Ocean Newsletter
第181号(2008.02.20発行)
- 国連訓練調査研究所(UNITARユニタール)アジア太平洋地域広島事務所長◆ナスリーン・アジミ
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆大和裕幸
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆山室真澄
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
編集後記
ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌◆10数年前、いまは亡き長崎福三さん(元日本鯨類研究所長)と魚談義をしたことを思い出す。「漁業にはほんらい、大企業はむかいないものなんだ」。快活なしゃべりのなかで、長崎さんが口にしたのは、資源枯渇をいかに防ぐかについての本音の意見であった。数十キロにおよぶはえなわや、大規模な底曳網、流し網、巾着網などを駆使して行われる大型漁業は資源を脆弱化する。混獲によって多くのイルカや海鳥が犠牲となり、何万トンものくず魚が捨てられる。本号でナスリーン・アジミさんはその語りのなかで、陸上の生活形態を海にも当てはめた人間の業を指摘しておられる。人間は海を完全に征服したわけでも知り尽くしているわけでもない。昨年の海洋基本法成立を受けた特集号で、梅棹忠夫さんが指摘された点も記憶に新しい。
◆紀元1000年と2000年とで、シロナガスクジラの価値はおなじではない。数十年前まで、捕鯨オリンピックなる用語があった。捕鯨が世界各国の競争として行われた時代と1982年以降の捕鯨モラトリアム時代とでも、隔世の感がする。シロナガスクジラが海洋環境のシンボルとされる時代にあって、調査捕鯨船に環境団体からの威嚇行為があったニュースはつい最近のことだ。シロナガスクジラの保護は賛成だが、クジラは1種類だけではない。80にも及ぶさまざまな種類のクジラが世界に生息し、さまざまな関わりを人間ともっている。生物多様性を語ることは重要だが、自然と関わる人間の生き方やその文化の多様性にも十分な配慮が必要だろう。都合のいい時だけ生物の多様性をかかげるのも注意を要する。
◆山室真澄さんは、水質汚染や富栄養化の問題を、河川水の分析から進めている。ふつう、生活排水や産業排水が汚染の重要な要因となる。汚染を軽減するための努力が自治体、工場だけでなく、家庭レベルでも行われてきたことは周知の事実である。ところが、大気循環も水質汚染に大きく関わるという問題が指摘された。これより先、青井透さんは、下流の都市部で車から排出されたアンモニア態酸化物が硝酸アンモニウムや硫酸アンモニウムなどのエアロゾルとして山地に飛来し、上流部の河川を汚染するというシナリオを提示されている。「森は海の恋人」という畠山さんの発想をうけて、川は恋のキューピットであるとわたしも述べたことがあるが、窒素の循環による上流河川の汚染問題は、海、山、川をつなぐサイクルを示したものであり、興味深い。いまや、日本海を越えて窒素酸化物が列島に飛来する時代であり、アジア規模で海、山、空、川の循環を考える時代である。車などなかった時代の森・川・海はどれくらい美しかったであろう。そこには生命の循環が息づいていたに相違ない。未来に向けて、その循環をとりもどす努力だけは絶望せずに続けたいものだ。(秋道)
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