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オーシャンニューズレター

第173号(2007.10.20発行)

第173号(2007.10.20 発行)

『総合的な土砂管理』について考える

船橋昇治●国土交通省河川局砂防部保全課 総合土砂企画官

総合的な土砂管理という言葉は徐々に知られつつあるが、
その内容についてはまだ理解度が低い。
言葉が先行し、期待が高まっているが、行政としての判断だけでなく、
解明すべき現象や必要とされる技術開発も多く残されている。
総合的な土砂管理について、どのような観点からどのように進め、
そして、どのように展開していくのかについて、現在考えていることを述べる。

総合的な土砂管理とは

『総合的な土砂管理』あるいは『総合土砂管理』という言葉を初めて目にした人は、どんな意味だと想像するだろうか。何も情報がなく、言葉だけから想像すると「土砂管理を総合的に行うこと」→「土砂管理は土砂の管理であり、土砂の移動や運搬の管理を総合的に行うこと」→「土砂運搬を効率的に行うこと」と連想する人が多いのではないだろうか。背景を推察できないと理解しづらい言葉である。私なりに短い言葉に置き換えると「土砂の移動を適正な状態にすることを関係者で取り組むこと」だと思う。そして、こうした取り組みには大きく分けて2つの段階があるのではないかと思う。第一段階は、土砂の移動がうまくいっていないために発生している海岸侵食の進行などの問題を解決すべく関係者が連携して土砂の流れの改善を図る努力をしている状態である。そして、第二段階は、適正な土砂の移動が保たれるように土砂移動に影響を与えうる関係者が常に意識し、適正な状態を保つ努力をしている状態である。

どのような観点から取り組むのか

ところで、言葉の理解度とは別に、『総合的な土砂管理』という言葉を目にする機会が増えていると感じている人も多いのではないだろうか。これは、時代を背景として総合的な土砂管理の重要性や期待の高まりの現れではないかと私は前向きに考えている。わが国は、ここ半世紀の間に大規模かつ活発に国土開発や都市開発等が行われ、目覚ましい経済発展等を成し遂げてきた。しかし、その一方で当時推測し得なかった弊害も顕在化しつつある。こうしたことを背景に、次世代によりよい状態で国土を引き継ぐための「持続可能な国土管理」という考え方が注目されている。

つまり、機械力に任せて人為的に無理矢理管理するのではなく、循環など自然が本来有するシステムをうまく活用して管理する発想である。『総合的な土砂管理』もこうした考え方に立脚している。

土砂の移動は非定常かつ不規則であるが、水の移動とともに起こるため、土砂移動が自然の力で起こりうる系(範囲)で捉え、その中でいかに問題解決を図ろうとするかがポイントである。つまり、土砂の移動を土砂生産域から渓流、河川、海岸まで土砂の運動領域全体(平成10年度の河川審議会答申では、山地から河川にさらに海岸を加えた領域として『流砂系』という言葉が提案された)で捉え、土砂移動に起因した問題に取り組むことにより、効率よく効果的な解決策を見いだそうということである。こうしたことから分かるように、総合的な土砂管理は必然的に横断的な取り組みとなる。ところが、流砂系の中で、問題が顕在化している場所とその原因となっている場所が異なることが多いため、流砂系の中で何が起こり、何が原因なのかなどの情報を共有化する必要がある。とくに担当分野が異なると、言葉を始めとして考え方や解決に向けたアプローチも異なることが多く、互いの置かれている状況を客観的かつ定量的に説明することが重要となる。このプロセスを十分に踏まないと根本的かつ継続的な解決への道のりは遠くなる。

事実の正確な理解から

他方、『総合的な土砂管理』が期待され過ぎている感があるのではないかと思う。総合的な土砂管理に取り組めさえすれば、すべての問題が即座に解決すると思われがちである。かつての砂浜が侵食され消失の危機にあるところが全国に多数あることは事実であるが、こうした問題の発生原因がすべて人為的行為(土砂移動を妨げる構造物の設置や多量の砂利採取など)なのであろうか。長期的な時間の経過や時代の変化の中で発生しているものもある。

例えば、中国地方では、風化花崗岩の山を人為的に崩し、その土砂を流水に流し、比重差を利用して分別する「鉄穴流し(かんなながし)」という方法で、日本刀づくりに不可欠な玉鋼の原料となる砂鉄を得ていた。この結果、不要な土砂が河川や海に大量に排出されていたが、大正時代に製鉄方式が替わり、土砂生産量が急激に減少した。また、江戸時代に発生した火山噴火の噴出物や地震による大崩壊地からの土砂生産が長い年月を経て落ち着いてきているところもある。この他にもかつてよく見られた荒廃地(禿げ山)が緑に覆われる(研究によると最近数百年の中で現在が最も緑に覆われているらしい)など、かつて大きな動的平衡状態を保っていた土砂移動は、多くの面で少なくなる方向に変化していると思われ、こうした長期的な変化は受け入れざるを得ない。このように書くと後ろ向きだと思われてしまうかもしれないが、総合的な土砂管理に正面から取り組むためにも、現実の置かれている状況を正確に理解しなければならない。そして、小さな動的平衡状態下でより実効性のある対策を考えるために、土砂移動に関するより一層の現象解明や定量化が必要である。

今後の展開に向けて

これからは、総合的な土砂管理の取り組み概念図にあるように、問題に対して改善目標を設定し、具体的な対策手法を検討していくこととなる。これまで、土砂動態の把握や個別分野での対応策の検討が進んできたが、今後これらを応用して系全体として問題を解決しなければならない。個々の分野で効果的な対応策が、系全体で効率のいい方法になっているとは限らない。対策後の影響についてのチェックも必要であり、場合によってはその対策が必要となる。さらに、土砂の移動は生物の基礎環境を形成するとともに、土砂移動という物質の移動だけでなく、土砂移動という現象そのものが有する多様な機能もあり、現時点では土砂と生物・植物との関係では未解明な部分が多く残されている。ある程度の変動を許容し(見極め)ながら、対策を実施し、必要なモニタリング調査を行いつつ、その結果をフィードバックし、対策に微修正を加えていくことが現実的な手法である。単に行政的な決断だけでなく、発生している現象をしっかりとらえ継続的に取り組むため、学術的な裏付けも必要である。こうした一つ一つの取り組みの積み重ねが土砂管理を行うために必要な知識や普遍的な原理の解明につながることとなる。そして、土砂移動に関する知識と見識が高まり、大規模な人為的行為を行う者は、その行為が土砂移動のバランスを崩す可能性があることを認識することが重要である。問題解決のための『総合的な土砂管理』ではなく、問題が発生しないよう自然に意識された『総合的な土砂管理』の時代が早く来るよう望むものである。(了)

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