える」というテーマでわが国では取り組みが遅れている「海洋管理」について研究セミナーを開催した。海洋法条約の草案作りをはじめ半世紀にわたってこの問題に取り組んできた国際海洋研究所(IOI)名誉会長のエリザベス・マン・ボルゲーゼ氏及び海洋先進国アメリカの海洋大気局(NOAA)国際プログラム室長のチャールス・N・イーラー氏を講師として、海に関心を持つ学者、研究者、行政・メディア関係者が集まって、「海洋管理とは何か」「海洋の問題は何故総合的な取り組みが必要か」「そもそも海は誰のものか」など海洋管理について考えるとともに率直な意見交換を行った。そこで、その議論を踏まえてわが国の海洋問題の取り組みについて問題提起をしてみたい。
わが国は海運や造船、水産、科学技術など各分野では世界のトップ水準にあるが、海洋問題への総合的な取り組みについては大きく立ち遅れている
20世紀後半、世界経済が発展して地球上の人口は60億人を数えてなお増加中だが、同時に食料やエネルギーの大量消費が進み、世界各地で大気や海洋の汚染、資源の枯渇、環境破壊が顕在化してきた。他方、科学の進歩により地球環境や生態系に対する理解が進むに連れて人類の生存基盤としての海の重要性が近年一段とクローズアップされてきている。
1945年アメリカの大陸棚及び漁業保存水域宣言を皮切りに、20世紀後半は各国の海洋の管理を巡る国際的な主張が活発化し、国連海洋法会議等の場で海洋の開発、利用、保全について空前の白熱した議論が積み重ねられた。その結果、海洋問題に取り組むための様々な制度的枠組が作られたが、その中心をなすのが国連海洋法条約とリオの地球サミットが採択した持続可能な開発のための行動計画アジェンダ21である。
わが国は、有力な海洋国として国連海洋法会議等の場でこれらの取り組みに積極的に参加し、国際的合意形成に貢献してきた。しかし、1990年代に入り、国連海洋法条約がついに発効して各国の海洋問題への取り組みが本格化し、また、行動計画アジェンダ21の効果的実施に向けて国際的な関心が高まっている中で、海運や造船、水産、科学技術など海の各個別分野では世界のトップ水準にあるわが国の対応はもう一つ精彩を欠いている。
その原因は、一言で言えば、海洋問題への総合的取り組みの欠如にある。
このことは、これまでの海洋問題を巡る国際会議の議論を振り返って、それらをリードしてきた次のような考え方をキーワード的に列挙して見ると明らかである。
「海洋の問題は相互に密接に関連し全体として検討される必要がある」
「海は人類の共同財産」
「持続可能な開発」
「統合的、部分横断的、学際的アプローチ」
「統合的沿岸及び海洋管理」
そこでは、「持続可能な開発」が経済と環境の側面を統合して論じられるように、全体を統合的に考えることの重要性が繰り返し強調されてきている。そしてこれこそが今のわが国に一番欠けていて、適切な対応が求められていることなのである。
海洋に関する国際社会の取り組みはさらに進行しており、早急に海洋問題の総合的な取り組み体制を整備する必要がある
わが国の海洋行政は、10以上の省庁に細分化されており、現状は海洋問題への対応は各省庁個別の対応の総和という域を出ていない。また、海洋法条約の批准に際しても総合的な海洋政策の策定や基本法の立法はなく、海洋行政を総合的に推進するための仕組みも特に作られていない。さらに、海洋問題への総合的な取り組みには広く学界、利害関係者、即ちNGOや市民レベルの声を反映させることとされているが、そのための手続きも定められていない。
早急に海洋問題を総合的に検討をするための海洋関係閣僚会議やこれらの検討を効率的に行うための事務局の設置などを検討することを提案したい。
先般の研究セミナーでNOAAのイーラー氏が、アメリカでは海洋は国民のものであり、NOAAは国民に対して管理責任を負っている。したがって、その管理に瑕疵があれば、NOAAは国民から訴訟で責任を追及されると述べている。わが国においても、わが国の管轄海域を日本国民の共同財産として、総合的に管理するにはどうすべきかを早急に検討する必要があるのではないか。
国際的にみても最近海洋に関する国際社会の取り組みはさらに進行している。昨年5月、アジェンダ21をフォローしている「国連持続可能な開発委員会(CSD)」は、「海洋」について審議して、(1)海洋生物資源の保全、統合された管理、持続可能な利用、(2)陸上活動等に起因する海洋環境の汚染・悪化の防止、(3)海洋、海洋生物資源、汚染の影響、気候システムとの相互作用に関する科学的理解の促進、(4)海洋法条約とアジェンダ21の効果的実施に向けた国、地域、世界レベルでの取り組み推進の4点を重要課題として位置づけた。
また、昨年11月国連総会は、相互に密接に関連する海洋問題を包括的に議論できるのは国連総会しかないとの認識の下に、海洋問題及び海洋法について毎年国連総会でレビューすることとし、このレビューを効果的に行うため「非公式協議プロセス」を設置することを決定、その第1回の協議が早くも本年5月30日から6月2日にかけてニューヨークで開催された。わが国は、早急に海洋問題の総合的な取り組み体制を整備し、海洋国のリーダーとして海洋管理の推進を巡る協議や技術移転、資金協力などで主導的役割を発揮する必要がある。さもないと国連の場ばかりでなく、近年国際会議やインターネットを通じて急速に構築されつつある国際ネットワークからも取り残される恐れがある。
最後に、地球上の7割を占める海洋問題は、政府だけでなく、民間部門、科学者、NGOなどが参加する幅広い取り組みが必要である。現状は残念ながら、学界や研究者の取り組みも個別分野に偏していて総合的な取り組みが十分とはいえず、また、社会一般の関心も高くない。海洋問題に関心を持つ各界の有志が個々の立場を越えて、総合的な海洋管理に向けて知恵を出し合い、ネットワークを組むことが重要である。本海洋シンクタンクがそのような場として利用されることを期待したい。
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