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オーシャンニューズレター

第186号(2008.05.05発行)

第186号(2008.05.05 発行)

中国から学ぶ沿岸域管理~大連・煙台の漂着ゴミ現地調査を終えて~

[KEYWORDS] 海域使用管理法/海域機能区分/海洋ゴミ
(財)松下政経塾第27期生◆黄川田仁志
元(財)環日本海環境協力センター主任研究員(現富山県生活環境文化部 主査)◆藤谷亮一

中国では海域管理法制定により、海洋開発の秩序が大きく改善されています。
海域所有権、海域使用権および管理義務が法的に定められ、さらに沿岸都市の経済社会的な発展のための有効な条件が整えられています。
その模範である大連市と煙台市の海岸はとても美しいものでした。
私たちは、この中国の総合的沿岸管理についてよく学び、日本の沿岸管理の枠組みを検討する必要があると思います。

1.はじめに

中国の海はきれいだったというと、多くの人は驚くのではないでしょうか。最近の中国の環境についてのマスコミ報道を考えますと、日本の多くの人は中国の海岸はゴミが散乱し、未処理の汚水で汚染されているに違いないと考えていると思います。私たちも中国の現地調査へ行くまではそのように思っていました。
中国は国連海洋法条約批准(1996年)のあと、1990年代後半から海洋管理に関する法制度を積極的に整備するようになりました。昨年、私たちは日本財団の支援により、中国沿岸域管理の模範とされている大連市と煙台市を訪れました。そこで、機能的かつ計画的な沿岸域管理のために、政府が設定した目標の達成に向けて努力している姿を体感してきました。これら中国の沿岸管理政策に日本が学ぶべきことは大いにあると思いました。

2.中国沿岸域管理の支柱~中華人民共和国海域使用管理法

中国沿岸域管理の支柱~中華人民共和国海域使用管理法

まず中国の沿岸域管理の柱となっています「中華人民共和国海域使用管理法」(2002年元日発効)(以下、「海域管理法」という)の特徴を3点に整理して紹介します。
1点目は、海域の所有権と使用権を分離し管理していることです。海域管理法では、土地の所有権と同じように、海域の所有権が国家にあることが初めて宣言されました。そして、その使用にあたっては、所有者ではなく使用権者を充てました。海域が土地資源の延長であり、海域管理も土地利用管理と整合すべきであるとの発想があると思われます。国家海洋局(1964年に発足)が国土資源部の外局とされたのも同様の理由だと考えられます。
2点目は、海域の使用権の市場化および市場メカニズムによる海洋管理の試みです。つまり、海域は天然資源であり、その資源使用権に付加価値が生じるため、国防や公益事業などの特別の事情を除いて、使用権の取得・委譲をできるだけ市場メカニズムで行おうとするものです。海域使用料については、公的機関と海域利用関係者が相互に参加して、その基準評価額が決められます。また使用権の売買もおこなうことができます。
3点目は、海洋管理の機能区分制度です。表1のとおり10種類に設定されています。たとえば「観光区」においては観光資源の保護、適正開発および恒久利用の原則を堅持し、国際市場へ目を向けた観光スポット戦略を実施し、海浜休暇観光、海上観光旅行および海関連観光を発展させなければならない、とされています。また「観光区」における汚水および生活ゴミの処理については、他の地域より厳しくなっています。例えば汚水は基準値内排出および化学処理を行うとともに、海上への直接排出も禁止されています。さらに海浜景勝観光区では、厳しい海水の品質も要求されています。このような機能区分によって、海域の合法的な利用、海洋環境の保護、海洋経済の持続可能な発展を確保しようとしています。

3.沿岸域管理の優等生~大連市と煙台市

大連市は観光国際都市を目指して、先に紹介しました海域管理法に則り、沿岸部を観光区に指定し、観光産業の育成を図っています。特に海外からの旅行者が避暑地として活用する海水浴場(「観光区」に属する)の管理には力を注いでいます。そして同市は、「大連市海水浴場の管理方法(大連市人民政府法令第25号 2003年3月22日)」を独自に策定し、海水浴場内の海洋ごみを含む廃棄物管理、衛生管理、安全対策などの措置をおこなっています。
煙台市も非常に観光に力をいれていまして、海浜公園が非常によく整備されていました。以前はゴミがあって汚く、湾内の水質も悪かったそうですが、近年の環境意識の高まりと、行政管理と市民のマナーの相乗効果で海の環境が大きく改善されました。
私たちはこれらの市の沿岸部を車で移動しながら現地を詳細に調査等しましたが、海岸が非常によく管理されていて驚きました。特に多数の観光客や地元が訪れる海水浴場には、海岸清掃員が配置され、定期的にゴミを回収しているため、ゴミがまったく落ちていませんでした。これは、海域管理法による沿岸域の総合管理の成功事例ということができます。

大連の海水浴場を清掃する職員。
大連の海水浴場を清掃する職員。
大連市の海岸入場料集金所。
大連市の海岸入場料集金所。

4.総合沿岸管理法の制定を

世界的に見れば、沿岸域の総合管理に関する日本の動きは大変遅れているといえます。アメリカはもう30年以上前の1972年に沿岸管理法を制定しました。お隣の中国も韓国も沿岸管理に関する法律をもっています。日本では、昨年7月20日にようやく海洋基本法が制定されましたが、総合的な沿岸管理をおこなうための制度づくりはこれから始まるところです。海洋基本法という屋台骨はできあがったのですから、今度は横断的な沿岸管理の枠組みを検討すべきではないでしょうか。
その沿岸域管理方法のヒントを中国の沿岸・海洋管理政策の中に見つけることができます。中国では、海域管理法制定により、海洋開発の秩序が大きく改善されています。海域所有権、海域使用権および管理義務は法的に定められ、さらに沿岸都市の経済社会的な発展のための有効な条件が整えられています。今回訪問した大連市や煙台市の海岸の管理は、行き届いており、日本の海岸のように海洋ゴミが散乱している海岸(海水浴場)はほとんどみられず、その景観は非常に美しいものでした。一方、日本では海域の所有者、使用者、管理者が不明確であり、その結果、だれも積極的・主体的に責任をとらず、海岸管理はしっかりおこなわれていません(港湾と漁港は別として)。事実、多くの海水浴場は、管理者による海岸清掃等の管理はほとんどされておらず、海岸には多くの散乱ゴミが多くみられ、海岸機能の低下や生態系を含めた環境・景観の悪化、船舶の安全航行への妨げや漁業への被害などが顕在化されています。これらの漂着ゴミ問題も沿岸・海洋空間の管理の問題であり、これらの問題の解決に向けては、中国で取り組まれているような沿岸管理政策を取り入れるべきであると思います。
今、日本は適正な沿岸域管理を行うためにはどのような枠組みやシステムが必要かを考える時期にきていると思います。(了)

ここに紹介した筆者らの意見等は、所属機関としての公式見解ではないことを念のため申し添えます。

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