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オーシャンニューズレター

第193号(2008.08.20発行)

第193号(2008.08.20 発行)

読者からの投稿
小島嶼国に芽生える自律的な環境保全を求める動き ~パラオにとっての「ミクロネシア・チャレンジ」~

[KEYWORDS]ミクロネシア・チャレンジ/自律的環境保全/利害関係者アプローチ
パラオ在住・元パラオ派遣青年海外協力隊員◆廣瀬淳一

「ミクロネシア・チャレンジ」をパラオの生活者の視点から読み解くと、合意の裏側には、環境問題の「犠牲者」から「主体者」への意識の変遷がもたらした「自律的メカニズム」という新しい環境保全モデルの存在を見ることができた。

はじめに

日本から3,200kmほど南下した太平洋に小さな島国パラオ※1がある。かつて国際連盟の委任統治領となり日本の南洋庁が置かれたパラオは今も大変な親日国としても知られている。
美しいサンゴ礁を求めて多くの観光客が訪れるパラオは海洋生物の宝庫といわれ、生物多様性を維持する観点からも注目を集めている。産業の乏しいパラオにとって、海の観光業は最も発展が期待され、その自然環境は最も大切な財産とされるなか、レメンゲサウ大統領を旗手とするミクロネシアの盟友は、ミクロネシア・チャレンジ(以後MC)と呼ばれる地域枠組を設け(2006年)、持続可能な発展の実現に取り組み始めた。

被害者から当事者の発想へ

これまで太平洋島嶼国の人々は、「罪のない犠牲者」として、先進工業国に対して環境問題に対処するための財政的、技術的援助の必要性を訴えてきた。しかし、気候変動など現実的な脅威が迫るなか自律的で持続可能な環境保全に対する関心が高まっている。MCもその現れのひとつだろう。ただ、MC宣言の前文では、ミクロネシアの島嶼文化や島民生活を尊重した持続可能な環境保全の必要性に言及はするも、合意事項については「領有する沿岸域の30%および陸地の20%の自然環境の効果的保全」に留まっておりその対策も具体性に欠けている。では、パラオ大統領が政策の目玉として推進するMCとはパラオにとってどのような意味を持つのだろうか。

パラオの経済と環境保全

米国との自由連合協定に基づく財政援助(以後、コンパクト援助)の終了を2009年末に控えて、現政権は行財政改革を断行し財政支出を削減する一方で、観光業など民間部門の育成に取り組んできた。しかし、補助金に過度に依存する地方経済を同じ水準で維持することは困難として、大統領一般教書演説(2008年4月)では、伝統的生活と経済開発のバランスある新しい生活様式を国民に提案した。そこには環境保全と観光を組み合わせた持続可能な「資金メカニズム」を、コンパクト援助を失った場合に予想される急激な「負の衝撃」の緩衝材として備えたい想いが見え隠れする。
パラオは保護区ネットワーク(PAN)を整備しているが、2008年5月に可決された修正法では自然環境の「サービス」の「消費者」である観光客に「緑の代金(Green Fee)」を負担させ、地域の環境保全を実施するコミュニティに分配することで環境と経済を両立させるシステムを導入する。雇用機会に乏しい人口数百名の地方州は、財政を中央政府からの補助金に依存してきた。ある環境NGO職員は「予算配分があれば、村民は環境保全の仕事を請け負う」と筆者に語った。国家財政に対するコンパクト援助の占める割合が4割(2007年)に達するパラオにとって、ポストコンパクトの地方財政は中央政府の安定のためにも重大な課題とされている。
人口1万9,907人(2005年)のパラオは、伝統的な地縁・血縁集団を基にした16州から構成される。パラオでは出身地の存在は大きく、進学、就職、婚姻、埋葬などにも関係し、海外移住者を含めて、その影響は生涯にわたる。各州法によれば、市民権を得る資格要件として母系社会の規則に従った血縁関係が要求されるなど余所者にとっては「排他的行政区」である。先祖から受け継いだ土地(沿岸部も含む)は慣習地として特別な価値を与えられ、住民は西洋の所有観の影響を受けながらも、伝統首長の下で慣習地の資源管理を制御してきた。パラオの村落に見られる資源の利用は、沿岸部での「おかず採り」のような生活の周縁にある「マイナー・サブシステンス」であり、厳格な規則を持たない「ゆるやかなコモンズ」であるが、これは当然ながら観光客など部外者を念頭に入れた規則ではない。地方議員の中には、中央政府はMCを皮切りに規制法を拡大し、地方の共有地や天然資源に対する権限を強化したいのだという声もあった。しかし、気候変動コーディネータのオロイ氏は、MCやPAN法は、地域の環境経営を補完する制度であり、コミュニティの権利を奪うものではなく、むしろ自律的な環境経営を推進するものであると説明する※2。

ロックアイランド自然保護区付近の航空写真。
ロックアイランド自然保護区付近の航空写真。
親族たちが集まる第一子誕生を祝う伝統的儀式。
親族たちが集まる第一子誕生を祝う伝統的儀式。
管理について説明するマルキョク州政府自然保護官。
管理について説明するマルキョク州政府自然保護官。

(写真3点とも:廣瀬淳一)

利害当事者アプローチから見たMC

MCがPANに期待するものが、コミュニティの環境保全活動を通じた経済活性化であるとすれば、これは地域活動における利害当事者アプローチとも言える。環境保全は地球的規模の問題であると同時に、自然資源を利用して生活している地域住民にとって日常の問題でもあり、安定した自然資源管理には活動資金や労働力を継続的に賄えるシステムが内蔵されていることが肝要である。
持続可能性の視点から言えば、血縁・地縁関係が残るパラオの地方行政では、外国援助に依るところが大きい中央政府が主体となる他律的取り組みよりも、むしろ伝統的生活を活用した利害当事者アプローチの方に合理性が見いだせよう。在住者の感触から述べれば、MCとは「環境」とその保全の姿勢を商品化し、持続的活動資金を「消費者」から徴収するための正当性を国際社会に訴えるアピールと言えよう。(了)

【参考文献】
  • 井上真・宮内泰介編『コモンズの社会学 シリーズ環境社会学2 森・川・海の資源共同管理を考える』新曜社、2004年
  • 篠原徹編『現代民俗学の視点1 民族の技術』朝倉書店、1998年
  • State of the Republic Address, By His Excellency Tommy E. Remengesau, Jr. President of Republic of Palau, April 10, 2008.
※1 カロリン諸島の西端、北緯2度から8度、東経131度から135度に位置し、海域面積312万km2、陸地面積488km2を有する島嶼国。
※2 筆者によるインタビュー(2008年6月24日、旧大統領府庁舎にて)。

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