Ocean Newsletter
第182号(2008.03.05発行)
- 広島大学名誉教授◆松田 治
- 京都府立海洋高等学校教諭◆上林秋男
- 神奈川県立三崎水産高等学校総括教諭◆水野 彰
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男
新たな里海創生をめざす英虞湾での動き ~「英虞湾再生プロジェクト」の展開と将来展望~
広島大学名誉教授◆松田 治現在、英虞湾(あごわん)を中心にして、「新しい里海」をテーマにしたユニークな自然再生、沿岸域管理の試みが進められている。
昨年末までの中心は産・官・学と地元の連携した「英虞湾再生プロジェクト」であったが、今年からは活動の中心は地元の三重県志摩市に移りつつある。
地元の活動も活発化しており、近い将来の展開が大いに期待できるのでこれらの動きを紹介する。
1.「英虞湾再生プロジェクト」

英虞湾を空から眺めてみると、海岸線はとても複雑に入りくんでいることがよくわかる。湾内の1番深いところでも水深は40mくらいしかなく、湾の内と外で海水が入れ換わりにくい。
現在、英虞湾(あごわん)を中心にして、新たな里海創生をめざすユニークな自然再生・沿岸域管理の試みが進められている。この動きをリードしてきた地域結集型共同研究事業と呼ばれる産・官・学と地元の連携した「閉鎖性海域における環境創生」プロジェクト(通称「英虞湾再生プロジェクト※1」)は昨年末で一旦終了し、プロジェクトはフェーズIIIと呼ばれる新たな段階に入った。これに対応して、活動の中心は今年から地元の三重県志摩市に移りつつある。これらの活動の背景としては伊勢志摩国立公園の中心部に位置しながら衰退する英虞湾の自然環境と低迷する真珠養殖があり、「平成の大合併」による旧5町の合併も大きな契機となっている。
「英虞湾再生プロジェクト」の大きなテーマは「新しい里海の創生」と「英虞湾の環境動態予測」であった。前者では浚渫泥の有効利用、再資源化の考えに基づいた干潟・藻場を一体化した浅場の環境改善と環境調和型真珠養殖のための研究と技術開発が行われ、陸域から海域にわたる物質循環の定量化にも大きな成果が得られた。一方、後者では英虞湾内の自動環境モニタリングシステムと環境予測モデルの開発が進められ、自動モニタリングシステムはすでに長期間にわたって真珠の養殖管理をはじめ、多様に活用されている。ここで「里海」は協働・参加型の沿岸域管理を指向しており、ある程度の人手を加えながら、高い生物多様性と生物生産性を同時に実現しようとするものである。
ただし、5年間のプロジェクトの目的は「英虞湾の再生」そのものではなく、そのために必要な手法を研究し技術を開発することにあった。このプロジェクトは科学技術振興機構(JST)の公募型事業で、(財)三重県産業支援センターが中核機関として2003~2007年の研究事業を推進してきており、筆者はこのプロジェクトで新技術エージェントとよばれる研究技術系のコーディネーターを務めたものである。
2.地元志摩市の動き
行政的には、志摩市が「英虞湾再生プロジェクト」の成果をより広範な英虞湾再生事業に生かす活動を積極的に進めている。同プロジェクトと志摩市は、様々な協力関係を深めてきたが、その成果は、5町合併により新生なった志摩市が2005年末に制定した「志摩市総合計画(2006-2015)」※2で極めて明確になった。この基本計画の第1章「環境の志-自然とともに生きる」では、「自然保護・再生の推進」の重要性が謳われ、基本計画を受けての「施策の方向」としては、「『英虞湾再生プロジェクト』の取り組み成果を有効活用していくため、地域組織ならびに関係機関と連携を図りながら自然再生推進法に基づく地域自然再生協議会の設立に向けて取り組みを進め、自然環境の保全に努めます」と明記されたからである。これらの計画を実現すべく、志摩市を中心にした英虞湾自然再生協議会(仮称)の設立が射程距離に入ってきた。すでに平成19年度には志摩市を中心にした自然再生活動支援事業(環境省)が進行中であり、最近では設立準備会や説明会が極めて頻繁に開催されている。
![]() 英虞湾の浜辺で実施されたプロジェクト研究員による環境教育。 | ![]() 英虞湾を今の社会と調和した「新しい里うみ」にするための活動が始まっている。 |
3.活動拠点の創設と将来展望

研究成果の地元説明会では活発な意見交換が行われた。
地域結集型共同研究事業は、フェーズIIIにおいては地域COEと呼ばれる活動拠点の設立を三重県に要請している。簡単にいえば、プロジェクトの成果をより有効に地域で生かすための仕組みづくりである。その結果、閉鎖性海域環境研究センター(仮称)が本年4月から開設される運びとなった。英虞湾に面する浜島地区の現水産研究部内に開設されるこのセンターは研究の継承や展開のみならず、地域の様々な活動の拠点となる予定である。すでに、いくつかの「後継プロジェクト」も進行中であり、また、昨年10月に行われた地元成果報告会には多くの市民が参加して地域の盛り上がりも感じられるようになった。
おりしも、昨年には海洋基本法が制定されて、沿岸域の総合的管理が現実の課題となり、21世紀環境立国戦略では「豊饒の里海の創生」が取り上げられている。英虞湾周辺には志摩自然学校、国立公園ボランティアの拠点ともなっている横山ビジターセンターをはじめ様々な集積も多く、次世代の育成を視野に入れた環境教育や国際交流などを通じて里海づくりの実践が行われてきた。英虞湾自然再生協議会※3の活動に地域COEや地域住民の活動を連携させることにより、真の意味で地域を結集した新たな里海の創生、沿岸域の総合的管理が、民意を十分に反映した形で長期的に展開されてゆくことを期待したい。(了)
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