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オーシャンニューズレター

第186号(2008.05.05発行)

第186号(2008.05.05 発行)

インドネシアにおける海運港湾保安の向上への取り組み

[KEYWORDS] マラッカ・シンガポール海峡/国際協力/海上治安調整会議
インドネシア国運輸省海運総局派遣 JICA専門家(国土交通省より出向)◆川上泰司
インドネシア国運輸省海運総局派遣 JICA専門家(海上保安庁より出向)◆西分竜二

インドネシアの海域における海上貨物輸送は増加の傾向にあり、この海域の安全対策は緊急の課題となっている。
2006年12月、インドネシアに大統領直轄の組織として海上治安調整会議が設立され、わが国の海上保安庁に該当する一元的な組織作りが目指されている。
海運港湾保安へのさらなる日本の協力が期待されている。

インドネシアの海域

東西5,000km、17,000もの島々によって構成される世界一の群島国家インドネシアにとって、海運(海上交通)の役割はきわめて大きい。また、わが国にとっても原材料の多くを依存しているほか、多くの製造業が進出している。まさに、海上生命線であるマラッカ・シンガポール海峡を含むインドネシアの海域における海上輸送の安全は両国にとって死活問題でもある。インドネシアでは、2002年のバリ島ナイトクラブでの爆弾テロ、2003年のジャカルタマリオットホテルの爆弾テロ、2004年8月のジャカルタ豪大使館付近での爆発、2005年9月の二度目のバリでの爆弾テロと4年連続で重大なテロ事件が発生した。また、国際テロ組織アルカイダと深いつながりがあると見られる東南アジアのテロ組織ジェマイスラミアが依然としてインドネシア国内に潜伏していると想定され、テロ対策の重点国となっている。一方、1999年以降、インドネシアの海域における海賊が急増しており、IMB(国際海事局)の統計によれば、2004年には93件の海賊事件が発生し、これは全世界の海賊事件の3分の1近くを占める。内容としては、港内停泊中のこそ泥や強盗もあるが、航行中の船舶を乗っ取るという凶悪なものもある。

海運港湾保安の現況

わが国でこの分野を担当しているのは国土交通省であるが、インドネシアでは複数の機関が複雑に関与している。行政の側面では、主に運輸省海運総局の2つの局(警備救難局、航行援助局)およびその地方組織が担当している。警察の側面では、警備業務の主たる機能である海上における犯罪の捜査・逮捕といった権限について、海上警察、海軍、加えて運輸省海運総局の特別司法警察職員等がオーバーラップする形で保有しており、各々が業務を実施している。これら複数の官庁の縦割りによる弊害が指摘されていることを受け、これらを総合的に調整するとともに、将来的にはわが国の海上保安庁に該当する一元的な組織作りを目指して、インドネシアに海上治安調整会議(BAKORKAMLA)が2006年12月に設立された。同調整会議は、大統領直轄で大統領に対して責任を有する組織であり、政治・治安担当調整大臣を調整者とする省庁組織ではない常設の政府機関である。海運総局、海上警察、海軍、税関、海洋漁業省などを含む12のステークホルダーからなる同調整会議による効果的、効率的な海上治安活動を実施するためのものである。
JICA※1では、海上治安調整会議の組織設立および強化のため設立前から海上保安庁から職員を派遣するなど必要な協力を実施している。また、昨年12月には、海洋政策研究財団と海上治安調整会議との協賛で海上保安セミナーを開催した。将来的には、フィリピンやマレーシアにあるようなコーストガードの設立が望まれるところであるが、この海上治安調整会議の設立や今後の活動が、インドネシアにおけるコーストガード設立に向けた大きな一歩になるであろう。

海運保安分野における日本の協力

タンジュンプリオク港に寄港した巡視船みずほ。(2007年6月)
タンジュンプリオク港に寄港した巡視船みずほ。(2007年6月)

日本政府は、2007年11月に無償資金協力により、インドネシア政府に対して、巡視艇3隻を供与した。供与の目的は、他でもないマラッカ・シンガポール海峡警備である。もちろん、3隻でマラッカ海峡すべてをパトロールすることなどできないが、インドネシア政府の海賊および海上テロ対策への一助となるはずである。
これとは別に、マラッカ・シンガポール海峡船舶航行安全システム整備計画が進行中である。船舶の輻輳する同海域において、マレーシア、シンガポール側のみに整備・運用されている航行安全システムをインドネシア側にも整備しようというものである。先の巡視艇供与が「手足」にあたるとすれば、本システムは「目鼻」にあたるものであり、航行安全を含む同海域の海上保安向上に大きく貢献するものである。
この他、海上保安庁は独自に巡視船や航空機をインドネシアに派遣し、関係機関と合同で乗船訓練や海賊取締訓練等を実施している。広大な海洋面積を持つインドネシアでは、海洋資源を守ることも重要な課題であり、海上保安に対する機運が盛り上がる中、さらなる日本の協力が期待されている。

港湾保安分野における日本の協力

日ASEAN合同保安演習。(2007年2月)
日ASEAN合同保安演習。(2007年2月)

港湾保安に係る取り組みは、その性格上一カ国のみ努力しても意味がないという観点から、APECやASEANといった地域連携が重要である。2006年からスタートした「日ASEAN港湾保安向上行動計画(ASEAN-Japan Regional Action Plan on Port Security:RAPPS)」※2では、各国の行動計画の推進、Plan-Do-Check-Actionサイクルの実現を目標として港湾保安専門家会合の開催、集団研修の実施、セミナーの開催、合同演習の実施、マニュアル類の整備等に取り組んでいる。その中の一つである合同演習は日本を含む10カ国の港湾が一つのシナリオをベースに行うもので非常にユニークである。2007年にはインドネシアのタンジュンプリオク港をメイン会場として10カ国19港湾が参加して実施した(写真参照)。この演習のフィードバックは港湾保安専門家会合で行われ、各国の知見の向上に役立っている。
一方JICAでは、RAPPSや各国とも協調して、インドネシアに対し緊急に整備すべき保安対策、保安基準改訂および港湾保安体制強化、教育訓練体制整備に係る協力を進めている。2004年から2006年には開発調査「インドネシア国主要貿易港保安対策強化計画調査」や、CCTVやX線施設の供与を実施し、さらに本年ベラワン港等8港へも無償資金協力を実施する計画である。また2006年12月からは人材育成を主眼とした技術協力プロジェクトを開始し、長期専門家を派遣している。
2004年に改正SOLAS条約が施行されて以来、船舶および港湾施設の保安の国際(ISPS)コードへの準拠は、現在234施設となっているが、一部の港湾での実施状況には問題も散見される。去る2008年2月25日には、16施設を除くその他のすべての港湾に寄港した船舶が米国の港湾に寄港しようとする場合には、追加の保安措置を求める等を内容とするPort Security Advisory※3を米国コーストガードは発出した。これによる影響は現時点では不明であるが、わが国にインドネシアに対する本分野でのさらなる協力が望まれていることは明らかである。(了)

※3  「2002年海上運輸保安法」(Maritime Transportation SecurityAct of 2002, MTSA)に基づく勧告を参照

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  • インドネシアにおける海運港湾保安の向上への取り組み インドネシア国運輸省海運総局派遣 JICA専門家(国土交通省より出向)◆川上泰司
    インドネシア国運輸省海運総局派遣 JICA専門家(海上保安庁より出向)◆西分竜二
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男

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