Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第168号(2007.08.05発行)

第168号(2007.08.05 発行)

海洋科学技術と海洋基本法

文部科学省研究開発局長◆藤田明博

平成19年4月に海洋基本法が制定された。
海洋基本法にはその基本理念の一つとして、
海洋に関する科学的知見の充実の必要性が明記されている。
今後も、この理念を踏まえ、海洋科学技術に関する研究開発の
さらなる推進が図られる必要がある。

1.はじめに

地球表面の約7割を占める海洋は、地球規模での水・熱・物質循環に密接に関与しており、地球環境の変動に大きな影響を与えている。また、広大な海洋の底に広がる海底プレートの挙動は、われわれの生活に深刻な被害をもたらす地震や火山活動の大きな要因と考えられている。さらに、深海底にはさまざまな鉱物資源や未知の生物資源などが膨大に包蔵されており、海洋分野の研究開発は、地球環境変動の解明や防災・減災から資源探査まで幅広く貢献する。このような状況のもと、国際的な枠組みにおいて海洋に関する観測・研究を推進するため、世界気象機関(WMO)やユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)などにおいて国際的な研究計画が実施されている。

一方、とくに、四方を海に囲まれ、世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を有するわが国において、海洋分野の研究開発を推進することは海洋国家の実現に向けた重要な課題である。わが国の海洋分野の研究開発は、文部科学省に設置された科学技術・学術審議会においてとりまとめられた「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び推進方策について(答申)-21世紀初頭における日本の海洋政策-」(平成14年8月)に基づき推進されてきている。この答申では、海洋の持続可能な利用を実現するためには、「今後の海洋政策の展開に当たっては、『海洋を知る(海洋研究・基盤整備)』『海洋を守る(海洋保全)』『海洋を利用する(海洋利用)』という3つの観点をバランスよく調和させながら、持続可能な利用の実現に向けた戦略的な政策及び推進方策を示すことが重要である」とされており、文部科学省では、とくに「海洋を知る」ための施策を展開している。

2.海洋基本法の成立

平成19年4月、新たな海洋立国の実現に向けて、わが国の基本理念を定め、海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、海洋基本法が制定された。

この法律では海洋政策に関する基本理念が掲げられており、その中に、「海洋に関する科学的知見の充実」(第4条)として、「海洋の開発及び利用、海洋環境の保全等が適切に行われるためには海洋に関する科学的知見が不可欠である一方で、海洋については科学的に解明されていない分野が多いことをかんがみ、海洋に関する科学的知見の充実が図らなければならない」ことが示されている。これは、「海洋を守る」、「海洋を利用する」ためには、「海洋を知る」ことが海洋に関するすべての政策決定の基盤であることを明示したものである。また、基本的施策として、「海洋調査の推進」(第22条)において、「国は、海洋に関する施策を適正に策定し、及び実施するため、海洋の状況の把握、海洋環境の変化の予測その他の海洋に関する施策の策定及び実施に必要な調査(以下「海洋調査」という)の実施並びに海洋調査に必要な監視、観測、測定等の体制の整備に努めるものとする」とされ、「海洋科学技術に関する研究開発の推進等」(第23条)において、「国は、海洋に関する科学技術(以下「海洋科学技術」という)に関する研究開発の推進及びその成果の普及を図るため、海洋科学技術に関し、研究体制の整備、研究開発の推進、研究者及び技術者の育成、国、独立行政法人、都道府県及び地方独立行政法人の試験研究機関、大学、民間等の連携の強化その他の必要な措置を講ずるものとする」ことが示されているところである。

スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」(模型)
地球深部探査船「ちきゅう」

3.文部科学省における海洋科学技術政策

文部科学省では、「海洋を知る」ために必要となる研究開発について、独立行政法人海洋研究開発機構(以下、海洋研究開発機構という)や大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所(以下、国立極地研究所という)などと連携を図りつつ取り組んでいる。

文部科学省が所管する海洋研究開発機構においては、人類未到のマントルへの到達を目指す地球深部探査船「ちきゅう」を「統合国際深海掘削計画」(IODP)における国際運用に供することにより地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とする「深海地球ドリリング計画」を推進しており、平成19年9月より熊野灘沖の南海トラフを掘削することとしている。また、地球温暖化等の地球環境変動の解明を目指し、太平洋、インド洋、北極海、ユーラシア大陸アジア域等において、海洋地球研究船「みらい」や海洋調査船「なつしま」などの船舶、ARGOフロートやトライトンブイ、陸上観測機器などの観測設備を用いて、海洋・陸面・大気の観測を行っている。また、海底プレートの挙動など海底下の地殻活動に関する研究や深海に生息する生物の研究等を行うため、有人潜水調査船「しんかい6500」や無人探査機「かいこう7000」「ハイパードルフィン」などを用いた海域調査を実施している。これらの観測研究等で得られたデータを世界最高水準の性能を有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」などを活用して解析し、地球環境変動や地殻変動の予測・シミュレーション研究等を実施している。さらに、これらの研究活動に必要な観測・探査を行うため、無人巡航探査機「うらしま」の開発や国家基幹技術の一部である次世代海洋探査技術の開発など、海洋に関する基盤技術の開発を行っている。また、国立極地研究所などにおいては、南極地域観測事業を推進している。南極地域観測事業では、学術の水準を向上させるための「研究観測」と、国際的観測網の一翼を担い、継続性が求められる「定常観測」を実施している。

その他、東京大学海洋研究所などが中心となって、地球環境変動の解明・予測、保全のための海洋の総合的観測システムの構築を目指した、全球海洋観測システム(GOOS)に関する基礎研究、西太平洋海域を中心とする国際共同調査への参画と実行、とくに海洋の物理、化学、生物的諸過程を統合した物質循環の解明などの海洋に関する学術研究を行っている。

4.おわりに

わが国はこれまで海洋分野の研究開発において世界をリードしてきた。今般、海洋基本法が成立し、わが国の海洋に関する基本理念として、海洋科学技術の重要性が明確化されたことからも、今後も、関係機関の更なる連携の強化を図りつつ研究開発を推進し、地球環境変動の解明、防災・減災などの分野で、世界のフロントランナーとして貢献することを目指していく。(了)

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