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オーシャンニューズレター

第182号(2008.03.05発行)

第182号(2008.03.05 発行)

水産・海洋関連産業を支える人づくり

京都府立海洋高等学校教諭◆上林秋男

全国に46校ある教科「水産」の科目を履修する学校は、それぞれの地域が求めるニーズへの対応を中心に、施設設備を生かしながら、生き残りをかけて教育内容の改善を図っている。
即戦力のスペシャリスト養成から、大学等への進学を経た"将来のスペシャリスト"養成への色彩を強めている学校もある。
しかし、これからの日本の水産業や海洋関連産業を支える人材育成には、抜本的な変革が必要であろう。

京都府立海洋高等学校(京都府宮津市)
京都府立海洋高等学校(京都府宮津市)

京都府立海洋高等学校は、京都府北部の日本海側、日本三景の一つである天橋立に近い宮津市に位置する。地元水産業の要請を受け、109年前の1899年(明治29年)5月に京都府水産講習所として設立され、以来校名を変更してきたが、水産・海洋系高校としては全国で4番目に古い学校である。特に平成2年の学科改編では、全国に先駆けて校名に「海洋」を取り入れた。施設設備の大幅な更新と合わせ、潜水や海洋工学、スポーツ、栽培漁業、情報処理といった新しい教育内容を導入するなど視野の拡大を図り、後の水産・海洋系高校の校名変更や改編、学習指導要領にも影響を与えている。
本府は、定置網漁業が中心で漁業就業者は1,470人(農水省03年(第11次)漁業センサス結果概要)と少なく、高齢化や後継者の不足、漁業生産量の減少などの問題を抱えているが、地元水産業の活性化も一つの目標とし、行政機関と連携しながら、水産・海洋教育を推進する高校としてあるべき姿についての試行錯誤が続いている。

全国の水産・海洋系高校

他都道府県の多くの水産高校が、実習船をマグロ漁業に対応させるため大型化するなどして発展してきたなかで、本校は授業(実習)で遠洋漁業を目指さないまでも、中型実習船「みずなぎ」(185t)などの施設設備を活用しながら、各種漁船(捕鯨、マグロ、カツオ、底曳き等)、フェリー、内・外航船、無線通信や水産製造、水産増養殖や水産研究などの各分野で活躍する卒業生を多数輩出してきた。
少子化時代を迎え、多様化する進路希望に応えるため、設立当初の地元漁業者養成という目的にとどまらず、平成15年度、新たに学科改編を行い、大学進学を目標とした海洋科学科をスタートさせた。平成19年度の3年生は、水産・海洋系大学として東京海洋大学、三重大学、長崎大学、宮崎大学、鹿児島大学、琉球大学、水産大学校、東海大学、近畿大学などへ、また、短期大学や専門学校も含め、水産・海洋系の学部学科にとどまらず、幅広い分野に進学している。就職先は、地元およびそれ以外を含め、新日本海フェリーや漁業協同組合連合会、ユニバーサル造船など専門性を活かした企業にも就職している。ここ数年卒業生のうち約半数は進学する傾向が続いており、幅広い進路実現を可能にしている。筆者が栽培漁業センター職員から転身した当時、進学生徒の割合が約1割であったことを思うと、10数年で時代は大きく変遷した。レスリング部やボート部などの部活動の活性化や、学力向上フロンティア事業などの指定事業による地域のニーズと密着した専門教育のバージョンアップに加え、小中学生対象の体験学習の実施や高大連携など、活性化への模索の中、生徒は生き生きと学校生活を送っている。
全国の水産・海洋系高校(平成20年2月現在46校)では、本校も含め少子化や普通科志向に伴い、志願者数の確保が課題になっているところが多い。農業や工業、商業、家庭などの教科と組み合わされた総合学科への移行や統廃合、その他方向転換への動きが加速し、教科「水産」を履修する高校生の在籍数は20,082人(1965年)から10,828人(2005年)と半減しており(全国水産高等学校長協会資料)、全高校生数の減少より著しい。それに伴い各校のシンボル的存在で、実習に必要な各都道府県保有の実習船も、県の枠を越えて共有するような動きも見られる。水産・海洋系高校の紹介記事をさまざまな機関紙で目にするが、これらは、実習船の活用や地域との連携、新製品開発や資格取得などのトピックスが中心だが、教育機関としての改革と専門教育の拡充に、各校は実践奮闘している※1。それらに加えて、よりグローバルな観点で、時代を担う人材の育成のために、社会にどれだけ貢献できているかを見つめなければならないと考える。

求められる水産・海洋教育の役割"自問自答"

すばらしい魚食文化を持つ日本であるが、漁港の近くにある"おさかなセンター"でさえも、外国から輸入した冷凍の養殖生産物を販売していることにも特徴づけられるように、水産物自給率が低下してきている。昭和40年代には有用魚介類の自給率は100%以上を維持し、世界第1位の漁業生産量をも誇ったかつての漁業大国は鳴りを潜め、水産物輸入大国へと変化し、魚食大国から「魚離れ」「買い負け」の国(平成18年度水産白書)へと、水産業沈滞の傾向が垣間見られる。
原油高騰や原材料の値上げに対応しながら、需要に見合う商品を供給しようとすると、自ずと人件費が安い海外での生産や輸入に頼る図式ができてしまう。ほぼすべてを輸入に頼る原油の高騰で、国民生活のあらゆる場面でそのしわ寄せがきていることは、疑う余地もないが、もっと食料の自給率を高める努力は必要ではなかろうか。
それぞれの水産・海洋系高校で、地域に密着した専門教育がなされ、各分野で活躍できるスペシャリストを養成し、設置者(各都道府県)の目指す生徒が育成できたとしても、日本の国全体を見渡し、減り続ける漁業従事者数や漁業生産量の減少の課題、海洋船舶関連の業界などに対して、貢献できているかを自問しなければならない。
私立の水産・海洋系高校が皆無であり、各都道府県の水産業従事者数と、水産・海洋系高校の設置および生徒数が連動していない(例・広島県の漁業就業者数は5,400人程(2003)だが、水産・海洋系高校の設置はない)ことを併せると、本来掲げられた目標の達成だけでは、存在価値が不足していることは否めない。もはや当たり前のようになっている外国船員の雇用および混乗に加え、迫る船員不足を補うため、海運大手がその養成機関を外国に設置している(07年7月7日日本経済新聞)。国内で船員養成に携わる方には痛恨の極みであろう。
どんな機関が主催であろうと、幼・小・中学生対象の体験講座や地域の水産フェスティバルなどイベント的な町興しは、一時的な起爆剤になっても、これからの日本の海洋産業を支える大きな原動力育成につながるかは疑問である。
"高等学校教育の目標"は、学校教育法(昨年改正、成立)第51条2項によると、「社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な知識、技術及び技能を習得させること」である。その、"社会において果たさなければならない使命"として、全生徒を対象にした「海洋リテラシー(仮称)」の教育が日本には必要と思う。平成12年の高等学校学習指導要領の改訂で、IT社会への対応のため新たに教科「情報」が設けられ、大学入試センター試験の専門高校からの試験科目になっている例がある。次代を担う人づくりに係わる一端として、諸外国の情勢や取り組みも参考にしながら、魅力たっぷりの「海洋リテラシー(仮称)」なる科目、または単元を、中学か高校の教科に導入してほしいと切に願う。(了)


※1 全国水産高等学校長協会HPを参照下さい。(http://www.geocities.jp/zensuikyo2006/
● 京都府立海洋高等学校(http://www1.kyoto-be.ne.jp/kaiyou-hs/index.htm

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