Ocean Newsletter
第193号(2008.08.20発行)
- 静岡文化芸術大学 学長◆川勝平太
- 鹿児島大学多島圏研究センター准教授◆河合 渓
- パラオ在住・元パラオ派遣青年海外協力隊員◆廣瀬淳一
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
太平洋島嶼域からみた「人と自然の共生」
[KEYWORDS]太平洋島嶼/人と自然の共生/学融的研究鹿児島大学多島圏研究センター准教授◆河合 渓
今後の人と自然の関係を考えるうえで、地域での人と自然の関係をより一層見つめなおし、その地域固有の自然環境や地域住民の持つ自然への知識を重視することが重要と考えられる。
また、人と自然の関係は多様な側面を持つため、様々な視点を通して検討する学融的研究が今後の検討方法として有効と考えられる。
「人と自然の共生」

村落での海の交通手段である竹舟。
人は長い歴史の間で地域に適した生活様式や文化を得てきた。そして、自然の過剰利用や破壊を繰り返すこともあったが、伝統的な社会では比較的「人と自然は共生関係」にあり、健全な自然環境を維持する社会経済システムを持ってきた(「人と自然の共生」とは人が他の生物と同様に生態系の一部として機能し、生態系が健全に維持されている関係と定義する)。しかし、近代化に伴い環境汚染の拡大や生物多様性が低下する一方、グローバリゼーションに伴い様々な現象が地域から地球レベルへと変化してきた。
フィジー諸島共和国は南太平洋随一の観光地である反面、一次産業主体の国である。沿岸の村落は共同体的土地所有制度と約6割での自給自足経済を維持しており、現在も伝統的社会経済システムに近いと仮定できる。国土の約8割を占める先住民の土地はマタンガリという血縁グループにより共同所有され、複数のマタンガリが集まり村を形成している。村の合意形成で最も権力を持つのが首長で、首長の合意のもと村での諸事が行われる。
人と自然の関係が地域から地球レベルで考えなければならない現在、私たちは新しい人と自然の関係を考えていかなければならない。私たちの研究グループは今後の人と自然の関係を考える上で、もう一度伝統的な社会が持っていた人と自然の関係を見つめなおすことが重要と考えた。私たちは、マングローブ林、干潟、サンゴ礁と複雑な生態系が続くフィジー・ビチレブ島東沿岸の半農半漁村を対象に人と自然の関係について研究を行っている。まだ、方法論等検討の余地が十分あるが、その一部をここで紹介したい。
学融的研究
本研究では学融的というスタイルをとっている。私たちは、異なる学問分野(海洋生物学、海洋学、魚類学、経済学、社会学)の研究者が参加し、各専門分野を融合させ多様な学問的視点から「人と自然の共生」について研究を行っている。人と自然の関係は様々な現象や相互関係を含むため多様な視点から検討することは重要である。しかし、この方法には大きな問題がある。例えば、一つの言葉をとっても分野により解釈が異なることである。そのため私たちはいくつかの点に気をつけて研究を行っている。例えば、勉強会等を頻繁に行い、活発な議論を通して分野間での垣根を低くする。また、現地調査ではなるべく全員が同時期に滞在し多くの現象や経験を共有し、話し合いを通して共通理解を得ていく。そして、各分野が関係する項目をなるべく貨幣単位に変換し、その相互関係から有機的にその結果を融合させることで、この地域の構造と機能を一つの単位で示すモデル化を目指した。
一方、人の生活は一つの生態系との関係だけに収まらないため、関連する生態系を一つの連続した系として捉えることが重要である。対象地域では自然環境は住居から沖合に向け、畑、マングローブ林、干潟、サンゴ礁という順に並んでいる。海洋環境は陸域から沖合にかけ連動した変化を示し、沿岸域は陸と沖合の環境に強く影響を受けている。例えば、この地域ではマングローブ林を含む陸上由来の懸濁有機物が河口域から干潟にかけ多く存在するが、サンゴ礁域に達するとその量は著しく低下する。この物質は河口域から干潟に生息する魚介類に多くの餌を供給し消費され、多様な資源維持に貢献している。また、魚介類の餌になるプランクトンも同様の影響を受けている。この地域では観察された魚介類の種数は多くなかったが、複数の生態系に生息する生物が存在し、多様な生物相が存在している。
人と自然の関係を貨幣価値に換算し比較するため、各環境で代表的な資源(芋、貝、魚)を対象に村民による資源の単位時間当たりの漁獲・収穫額を計算した。この値は人がそれぞれの環境をどの程度利用しているかを示す指標と考えた。その値を高い順に並べると住居に隣接する畑の値が一番高く、干潟、サンゴ礁と村から遠方の環境ほど低くなった。この傾向は村落での移動手段が海上になると手漕ぎの竹船のため、遠方に行くためには労力が必要となり、距離が制限要因になるため、遠い環境で低い値、すなわち人の利用が低くなると考えられる。また、村落には資源利用の伝統的な規則が多くあり、これも制限要因になっていると考えられる。
現在、私たちは残りの社会環境と自然環境をその相互関係を考慮し貨幣価値に換算することを試みており、モデル化は十分に完成していない。また解決せねばならない点も多く、課題は多い。しかし色々な視点を統合し、貨幣単位で物事を検討することで、その関係を簡潔にし、他学問分野との相互関係を成立させることができる。このような学融的研究での経済指標によるモデル化は今後の学際研究の一つの方向性を示すと考えている。
地域社会と生態系を考慮した人と自然の関係

毎週行われる村の集会とカヴァの儀式(上座に首長が座っている)。
本地域は豊富な資源量と過剰に漁獲しない漁法によって持続的な資源利用が成り立っている。それとともに重要なのはマングローブ林の過剰な伐採やサンゴ礁の破壊などが行われておらず、生物多様性と生態系が健全な状態で維持されていることである。
フィジー村落には資源利用の伝統的な規則や多くの知識があり、これを村民が維持することにより資源利用のシステムがうまく機能している。これは首長のリーダーシップを中心とした共同体がまだ十分機能しているためと考えられる。例えば、木々の伐採は陸の土を干潟やサンゴ礁に運搬し、ろ過食性生物やサンゴを死滅に追い込むため、木々の伐採には首長の許可が必要である。また、幼年期から漁に参加することによりその規則を遵守するシステムが成り立っていることや、カヴァ※という嗜好飲料を通した集まりが生活の一部になっており、これによりコミュニュケーションの活発化と集団の結束の維持がなされていることも重要と考えられる。しかし、近代化に伴い共同体としての結束が薄れ、資源利用の規則と知識の伝承が成り立たなくなってきているのも現実である。
伝統社会を通して持続的な自然との関係を考えると、リーダーシップを持つ共同体の形成と維持、自然環境の科学的検証、そしてその重要性の啓発活動が重要と考えられる。しかし、それだけでなく共同体が持つ地域固有の自然への規則と知識を尊重し、これらの情報をいかに科学的情報と融合させ「人と自然の共生」を維持するかを検討することが重要と考えられる。 (了)
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