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オーシャンニュースレター

第184号(2008.04.05発行)

第184号(2008.04.05 発行)

韓国黄海タンカー事故における野生鳥類救護活動について

NPO野生動物救護獣医師協会理事◆須田沖夫

昨年12月に韓国で発生した原油流出事故の際、野生動物救護獣医師協会は、韓国での救護活動に日本から参加することになった。
油汚染鳥救護の知識と技術が国境を越えて役立ったことは喜ばしいことであり、同時に、韓国の救護団体と国際交流がはじまったことは、さらに意義深いことと考える。

韓国で発生した原油流出事故

平成19年12月7日(金)、韓国忠清南道泰安郡(チュンチョンナムド・テアングン)沖の黄海で、香港籍の大型タンカー「ハベイ・スピリット号(約14万6,000トン)」と、韓国籍サムスン(三星)重工業のクレーン船(1万2,000トン)が衝突し、タンカーの船腹に穴が開き原油が流出した。流出した原油の量は、1万2,547キロリットル。韓国最大級のタンカー事故であった。
NPO野生動物救護獣医師協会(会長:新妻勲夫。以下、WRV)は、事故発生の情報を入手後、ただちに油汚染事故担当の馬場国敏副会長(獣医師)を中心に、情報収集を開始した。韓国から直接情報を入手できるWRV会員の齋藤聡獣医師、齋藤慶輔獣医師らの協力もあり、次第に現地の苦しい状況が明らかになった。油汚染鳥の被害はその時点では予想より少数であったが、日本の野生動物救護団体として何かお手伝いできないものだろうかと考え、私たちは急遽、現地での救護活動に参加することになった。およそ10日にわたって行われた、私たちと韓国の救護団体「湿地と鳥たちの友人」「KFEM(韓国環境運動連合)」との意義深い交流について紹介したい。

油汚染鳥の救護活動

保護されたカンムリカイツブリ。(平成19年12月21日撮影)
保護されたカンムリカイツブリ。(平成19年12月21日撮影)
(左)オオハムの油汚れを歯ブラシで洗う馬場獣医師。
(右)2008年2月2日、韓国野生動物医学、冬の学校でWRVは油汚染鳥救護のセミナーの講師を馬場・須田獣医師が務めた。
(左)オオハムの油汚れを歯ブラシで洗う馬場獣医師。
(右)2008年2月2日、韓国野生動物医学、冬の学校でWRVは油汚染鳥救護のセミナーの講師を馬場・須田獣医師が務めた。

左より、野村獣医師、馬場獣医師、キム共同議長、キム獣医師。(平成19年12月22日撮影)
左より、野村獣医師、馬場獣医師、キム共同議長、キム獣医師。(平成19年12月22日撮影)

WRVの馬場副会長(獣医師)と野村治理事(獣医師)が、韓国釜山に向けて成田空港を飛びたったのは、事故から13日後の12月20日(木)の昼だった。その日のうちに「湿地と鳥たちの友人」のキム・ヨンサン会長(校長)と会い、今後の打ち合わせを行った。
翌21日(金)には、ソウルでKFEMのキム・シンファン共同議長(獣医師、大学で野生動物医学を研究)と会い、キム共同議長らとともにソウルから南西に約150kmの泰安に向かった。泰安近くの万里浦海水浴場では、原油が15kmにわたって海岸線を汚染したという。
泰安で動物病院を開業しているDr.キムの病院を訪ねると、オオハム、カンムリカイツブリ、カイツブリ、ウ、アイサなど7羽の油汚染鳥がダンボールに収容されていた。みな衰弱しており、撥水性も悪く、長く水に浮かすと沈んでしまう状態であった。また、室内の温度管理も悪く、強制補液や給餌を十分に行っていない様子であった。さらに、体重や体温の測定も不十分であり、血液検査などによる健康管理がされていなかった。
近くにプールのある救護施設では、汚染されたカモメ類が13羽保護収容されており、2日後に12羽が放鳥された。ソウルの動物愛護団体も近くにテントを張り保護活動をしているが、油汚染鳥はほとんど収容されず、収容された鳥も死亡したという。WRVが救護活動等のために現地入りしたのでマスコミ取材もあり、新聞にも掲載された。
22日(土)には、キム動物病院に収容された油汚染鳥7羽のうち、2羽が死亡した。馬場獣医師は、再度2羽の洗浄を行い、強制給餌を行った。油汚染海岸には、すでにほとんど油はなく、油汚染鳥の発見・収容はなくなった。収容されている5羽のうち3羽が次に死亡した。新たな収容はなく、保護数も少ないので二次派遣は行わないことを決定し、野村獣医師は23日帰国することとした。
24日(月)になると、収容されている2羽は、少し体重も増加し、自分で餌を食べるようになった。馬場獣医師は、現地救護関係者と共にマスコミに向けて簡単なレクチャーを行い、その後、ふたたび2羽の洗浄を行った。最も心配された海鳥の越冬地は、油汚染地域と半島をはさんで反対側の湾のため、今回は鳥に被害が少なかったようだ。
26日(水)、釜山で関係者として油汚染鳥救護のセミナーを開催(馬場獣医師)、27日(木)には馬場獣医師も日本に帰国。29日(土)には馬場医師の指示に基づきカンムリカイツブリ等が放鳥された。

今回の成果

今回の救援活動において、最も意義のあることは、日本の野生動物救護団体と韓国の救護団体と国際的な交流をもったことにある。
わが国ではこれまでいくつかの大きな油流出事故が発生しており、そういった経験をとおして私たちWRVには油汚染鳥救護の知識と技術が蓄積されてきたが、それが国境を越えて役立ったことは喜ばしいことである。今回の油汚染鳥の救護活動では、WRV主催の油講習会で使用している教本ならびに洗浄法DVDを寄贈し、診断・治療・管理・洗浄法などについて、わずかな時間ではあるが技術指導を行うことができた。
韓国の野生動物救護への考え方や技術・知識に個人差が大きく、わが国に較べれば野生動物救護活動はまだ組織化されていないのが現状であったが、この事故を契機として、韓国では救護活動のための体制作りが熱心に進められるようになったようだ。WRVは韓国の救護活動や体制作りに協力したいと考えていたが、さっそく今年の2月1~3日、WRVは韓国で行われた野生動物医学セミナーに招かれ、油汚染救護セミナーの講師を馬場、須田両獣医師が務めてきた。こうした交流は今後も必要であり、次は環境省の油汚染鳥救護セミナーに韓国を招待したら良いと思われる。
国際石油産業環境保全連盟(IPIECA)は、このような油流出事故時に生物多様性の保護が必要と言っているが、そのための国際的な体制づくりはこれからの課題となっている。閉鎖性水域の海洋汚染を管理することを目的として、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)に関係各国が取り組んでいるが、この計画に野生動物救護を加える必要があるとWRVでは考えている。
大量の原油流出事故ではあったが、幸いにして今回は早期の油防除対応の成果もあり、野生動物への被害は越冬地が離れていたこともあり少なかったといえる。しかし、いつまた大きな事故が起こり、野生動物の生態系が脅かされるとも限らない。大規模な油流出事故等が発生した場合に備え、野生動物の救護のための国際的な協力体制づくりは不可欠となるだろう。今回の救援活動にはじまった日韓の交流がその足がかりになることを祈念する。(了)

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