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オーシャンニューズレター

第165号(2007.06.20発行)

第165号(2007.06.20 発行)

許可漁業・自由漁業が海を守る

明治学院大学国際学部国際学科教授◆熊本一規

共同漁業権の権利者は、本来それを営む「漁民」のはずであるが、
共同漁業が漁協に免許されることを利用して「漁協」とされているため、
漁協の総会決議で埋め立て同意がなされてきた。
他方、許可漁業・自由漁業では、そのような誤魔化しがきかないため、
許可漁業・自由漁業が海を守るケースが出てきている。
今後、許可漁業・自由漁業によって乱開発から海を守るケースが増えていくであろう。

海の守人は漁民である

海の守人は、そこに生活を依存している漁民である。海が埋め立てられたり、汚染されたりすれば、生活を脅かされるのだから、海を守ろうとする漁民のエネルギーは、ヨットや釣りを楽しみたい市民のエネルギーより、本来はるかに強いはずである。法的にも、漁民は埋め立て等を止め得る権利を持つが、市民には何の権利もない。

にもかかわらず、往々にして埋め立て等の際に市民が漁民を非難することがある。その大きな理由は、漁民が漁業補償をもらって埋め立てに同意することである。

しかし、私の経験では、その根本原因は多くの漁業補償の手続きが適法でないことにある。例えば、佐賀県唐津市の佐志浜における埋め立てでは、漁協組合員の2割が沿岸漁業を営み、8割は沖合・遠洋漁業を営んでいたが、沿岸組合員の反対にもかかわらず、漁協の総会決議によって同意が得られたことにされたのである。

誤魔化しに使われている漁協

佐志浜の例からわかるように、埋め立てによって何の損害も受けない組合員も所属する漁協の総会決議で埋め立て同意が得られたとされ、補償金が漁協に支払われ、何の損害も受けない組合員にも配分されるのは、おかしなことである。埋め立てにより損害を受ける漁民にその損害に見合った補償金が支払われるのが筋である。

これは、埋め立て事業者が、埋め立て同意を得やすくするために、漁協を誤魔化しに使っているためである。

共同漁業(一定の水面を共同に利用して営む漁業、代表的なものは採貝採草)は、漁業権は漁協に免許される。しかし、それを営むのは関係地区(共同漁業権において必ず定められる地区で、いわば「地元漁村部落」)に住む漁民(以下「関係漁民」という)である。つまり、免許を受ける者(漁協)と漁業を営む漁民とが分離しているのである(この分離のみならず、漁業法の多くの条文が共同漁業権が入会権的権利であることによってしか説明され得ないが、本稿では、紙数の関係から、その点には立ち入らない。拙著『公共事業はどこが間違っているのか?』※を参照されたい)。

そもそも、権利とは「法によって保護された利益」であるから、共同漁業権の権利者とは、共同漁業によって利益を得ている者でなければならず、したがって、共同漁業を営んで利益を得ている関係漁民のはずである。ところが、埋め立て事業者は、1970年頃から、漁協が権利者であり、漁協の総会決議で埋め立て同意が得られるとしている。そのうえ、最高裁平成元年七月一三日判決は、共同漁業権は漁協の権利と判示した。

そのため、埋め立てによって何の損害も受けない漁協が総会決議で埋め立てに同意し、補償金を受け取るような、また、埋め立てにより何の損害も受けない漁民に多額の補償金が配分され、埋め立てにより生活を脅かされる関係漁民には僅かな補償金しか配分されないような、さらには、損害を受けている漁民にはほとんど配分せず、漁連や漁協が大部分を受け取ってしまうような不条理な事態が全国各地で相次いでいる。

本来、共同漁業の権利者は関係漁民であるから、漁協が補償金の受領や配分を行うには、関係漁民から委任状を取るよう、水産庁から通達が出されている。しかし、平成元年最高裁判決以後は、委任状を取らないケースが増えてきている。

許可漁業・自由漁業の権利侵害には漁民の同意が必要

一般に、漁業は、「漁業の免許」を受ける漁業権漁業と「漁業の許可」を受ける許可漁業と免許も許可も要らない自由漁業の三種に分類される。許可漁業や自由漁業は、始められた当初は、単なる利益に過ぎず、権利ではないものの、それらが長年継続して営まれると、成熟して「慣習に基づく権利」になるとされる(公共事業に伴う補償基準について定めた『公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱』2条5項参照)。許可漁業や自由漁業の権利を侵害するような埋め立て等の場合、それらの権利者の同意が必要である。

許可漁業や自由漁業を営む漁民も同時に関係漁民であるから、従来は、関係漁民から委任状を取ることをもって、同時に許可漁業者や自由漁業者の同意も取ってきていた。ところが、平成元年最高裁判決以後は、関係漁民からの委任状を取らないケースが増えてきたため、許可漁業や自由漁業の権利が埋め立て等から海を守るケースが生じるようになっている。

ひとつの事例は、上関原発計画である。事業者の中国電力は、許可漁業者・自由漁業者の同意を取ることなく、共同漁業権を共有する8漁協で作る共同漁業権管理委員会における多数決決議でもって埋め立て事業を進めようとした。しかし、平成18年3月の山口地裁判決では、「許可漁業者・自由漁業者に原発工事を受忍する義務はない」と判示され、原発工事はストップしている。

もうひとつの事例は、平成19年3月の長崎県諫早湾における農水省の導流堤工事である。農水省は、地元小長井漁協の同意を得るだけで導流堤工事に取り掛かった。しかし、工事を始めてまもなく、小長井町の漁民たちが自由漁業である「はえ縄漁」を始め、工事はストップしたままである。

免許とは「権利の設定」であり、免許を受ける共同漁業は、本来許可漁業や自由漁業よりも権利性の強い漁業である。その共同漁業が、漁協への免許を利用した誤魔化しによって骨抜きにされ、より権利性の弱いはずの許可漁業・自由漁業によって海が守られているのである。

今後、上関原発計画や諫早湾導流堤工事がストップしたことが知られるにつれ、許可漁業や自由漁業によって海を守ろうとする動きが広まっていくものと思われる。

工事が権利を侵害するものならば、工事にあたって権利者からの同意をとること、及び、権利者に補償することが必要である。権利者の同意が取れない場合にも、あくまで工事を遂行したい場合には、事業者は強制収用の手続きをとらなければならない(収用の場合にも補償は必要である)。憲法29条に規定されている、この当たり前のことが守られるならば、日本の海は乱開発から守られるはずである。(了)


※ 「公共事業はどこが間違っているのか?-コモンズ行動学入門早わかり「入会権・漁業権・水利権」」熊本一規著、2000年、れんが書房新社

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