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オーシャンニューズレター

第163号(2007.05.20発行)

第163号(2007.5.20 発行)

沿岸漁業者の立場から

全国漁業協同組合連合会参与◆和田一郎

沿岸漁業は日本人の食生活だけではなく、これを中心とした漁村集落や伝統文化など
日本民族の成り立ちのかなり重要な部分を担ってきた。
したがって沿岸漁業の衰退はたんにひとつの産業の衰退という問題ではない。
全漁連としては、水産基本計画の施策によって沿岸漁業の安定・発展がなされるよう要請してきた。
今般成立した海洋基本法は沿岸漁業のより一層の発展につながるものと理解する。


沿岸漁業について語るとき、私は、国民に対するたんぱく食料の安定供給、就業の場の提供、環境や生態系の保全など多面的機能といった役割をあげ、その重要性を訴えてきた。これらの役割とともに、沿岸漁業は日本民族の成り立ちのかなり重要な部分を担ってきたのではないかと私は思う。 海幸彦・山幸彦の民話や柳田国男の民俗学を持ち出すまでもなく、四面を海に囲まれた日本列島では、数千年の昔から津々浦々で漁労活動が展開され、漁村集落や伝統文化が育まれてきた。また漁民によって供給された水産物は日本民族の食生活の基盤を形作り、今なお、日本型食生活として深く定着している事実を考えると、思いのほか日本人民族の根幹のところに沿岸漁業が深く関係していると考える。


沿岸漁業の現状

翻って、現在の沿岸漁業を見ると極めて厳しい状況にある。これは単に、ひとつの産業の衰退という事象にとどまらず、地域社会の崩壊、文化や安らぎの場の喪失などの事態を生じさせ、このまま推移すれば、社会的、経済的な面だけではなく、日本人の健全な精神構造を維持し形成するという面でも失うものが大きいと言っても過言ではなかろう。

沿岸漁業の生産量はピーク時(昭和60年=227万トン)の67%(平成17年=151万トン)、生産額ではそれ以上の減少である。その原因は、200海里時代に入って以降の沿岸水域での漁獲努力量の増大と資源の荒廃、水産物輸入の増大に伴う魚価の低迷など複合的なものであるが、いずれにせよ、儲からなくなった産業からは人が離れ、現在の沿岸漁業従事者は約20万人、そのうちで、60歳以上の男子と女子を合わせると50%を占めるという状況になっている。また、漁業への新規参入者は1年間に全国で1,500人にも及ばず、ちょっとした大手企業の新入社員の数をも下回っている。このような傾向は今後も続くものと見込まれており、政府の平成24年見通しで、沿岸漁業従事者は10.7~11.5万人へと半減するとしている(図1参照)。

今後、漁村は維持できるのか、伝統文化は消えていくのか、半島や辺地地域に点在する狭隘な漁村環境、そして下水道などの生活環境施設の整備の立ち遅れが拍車を掛け、漁村における過疎化、高齢化の進行は看過できない状況に至っている。

水産物消費の減少

さらに、水産物消費についてみてみたい。先に述べたように、日本列島周辺から供給される水産物は日本人の食生活の基盤を作っており、現在、水産物の一人当たり摂取量は世界のトップレベルにある。魚食と人間の寿命には相関関係が見られ、日本が世界一の長寿国となったのには水産物が大いに寄与していると言われている。

しかしながら、こうした状況にも陰りが見えてきた。急速に進む「魚離れ」である。平成17年の統計では一人一日当たりの水産物摂取量が94gであったものが、29年には87gに減少すると試算されている(図2参照)。住環境や生活スタイルの変化によって家庭での魚消費が著しく減少し、とくに若年層の魚離れは顕著で、年齢が高くなると魚を食べるようになる従来の傾向も変化してきている。大型量販店に並ぶ世界中から集められた魚の切り身のパッケージは、旬の美味しさや繊細な味を大切にする調理を家庭から失わせたと言えよう。

水産基本法に基づく施策

このように沿岸漁業をはじめ水産業全体が困難な状況にある中、全漁連(全国漁業協合組合連合会)の運動の成果もあって、水産施策の基本理念とその実現のための事項を定める「水産基本法」が平成13年に制定された。そこではまず、水産物を健康で充実した生活の基礎として位置づけ、安定供給の確保を図ることとするとともに、水産業について健全な発展を図るとしている。また、そのためには、基盤たる漁村の振興が図られなければならないと定めている。

今般、水産基本法に基づく水産基本計画の見直しが行われ、去る3月20日に閣議決定された。ここでは、水産資源の回復、支援施策の集中による経営体の育成・確保、加工・流通・消費施策の展開、漁村等の総合的整備などが盛り込まれた。この計画に基づき、毎年の予算付け、事業化などの具体的施策が展開されることとなり、全漁連としては、この見直し作業には重大な関心を払い、沿岸漁業の安定・発展に向けて、度重なる要請をしてきた。とくに漁業経営対策については、漁業後継者を確保して安定した経営に勤しめるよう、漁業者と国の拠出による積立金を財源として、これからの漁業を担う漁業者の収入が一定水準を下回った場合には、その差額を補填する制度の創設を要望している。また、水産業や漁村の果たす多面的機能に関しては、将来にわたってその機能が十分に発揮されることが期待されており、現在、離島に限って多面的機能の発揮のために実施されている交付金制度を全国に展開するよう求めている。

海洋基本法への期待

さて、このたび成立した「海洋基本法」について、長年にわたる漁労活動と海岸域での居住を通じて海洋を「知り、守り、利用」してきた漁業者の立場に立って、若干の意見を述べてみたい。

新たな海洋政策は、「海洋と人類の共生」という究極的理念の下で行われると目的にあるが、ここで言う「人類」の中には、当然のこととして、漁業者が含まれるものであろう。海洋からの漁業の排除あるいは縮減を意図するものではなく、漁業の発展にもつながる「海洋基本法」であると理解する。そのために、水産業成立の前提である海洋環境と生態系の保全、また水産資源の持続的利用を促進する考え方が基本として取り入られている。また、海洋の利用から生ずる直接的利益だけではなく、副次的な効果、すなわち、豊かな自然環境の維持、伝統文化の継承といった多面的機能の発揮にも配慮がなされている。海洋への新たな産業の進出に当たっては、既存の漁業との事前調整が不可欠であることは言うまでもない。

海洋環境は、一旦、破壊されると原状回復は不可能に近く、こうした事態を防止するためにも、この「海洋基本法」の高邁なる目的を実践するためにも、関係者間での事前の十分な話し合いと相互理解が必要であり、そのことが海洋の持続可能な開発・利用につながるものと確信する。(了)

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