Ocean Newsletter
第181号(2008.02.20発行)
- 国連訓練調査研究所(UNITARユニタール)アジア太平洋地域広島事務所長◆ナスリーン・アジミ
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆大和裕幸
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆山室真澄
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
海事分野のイノベーション
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆大和裕幸海洋基本法の成立を契機として海事分野の目下の課題を「次世代海上物流システムの構築」としてまとめた。
これらは技術開発の見通しも得られている。
海事分野はこれらの課題を解決することばかりでなく、産業を効率化多機能化して海洋への様々な産業展開のインフラ供給を行うことも求められている。
はじめに
海事分野は海上物流を中心にした海運造船業のことで、環境・エネルギー問題、安全安心などの観点から新しい課題が山積している。海洋基本法の成立を契機にして海洋技術フォーラム(代表幹事:東京大学 湯原哲夫教授)海事分科会では、具体的な開発内容をまとめたので、報告したい。
海洋基本法と海事分野個別の課題
■表1 次世代海上物流システムの構築 | |
1) 陸海のシームレスな物流基盤の構築
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2) 速達性の向上
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3) 安全・安心な海上物流の実現
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4) 環境調和型海上物流の実現
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5) 次世代海事産業の育成
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海洋基本法には、「海洋の開発および利用が経済社会の発展の基礎」「国民生活の安定の向上」「安全の確保」「産業の健全な発展」「海上輸送の確保」「海洋調査の推進」「総合的管理」など海事産業が寄与すべき課題の記述も多い。また、安全安心、環境問題、リサイクル、産業の高度化など、別な観点からも課題の検討が必要である。これらを「次世代海上物流システムの構築」として表1のようにまとめた。これらは船舶や機関などの直接的な技術開発ばかりでなく情報通信技術等最新の成果を統合し、世界最高の効率と安全性を実現するものである。技術開発の手順をロードマップとして表2に示した。表2の各項目は表1の各課題に対応している。いずれもコンセプトの確定に2年間を使い、その後、2018年頃の普及までの流れを示している。また最下段には年度ごとの費用の概略を示してある。
1)陸海のシームレスな物流基盤の構築では、メガコンテナ船が投入され、大コンテナヤードが構築されるとハブアンドスポーク※1の構造が変わり最適な輸送経路を考え直す必要が生じてくる。その分析をまず行う。RFID※2などによる貨物情報管理、ダイナミックな物流経路選択機能、港湾設備の機能向上などをシステムの開発、物流データベース、シミュレーション技術の3つの技術開発に分割している。
2)速達性の向上では高速船の開発と結節点問題を解決する。高速船はバンカー(舶用油)の高騰で疑問視されるが、日中韓などの東アジア地域では飛行機に代替する可能性もあるとしている。また船舶ばかりでなく、港湾等の結節点での効率化、具体的にはコンテナヤードの設計や運用手法を検討する。海運以外のセクターとの協調が必須である。
3)安全・安心な海上物流の実現では、船舶を陸上からモニターするシステム、テロ対策、ヒューマンファクター、災害時の大都市圏輸送システムが中心である。宇宙ばかりでなく船と船の間のアドホック通信(マルチホップ通信)で安価で確実なシステムを構築する。ヒューマンファクターの研究に基づく新しい考え方で次世代ブリッジ(船橋)システムも開発する。
4)環境調和型海上物流の実現では強制化が必至のCO2削減問題と、バーゼル条約※3違反ともいわれる解撤をリサイクルシステムにすることを考えている。船体や機関に関する様々な省エネ技術のほかに運行経路の最適化等で総合的なCO2削減を目指す。リサイクルシステムも鉄の再生技術の進歩と鉄価格の高騰でビジネスモデルとして成立する可能性も高く、現実感が増している。
5)次世代海事産業の育成は緊急の課題であるが造船CIMS※4以降、産業改革のための実質的な活動がないままに10年が経過した。当時の造船CIMSでは考慮されていないネットワーク上の産業システムの展開や、知識の利用技術、製造技術ではユニット化、ロボット化をさらに進めることを考えた。今後の国際競争と事業の展開のためには効率を飛躍的に向上する必要がある。
いずれの課題もマーケットが明確でなく、独自に開発するインセンティブは湧きにくい。環境問題や国家の安全安心に直結する社会的な産業として、研究開発や資金調達の仕組みが工夫されなくてはならない。なお、これらは違った整理の仕方ではあったが、平成18年末のイノベーション25 ※5に提言している。

将来の需給ギャップと次世代海事産業の育成
上述のように課題は山積しているが、わが国海事産業が本当にこのような課題に対応できるか問題も多い。たとえば必要船腹量は今後増加するが、生産国数と生産設備の増強は急ピッチで2015年までに世界の建造能力は必要量を大きく上回るといわれ、わが国造船業にとって厳しい国際業界の再編が予想される。また現状では、わが国造船業はコスト競争のために技術開発を抑制し、建造する船種を限る等対処しているが、このままでは技術力も人的資源も低下していく。一方で、海洋立国を見据えて、海洋開発などでも業界の活躍が期待されている。海事産業は、わが国に生産現場を持ちながら海外展開も図り、高効率の知識産業に移行する難しい課題に直面しているように思う。
まとめ
海事分野で解決すべき課題を整理した。いずれもこれまでの技術開発成果から実現の見通しを得ている。これに加えて今後は様々な技術の海洋への展開を支えるインフラ産業になる必要がある。ここ数年の対応がきわめて重要で、十分な将来見通しを持って産官学ともに大胆かつ俊敏に行動することが必要である。(了)
これらの議論・作表には(独)海上技術安全研究所 谷澤克治博士の協力を得た。ここに謝意を表する。
※2 RFID(Radio Frequency Identification)=微小な無線チップにより人やモノを識別・管理する仕組み
※3 バーゼル条約=「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」1992年5月5日発効。
※4 造船CIMS(Computer Integrated Manufacturing System)=船舶の設計から建造にいたるあらゆる情報をコンピューター上で表現できるシステムで、情報の共有化が図られ、生産効率を飛躍的に高める
※5 イノベーション25=2025年までを視野に入れた成長に貢献するイノベーションの創造のための長期的戦略指針、平成19年6月1日閣議決定。

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