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オーシャンニューズレター

第17号(2001.04.20発行)

第17号(2001.04.20 発行)

地形や底質から沿岸の海を知る

北海道立地質研究所海洋地学部主任研究員◆嵯峨山 積

有明海の海苔被害の例でも明らかなように、浅い沿岸の海は微妙で複雑な自然体系を有する。また、陸の地形や地質と密接に関連した様々な現象が存在する。海岸浸食、海洋深層水、石油流失に関する調査等を現在進めており、海を知ることが環境保全と開発を進めていく上で必要と考える。

波に削られた砂浜
波に削られた砂浜(1995年11月,小樽市)

変化にとんだ沿岸の海

深海と異なり、陸に隣接した沿岸の海はほぼ知り尽くされたと言う人もいる。しかし、今でも未知・未解明の部分が多いというのが、調査研究に十数年間係わってきた者の実感である。最近、報道されている有明海の海苔被害の例をみても、沿岸の海がいかに微妙で複雑な自然体系を有しているかをもの語っている。

北海道の海岸線は2,950kmと全国海岸総延長の9%、さらに水深200mより浅い大陸棚の面積約73,000km2は陸域面積にほぼ匹敵する。周辺は対馬暖流が北上する日本海、冬には流氷が南下するオホーツク海、栄養豊かな親潮が流れ下る太平洋といった自然特性の異なる3つの海に囲まれ、これらの海は海底に広がる岩の固さや海流などの制約を受け、様々な地形と砂や泥などの底質が複雑に広がる。

これまで漁業を主体に利用されてきた沿岸の海も、近年、港の大型化や橋梁の建設、埋立地など、様々な施設が増えている。その一方で、防波堤を沖合いに延長したことで海水の流れや運ばれる砂の量が変化したり、波の影響を大きく受けて砂浜の一部が浸食されてしまうなど、陸とは異なった海ならではの複雑な現象が見られる。

私たちがめざすもの

私の勤める研究所は昭和25年に設立された北海道庁の一機関で、主に温泉や地下水、火山災害、活断層や地すべりなどの調査研究を行う他都府県にはない機関である。陸で培った知識を沿岸の海に広げるため、沿岸の海を対象とした海洋部門が平成元年に設置され、現在に至っている。

海が穏やかな6月から10月に、調査先でお願いした5トン前後の漁船に、地形の変化や、砂や泥などの広がりと厚さを調べる音波探査、実際に砂や泥をとる採泥器などの調査器材を積み込み、北海道周辺を対象に調査を行っている。そして、これまで約4万年前に噴火した海底火山の火口跡や小規模なガス噴出、陸域に存在する活断層の海底への延長部、海底谷の発達など、様々な地形や地質の現象を確認することができた。

今から何万年~何十万年前には、気候の寒暖による海面の上昇や低下が何回も生じ、陸の一部が海に覆われたり、逆に海の底が陸になった時代があった。空気に覆われているか、海水に浸かっているかの違いで、陸と海が区分されているのだが、海岸付近の地層や岩石は陸から海の底にまで連続して広がり、地質的境界は存在しないのである。そう考えると、陸も海も調査の対象として同等なのである。陸には過去の海の跡、海底には過去の陸の跡がそれぞれ存在し、調査研究の課題を与えてくれる。密接に関連した陸と海を一体としてとらえ、陸の影響や出来事をも考慮しながら海の調査研究をとらえることが必要と考える。

重力式柱状採泥器による底質採取
重力式柱状採泥器による底質採取

今後に生かされる成果

ここで、海洋地学部の調査研究の中から3例を紹介する。

第一は海岸浸食である。近年、砂浜が浸食により痩せ細り、コンクリートで固められた人工の海岸線が全国的に多くなり、自然が売り物の北海道でも、自然の海岸が徐々に減少していくのは残念である。元来、海岸の砂は供給と流失の微妙なバランスの上になり立っており、供給が少なくなるか流失が多くなると砂浜は痩せ細り、消失していくことになる。河川からの土砂流失は大地を荒廃させ、海を汚すなど、マイナスイメージもあるが、海への適量の供給は浜辺を保つ上で必要なことではなかろうか。いずれにしても、これらの変化を、長期的な視野に立ち計測し、複雑なメカニズムを明らかにすることは浸食現象防止に役立つことになる。

次に、最近話題の海洋深層水の利用である。北海道では熊石町や岩内町、羅臼町が事業計画を立て、取り組んでいる。この内、熊石と岩内の沖には谷地形が発達し、陸から急に深くなるため、短いパイプで深層水をくみ上げるのに有利である。取水地点の決定やパイプの敷設作業にとって重要な谷の詳細な形や底質の状態は、音波探査により調べることができる。長期的利用にとって必要な、水深や季節に伴う栄養塩の変化を把握することも行っている。

最後に、石油流失に係わる海岸線の調査研究である。1997年1月、福井県沖でのロシア船籍タンカー(ナホトカ号)による事故は、いまだ記憶に新しい出来事であり、サハリン油田の稼働と共に北海道沿岸も他人事ではなく、十分な備えが求められている。1989年にアラスカ沖の石油流失事故を経験したアメリカやカナダでは、浜辺の砂や礫などに漂着した油が、どの様に浸透し残留しているかなどの研究が盛んに行われている。粒の細かい砂の浜辺と粗い礫の浜辺では油の浸透や残留が異なり、沿岸堆積物の特性を明らかにすることは汚染された浜辺の浄化作業に有益である。また、海岸線を含んだ地図に地形や地質を基に油の残留度などを表現し、緊急時に役立てようとしている。

北海道という狭い沿岸でも、様々な興味ある現象が存在する。国土が狭隘なわが国では、今後、より高度な技術により沿岸域の利用が進められるであろう。水産業の増養殖事業や構造物設置など、沿岸域を有効に利用するためには、もっと海を知ることが必要である。また、海洋汚染・底質汚染などの危険性についても知識を深め、海を大切に扱うことが求められるであろう。科学的調査を行い、結果を広く公表し、海を知ることが環境保全と開発の両面を進めていく上で必要と考える。海を知ることは、海を大切にすることにつながる。(了)

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