Ocean Newsletter
第188号(2008.06.05発行)
- 海上保安大学校 教授、国際海洋政策研究センター長代理◆松本宏之
- 星稜女子短期大学准教授◆沢野伸浩
- 琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底実験所技術専門職員◆中野義勝
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男
フィンランド湾における海洋汚染防止の取り組み
[KEYWORDS] GOFREP/船舶航行安全対策/海洋汚染防止星稜女子短期大学准教授◆沢野伸浩
フィンランド湾内の国際海域を対象としたGOFREPの運用が2004年7月1日より開始された。
GOFREPは、フィンランド・エストニア・ロシアの3カ国の協働により、フィンランド湾内を航行する船舶の事故を予防することで、海洋汚染の進行を食い止めることをも目的に策定されたものである。
300GT以上の船舶にほぼ無条件に適用され、AISが搭載された船舶であっても通報ラインからVHF無線による位置通報が義務づけられている点に大きな特徴を持つ。
1.はじめに
フィンランド湾は、最奥部にロシアの工業地帯を抱え、さらにソビエト連邦崩壊後独立を果たしたエストニアとフィンランド、スウェーデンを結ぶ客船等の航行が増大したこともあり、東西および南北方向で船舶が頻繁に交差する「海上交通の難所」の一つとして知られている。さらに、90年代後半からはロシアの資源輸出を背景とした経済の膨張が船舶航行の輻輳に拍車をかけた。フィンランド環境省は1995年時点で湾内を航行するタンカーによる石油類の輸送量の予測を行った。しかし、2000年にロシア・プリモリスクに石油積出基地が完成し、実際の輸送量が1995年当時の予測の2倍を超えるペースで増加していることが明らかになるなど、90年代の半ばに運用が開始された各国別の船舶通航業務(VTS)※1だけではなく、さらに広くフィンランド湾の沿岸国を巻き込む船舶航行安全対策が必要とされるようになった。
2.GOFREPの策定

タリンVTSのGOFREP連絡用デスク(中央のヘッドセットがVHF無線連絡用)。
船舶航行数の予測と現実との乖離が認識された90年代の後半時点で、まず、フィランド湾内を航行する船舶に対する強制的な通報義務の設定について議論が行われた。しかしこれと同時期、フィンランド国内においてはヘルシンキVTSがサービスを開始し、さらに船舶自動識別装置(AIS)の普及が始まるなど、これらの新しい仕組みや情報ネットワークと結合した、より高いレベルの航行管理をめざした船位通報制度※2としてGOFREP (Gulf of Finland Mandatory Ship Reporting System,フィンランド湾義務的船位通報システム)構築についての検討が1999年に開始されている。
具体的なGOFREPの立案作業は、フィンランド海事局(FMA;Finnish Maritime Administration)とヘルシンキ市の西隣、エスポー市にあるフィンランド国立技術研究所(VTT; Technical Research Centre of Finland)のロジスティクス研究部門が中心となって担当した。GOFREPはその対象海域がフィンランド・エストニア・ロシアの3カ国にまたがる国際海域であるため、作業の最終目標は「IMO勧告を得ること」に設定された。したがって、具体的な作業は、IMOによって示されている以下のFSA(Formal Safety Assessment)の5つの手順に従って行われた。
(1)現状の問題点の同定(想定される事故原因に関するシナリオとその影響)
(2)危険度評価(事故を引き起こす要因の評価)
(3)危険を制御するための選択肢(危険を回避するための規則や方法の工夫)
(4)対費用効果の評価(危険回避策それぞれのコストと効率)
(5)IMO勧告案作成(事故に関する情報、関連リスクおよび実行可能な危険回避策の対費用効果)
実際の作業を行う上で、関係国間の思惑や足並みが必ずしも揃っていたとは言えず、計画案をまとめる上で相当な苦労もあったようだ。実際、筆者が、VTTで策定過程に加わった直接の関係者から聞いたところでは、すでに1960年代からロシア、サンクトペテルスブルグではVTSの運用が行われており、そこで使われていたシステムや方法との整合を図るのが困難だったという。さらに、2000年以降はエストニアでVTSの基地局建設が始められたものの運用開始が予定より遅れ、当初計画された予定通りには作業が進まなかったようである。しかしこの策定作業を通して同じテーブルに座った関係者の間にきわめて強い信頼関係が培われていたことは間違いない。筆者がVTTに滞在した約半年の間に、エストニアやサンクトペテルスブルグで何度かGOFREPの策定に実際に加わった関係者と「アフターファイブ」の交流を持つ機会にも恵まれたが、これらを見るに付け、相互に強い信頼関係が培われていていることが伺われた。
現時点でロシア・エストニア間の海上国境は定かではなく、政治的な関係も必ずしも良好なものではない。このような状況下であるにもかかわらず、GOFREPが当初の予定通りにまとめられた背後にこのような人間関係の構築があったとしたら、それはそれできわめて興味深い。また、すべての交渉が英語で行われた点にもわれわれは注目すべきだろう。フィンランドの関係者は誰もロシア語・エストニア語を解せず、ロシアの関係者はフィンランド語・エストニア語を解さなかった。エストニア人に唯一人、ロシア語・フィンランド語の両方に堪能な関係者がいたが、彼は公式な席では英語以外一切使わなかった。
3.GOFREPの運用

現行のGOFREPの運用についは、スウェーデン海事局が公開している文書が最も分かりやすい。この文書は、http://www.sjofartsverket.se/upload/ufs/2007/nr%20163.indd.pdfからダウンロードが可能で、15ページの中央以降が英文によるGOFREPの解説となっている。
GOFREPは一見すると他の一般的な船舶からVTSへの通報手順の定めと大差はない。図に示したフィランド湾内に設定された航路と定められた位置から、その位置に対応した各国のVTSに対するVHF無線による"Short message"の通報から構成されるものである。しかし、ドーバー海峡に適用されているCALDOVREP(ドーバー海峡船位通報システム)や日本の位置通報がAISを搭載した船舶に対して"Short message"に相当する無線連絡の省略を可能としているのに対し、それを認めないところに大きな違いが存在する。実際、タリン、ヘルシンキ、サイマアなどのVTSでGOFREPに定められた位置からの無線連絡を何度か実際に聞く機会があったが、VTSに導入されたソフトウエアがGOFREPの運用に完全に対応しており、通報内容がすべてデジタル録音され、過去に遡ってどの船舶がどこから通報を行ったか確認できるシステムの運用が行われていた。
4.おわりに
フィンランド湾で行われてきた船舶航行安全対策は、その立案過程から「海洋汚染防止対策」の一環として行われてきた。これは、単純にタンカー事故等による油流出が大規模な海洋汚染の原因となるからである。とくに船舶による海洋汚染事故は、起こってから対応するより、事故そのものを予防するための対策の方がコスト的にも遙かに安い。われわれも今後、このような「船舶事故防止対策」と「海洋汚染防止対策」を同義とする対策を講じていくべきではないだろうか。(了)
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