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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第184号( 2008.04.05 発行)
第184号(2008.04.05 発行)

ヨットのテクノロジーと日本のセーリング文化の危機

(有)エイ・シー・ティー代表取締役、東京大学非常勤講師◆金井亮浩(あきひろ)

日本は2000年を最後にアメリカズカップに挑戦艇を送り出してないが、この文化的なイベントに日本がいないことは、単なる参加をしないという事実以上のマイナスの面があるように思う。
かつて日本は造船・海洋技術においても世界をリードしてきたが、その勇姿も影を潜めた感がある。
いまの日本にとって足りないのは、こういった海の最高峰のレースに挑むことによって世界へ向けてその存在感をアピールする姿勢ではなかろうか。

「ヨットのテクノロジー」講演会

体験セーリング風景(KAZI社安藤氏提供)
体験セーリング風景(KAZI社安藤氏提供)

2008年1月26日、東京湾にある夢の島マリーナで(社)日本船舶海洋工学会主催の講演会が開かれました。高校生を主な対象として、もっと船や海への関心を持ってもらいたいという主旨です。アメリカズカップでは最先端の技術でセーリングを科学的に分析していた話や、ヨットはどのようなメカニズムで風上に向かっていくのかなど、ヨットのテクノロジーの話を中心に講演会が行なわれました。机上の話だけでは面白くないということで、講演後には、実際のヨットに試乗してもらい、寒い北風が吹くにもかかわらず、多くの人が初めてのヨット体験を楽しんでおられました。風が強く吹いてくれば、セールによる力で船体が横に大きく傾きだし、水面下のキールの出す力とバランスするというメカニズムを、体を通して理解できたのではと思います。初めてヨットに乗り、海へ出て行くときの感覚は、これまでに体験したことのない感覚であり、特にセール(帆)を上げて、エンジン音もなく静かに船が加速していく時の感覚は、忘れていた何かを思い出したかのような感動があり、多くの人から「おー」という声が漏れていました。テクノロジーの理論と感覚がつながり、ヨットを速くしていくこともヨットの面白さの一つだと思います。
まだまだ日本ではヨットへの関心が低く、なかなかヨットに乗るチャンスが少ないために、この感動を味わうことが難しいのかもしれません。ヨットへのアクセスがもっと簡単になれば、もっと多くの人の関心を集めることができるのだと感じた瞬間でもありました。ちょっと陸から離れるだけで、こんな近いところに、普段の日常とはまったく違う世界が広がっていることは驚きでもあると思います。

日本でのセーリング文化

日本は海に囲まれているにも関わらず、あまりセーリングが盛んではありません。欧米では港に多くの白い帆が見られますが、東京港では残念ながら非常に少ないです。海へアクセスするための海辺が、倉庫群や工場地帯となってしまい、海へのアクセスが拒まれてしまっていることも原因だと思われます。せっかく東京の都心近くに海があるのに、どこか有効活用されていないように思います。欧米では、平日の夕方から会社帰りにレースをする文化があるのです。
日本はかつて、祖先である縄文人が、遠く太平洋まで乗り出していたこと、江戸時代の日本の経済活動を支えた菱垣廻船や北前船など優秀なセーリング艇があったことなどからも分かるように、海に囲まれた島に住む海洋民族でもありました。また、この菱垣廻船では、大阪から江戸までの航海時間を競う帆船レースまでも行われていました。最短記録では、1790年の約50時間と、今でも相当速い大変な記録が残っています。優れた造船、セーリング技術があったことが想像できます。このレースを見物する多くの小舟も出ていたようで、レースへの挑戦とそれを楽しむ人々というセーリング文化の基礎もあったようです。このような気質も持ち合わせた日本人なのですから、もっとセーリング文化が受け入れられる要素はあるように思います。
今、日本以外のアジアでは、造船技術が急速に発達していると同時に、大きなヨットレースも数多く開催され始めています。次回ボルボオーシャンレースという外洋レースの最高峰である世界一周レースの寄港地に初めてアジアが選ばれ、中国などの数都市が選ばれました。しかしながら、日本は素通りとなってしまいます。韓国でもセーリングが国策として奨励され始めています。

アメリカズカップへの挑戦

アメリカズカップ艇のレーススタート風景)
アメリカズカップ艇のレーススタート風景
http://www.bymnews.com/より)

セーリングテクノロジーの最先端は、アメリカズカップ抜きには語れません。2000年1月、第30回アメリカズカップへ挑戦したニッポンチャレンジがルイ・ヴィトンカップの準決勝で敗退したのを最後に、アメリカズカップでの日本からの挑戦艇は姿を消してしまいました。代わって、アジアからは日本以外から初めて中国のチームが顔を現しました。また、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、スウェーデン、ニュージーランドといったヨット先進国は長い間挑戦を続けています。アメリカズカップは、150年以上も続く伝統的な海の最高峰のレースであり、単なるヨットレースという域を超えた様々な技術を必要とする文化的イベントです。各チームは、自国の最先端の技術と人を結集し、レース艇を建造してレースに臨みます。これが、アメリカズカップは技術の競争とも呼ばれる所以です。
この文化的なイベントに日本がいないことは、単なる参加をしないという事実以上のマイナスの面があるように思います。どこか最近の日本は、経済に対する合理化ばかりに目が行き、挑戦する気持ちがなくなり、内向的な姿勢が目立つように思います。もっと世界へ日本の存在感をアピールし、対等な立場で挑戦して行く姿勢が必要ではないでしょうか。
日本はこれまで"技術立国"として成長をしてきました。造船・海洋技術においても世界をリードしてきましたが、その勇姿も影を潜めてきたといわざるを得ません。韓国や中国の造船技術が急成長を見せ、建造量では日本を追い越し、追い越そうという勢いです。新しい技術開発や優れた人材を育てていくことで、新しい仕組み、他の国ではできない新しい技術を持っていくことが求められていると思います。アメリカズカップ挑戦も新しい技術開発への挑戦であり、日本人が持っているセーリング文化のDNAを奮い立たせ挑戦することによっても、日本の造船・海洋技術をアピールすることができると思います。

もっとセーリングを楽しみましょう!

テクノロジーという観点からヨットを見てきましたが、セーリングを楽しむことこそが、原点であり、様々な楽しみ方があります。レースでも、各地で行なわれているクラブレースから、世界レベルのレーサーが速さを競うレース、過酷な長距離のレースなど様々な形態のものがあり、これらの最高峰が、世界一周レースやアメリカズカップということになります。気持ちのいいセーリングの時もあれば、寒くひたすら我慢の時、悪天候下でのサバイバルな状況の時もあり、クルー同士でのチームワークとしての連帯感、一体感を感じたときの感動もヨットの魅力です。また、CO2をまったく排出しない環境にやさしい乗り物としても、もっと認知されてもいいのではないでしょうか。海という環境の中にいることで、自然の大切さや美しさを肌身で感じることができます。CO2削減のキャンペーンとしてのヨットレースイベントの企画といった使い方もできるのではと考えています。(了)

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