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オーシャンニューズレター

第178号(2008.01.05発行)

第178号(2008.01.05 発行)

海洋安全保障への取り組みは大丈夫か ~ソマリア沖海賊事案から考える~

海洋政策研究財団会長◆秋山昌廣

近年、ソマリア沖では海賊による商船や漁船への襲撃事件が多発している。
この海域は、スエズ運河からインド洋に連なる、中東における海上航路の要衝海域であるため、わが国にとってけっして見過ごすことができない事案である。
海上輸送の安全が脅かされていることはわが国にとって死活の問題であるが、はたしてわが国は海上交通の安全確保に真剣に取り組んでいるのだろうか。

ソマリア沖で急増する武装した海賊による襲撃事案

快速ボートのソマリア海賊
快速ボートのソマリア海賊
(写真:eaglespeak)

近年、ソマリア沖では海賊による商船や漁船の乗っ取り事件等が繰り返し発生している。国際海事局(IMB)が2007年10月に公表した、2007年第3四半期まで(1月1日~9月30日)の世界で起きた船舶への海賊襲撃事案に関する報告書によれば、全発生件数は198件(既遂132件、未遂66件)であった※1。それによれば、ソマリア沖での発生件数は26件(2006年同期8件)で、インドネシアの37件(同40件)に次いで多かった。IMBの報告書は、ソマリアではさらに多くの未通報事案があった可能性を指摘しており、IMBは、ソマリアの港湾に入港しない船舶は沿岸から200海里以上離れて航行するよう警告している。アデン湾・紅海の10件(同9件)を含めた、「アフリカの角」地域の周辺海域での発生件数は9月末までに36件に達しており、この海域が危険な海域であることを示している。
さらに、ソマリア沖では、10月28日に、パナマ船籍で日本のドーヴァル海運株式会社用船のケミカル・タンカー、The Golden Noriが「アフリカの角」沖のソコトラ諸島近海で海賊に乗っ取られ、拘束されている。また、10月30日には、北朝鮮船籍の貨物船、The Dai Hong Dan(大紅湍)が海賊に襲撃され、付近にいた米海軍に救出されるという事件もあった。
ソマリア海域で多発しているのは、単なる物盗り海賊ではなく、船舶を乗っ取り、乗組員を人質に身代金をねらった武装強盗事件である。報道によれば、ソマリアの海賊は、身代金によって得た資金が潤沢で、装備も高度化しており、ロケット推進擲弾筒、AK47小銃、機関銃などで武装し、小型高速ボートで衛星電話とGPSを使ってねらった船を追跡する※2。前出のIMBの報告書によれば、海賊は攻撃発進のための「母船」を使用していると見られる。また、ソマリアの海賊は反政府勢力あるいは国際テロリストグループにつながっている可能性も指摘されている。
ソマリア沖と「アフリカの角」海域は、バーレーンのマナマを基地とし、20カ国の海軍艦艇で構成される連合任務部隊150(CTF-150)の哨戒海域に含まれている。その重要任務の一つは、海洋安全保障作戦(MSO)であり、海洋環境の安全と安定を維持すると共に、域内各国の沿岸海域における対テロ安全保障努力を補完することである。任務部隊はまた、商船の安全な通航や漁船の安全操業のために国際水路における安全と保全を確保するための国際的な海洋に関する諸協定に基づいてMSOを実施している。フランス海軍は11月半ばから、ソマリアに食糧を輸送する世界食糧計画(WFP)の船舶を海賊の襲撃から護衛するために哨戒活動を開始した。同国のモリン国防相は、他国もフランスに続くよう求めている※3。
ソマリア沖と「アフリカの角」海域は、スエズ運河からインド洋に連なる、中東における海上航路の要衝海域であり、この海域でかかる事案が頻発することは、わが国にとって死活的に重要な海上交通の安全確保に大きな不安をもたらす。これに関連して、わが国の海洋安全保障に関していくつかの問題点を示したい。

大丈夫なのか? わが国のシーレーン安全確保政策

わが国のシーレーン安全確保政策に関しては、1980年代以降長い間、わが国より200海里以遠は、米国ないし海外の諸国の力に依存するという政策を維持してきた。現在は必ずしもその政策を維持しているわけではないが、シーレーンの沿岸地域安定化の国際協力を推進することにより、結果としてシーレーンの安全を確保しようとしている※4。
海上自衛隊の活動に関する法的制約から、護衛艦は自衛隊法により防衛出動が発動でもされていない限り、国内外どこであっても邦船をパトロールしたり、護ったり、救出したりすることはできない。しかも、対象船舶が日本国籍船でない便宜置籍船のような場合は、海上自衛隊はかかる船舶に対して何もなしえない。また、米海軍がソマリア沿岸海域から200海里以上離れて、すなわち公海上を航行するようにとの勧告を出しているが、わが国の場合には、国際法では認められている公海上での海賊の制圧は、国内法が未整備のため護衛艦であってもできない。船舶に対するテロの制圧も同様に実行できない。
では、このような事態が常続的に発生した場合、わが国は、日本企業の支配する日本関連海上輸送船舶の護衛・保護・救出をすべて米国その他諸外国に依存しようというのであろうか。スリランカでは、反政府グループが海上軍事力を保持して武力抗争を起こしている。マラッカ海峡などわが国にとっての海上交通のチョークポイントにおいて、今後海上テロの発生する恐れが指摘されている。海上輸送の安全が脅かされている海域は、ソマリア沖に限らないのである。
わが国はこれまでインド洋において、国際テロリストの活動を抑止する国際的な活動に参加して、諸外国の軍艦に対して洋上給油を実行してきた。海上自衛隊の補給支援活動は、補給艦を含む数隻の自衛艦を常時派遣することで、インド洋において一定のプレゼンスを維持するという戦略的効果をもたらしていた。インド洋を巡る情勢を考えれば、わが国がインド洋に一定のプレゼンスを維持していくことは、シーレーンの安全確保の面から重要な意味を持つ。海外での自衛隊の活動は、冷戦終了後大変多くなり、国際社会にインパクトを与えてきた。にもかかわらず、自国のために運航する船舶の受ける脅威に何ら対応せず、外国の海軍力に依存する政策を維持することは正しいことなのであろうか。

大丈夫なのか? わが国のシーレーン安全確保政策

海上交通の安全確保に関する法的整備を急げ

昨年(2007年)わが国初の海洋基本法が制定・施行されたが、その第21条(海洋の安全の確保)は、「国は、海に囲まれ、かつ、主要な資源の大部分を輸入に依存する我が国の経済社会にとって、海洋資源の開発及び利用、海上輸送等の安全が確保され、並びに海洋における秩序が維持されることが不可欠であることにかんがみ、海洋について、我が国の平和及び安全の確保並びに海洋の安全及び治安の確保のために必要な措置を講ずるものとする。」と規定している。策定されつつある基本計画において、また必要な法的整備を行って、以上のようにわが国にとって死活的に重要な海上交通の安全確保に関し、われわれは真剣に取り組まなければならないと考える。(了)

※1 詳細については「海洋安全保障情報月報」(海洋政策研究財団)2007年10月号、22-26頁参照pdf
※2 「海洋安全保障情報月報」 2007年6月号、3頁pdf
※3 AFP, November 16, 2007.
※4 「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」(2004年12月10日閣議決定)?の4参照。

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