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オーシャンニューズレター

第164号(2007.06.05発行)

第164号(2007.06.05 発行)

アジア海域社会の復興をめざせ~スマトラ沖地震・インド洋津波がもたらしたもの~

広島大学大学院生物圏科学研究科教授◆山尾政博

2004年12月に起きたスマトラ沖地震・インド洋津波は、アジア海域社会に甚大な被害をもたらした。
2年以上の歳月が経過し、被災各地の復興は順調に進んでいる。
だが、持続的な資源利用をめぐる枠組みをどう作るか、漁村社会の再建をめぐって、試行錯誤が繰り返されている。
アジア海域社会の安全保障の確保という視点にたった日本の復興支援が求められている。


アジア漁村社会の苦悩

■写真1
漁船の建造が進むインドネシアのアチェ州クルング・ラヤ湾の漁村。被災した漁村各地でこうした光景がみられる(2006年9月、筆者撮影)
■写真2
もとの賑わいをとりもどしたクラビ県バカン村。養殖生け簀の数が2~3割増えた(2007年3月筆者撮影)

2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・インド洋大津波は、アジア海域社会に甚大な被害をもたらした。犠牲者(不明者含む)は約30万人、500万人を超える人々が被災した。経済的な損失額は115億ドルに達すると推計されている。この大災害からすでに2年以上の歳月が流れ、国際社会からの支援もあって被災国の復興は順調に進んでいるようである。国際援助機関やNGOは支援活動をすでに縮小しており、住民みずからによる復興活動へとウエイトが移っている。

しかし、地震と津波の壮絶な傷跡はいまだに深く残されたままである。震源地に近いインドネシアのバンダ・アチェがとくにひどいが、スリランカの南部海岸、タイのアンダマン海側など、津波の直撃を受けた地域には、私たちがイメージする昔ながらの漁村社会はもはや存在しない。漁業に従事している住民の多くは移住先で新しい漁村社会の建設にはげんでいる。ただ、彼らのとまどいは私たちの想像をはるかに超えている。

漁業支援の成果

被災直後から、政府はもとより国際援助機関・NGOは、漁船、エンジン、漁具、養殖用の資材、そして操業資金の一部を漁民に贈与してきた。小型漁船に限ってみると、津波以前より隻数が増えて(写真1参照)、その動力化も進んだ。地域によっては、漁業者でない者までが漁船・漁具を受け取った。漁船隻数が増えすぎて、水産資源と漁船隻数とのバランスがくずれ、有用資源が減少するという事態もみられた。スリランカでは、過剰になった漁船の一部を政府が漁民から買い取ろうという政策、つまり、減船政策が議論されている。その一方で、援助が届かなかった地域と漁民が多数いる。

タイ南部クラビ県では、津波で生け簀養殖が大きな被害を受けた。ところが今では復旧が進んでマングローブ域のあちこちが生け簀で埋め尽くされている(写真2参照)。生け簀が増えすぎたため、稚魚の天然採捕に頼るハタ養殖では資源が減少したとの報告がある。

漁村のにぎわいを取り戻せるか?

地震と津波で漁具や漁船が大きな損害を受け、漁港や市場などのインフラが破壊された。これに加えて人的被害が大きかった漁村では、生産と販売に関わる人間関係や取引関係が破壊された。物理的な復興が進んでも、生活現場としての漁村復興は困難をきわめている。

国によってはゾーニング政策をうちだし、被災者のための復興住宅を海辺から離れた内陸部に建設し、漁業者を含む全住民を移動させている。漁村をどこに建設するかでもめた地域、今ももめている地域がある。公有地である海岸に漁村があったところでは、行政はこれを機に不法占拠を一掃しようとし、漁村住民との間で軋b゜ている。従来のような漁村の賑わいが戻るのを期待するのは無理かもしれない。

漁村社会と資源管理

アジアには、水産資源を持続的に利用し、地域住民に公平に分配しようという機能を備えた漁村社会がある。甚大な被害を受けたインドネシアのバンダ・アチェには、パングリマ・ラウト(海のキャプテン)と呼ばれる伝統的な組織があり、漁獲行為について取り決めをして資源の獲りすぎを防いできた。またアジアには、コミュニティー・ベース※ともいえる住民参加による地域単位の資源管理方式が広く普及している。いずれも、共同体的な漁村社会を基盤に成り立っている、参加型の資源管理組織である。漁民の多くが内陸部に転居した地域では、操業をどのように維持し、資源管理をどうしようかと頭を悩ませている。

地震と津波は、アジア海域社会がもっていた既存の社会秩序を破壊してしまった。そのため、水産資源の利用と管理にダイナミックな変化が引き起こされるかもしれない、との指摘がある。

生計向上への戦略:新しい協同の形

緊急援助の段階は過ぎて、被災住民および地域の自律的な復興活動への支援に重点が移っている。図には、復興支援を5カ年というプロセスでみたとき、現在どのような活動レベルにあるかを示してある。

住民みずからが協力・共同する動きが広がっている。NGOを始めとする国内外の援助機関は、マイクロ・ファイナンス(零細金融)のグループ作りを進めてきた。これに職業訓練プログラムを加えて、住民の自立化を促そうという支援活動が盛んである。グループは贈与された基金をもとに無利子ないしは低利子で組合員に融資する、そして、返済された資金は別の組合員への融資に回す。この手法は資金回転計画と呼ばれる。資金融資を受けて、水産物の加工販売、生産資材や生活物資の共同購入、工芸品作り、店舗の共同運営など、多彩な経済活動に取り組む女性たちが増えている。生計自立に向けた力強い動きが各地でみられるようになった。

今後の日本の協力:モニタリングとソフト支援

日本政府は地震・津波発生直後からさまざまな支援を行ってきた。二国間では、ノンプロジェクト無償資金協力のように、被災地のニーズにあった援助ができるように配慮をしてきた。また、国際機関を通して援助総額の半分にあたる約2億5千万ドルを供与している。ただ、復興活動の重点が社会インフラの再整備や新しい地域社会の建設に移ると、被災地ではつぎつぎに難問を抱えている。水産分野では、持続的に水産資源を利用していくための枠組み作り、増えすぎた漁具・漁船の管理が急がれている。水産インフラの復興を機会に、水産物の品質改善や安全管理に努めるなど、国際競争力を失わないための努力も欠かせない。

被災住民の多くが復興支援に対する不公平感を抱き、格差拡大の懸念をもっていると言われる。これは将来のアジア海域社会の安全保障に影響を及ぼし兼ねない。この地域を不安定化させないためにも、地方分権化を担い、復興過程を主導していける自治体の再建と強化が急務であろう。そのためには、日本の支援活動が効果を発揮しているかどうかをモニタリングし、その結果に基づき、被災住民や地域社会にとって、本当に必要とされているソフト分野への人的協力や支援を進めていくべきである。それこそが、真の支援活動であり、アジア海域社会全体の復興をもたらすものであろう。
スマトラ沖地震・インド洋津波の復興支援はまだ終わっていない。(了)


※ コミュニティー・ベース=政府が行うトップ・ダウンなものではなく、地域の水産資源の状況と漁民の意向を踏まえた、ボトム・アップ的な資源管理の方式である。

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