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オーシャンニューズレター

第163号(2007.05.20発行)

第163号(2007.5.20 発行)

海洋基本法の制定とその意義

慶應義塾大学名誉教授、海洋基本法研究会共同座長◆栗林忠男

縦割り機能別の行政組織を基盤として海洋政策が策定・運用されていたわが国に、
待望の「海洋基本法」が制定された。
基本法は、わが国が新たな海洋立国を目指して推進する海洋政策の基本理念と基本的施策を初めて明示し、
総合的な計画と施策に責任をもつ新しい行政機関の設置を定める。
この海洋基本法体制をいかに活かすか、政治のリーダーシップのみならず、
官産学の国民各層による積極的な関与が必要である。

わが国にとって待望の「海洋基本法」

「海洋基本法案」が本年4月3日に衆議院を、4月20日に参議院を通過し国会で採択された。施行は「海の日」のある7月になるとも予測されている。議員立法によるこの法律の成立がほとんどの政党の圧倒的多数の賛同によったことも、幸先良いスタートであった。このきわめて重要な法律の成立に向けて努力された関係者すべての方々に対して心からの敬意を表したい。

海洋基本法の制定に関しては、昭和40年代と50年代の一時期にかなり熱心に語られたことがあり、その後の空白期間を経て、今世紀に入り海洋政策に関する様々な提言等が出されるようになった。このたびの基本法制定に向けた具体的な動きは、2005年に「シップ・アンド・オーシャン財団」(通称「海洋政策研究財団(OPRF)」)の作成・公表した「海洋と日本-21世紀の海洋政策への提言」が、翌2006年2月に「日本財団」会長等から安倍内閣官房長官(当時)に提出され、政党によって受け止められるよう要望したことが直接のきっかけとなった。政界でも海洋政策に関する議論と関心が高まっていた状況があり、4月に自民・公明・民主各党による超党派の「海洋基本法研究会」(石破茂座長)が設置されることになった。研究会は、国会議員有志のほか学識経験者、産業界代表に加えてオブザーバーとして参加した関連官庁10省庁の局長・課長など、わが国の多数の海洋関係者を交えて10回の会合を重ね、2006年12月の最終会合において「海洋政策大綱」「海洋基本法案の概要」につき合意を見た。通常の.議員立法の場合とは異なり、準備段階において、政治家とともに広く官・産・学を巻き込んだ多数の海洋関係者の見解や取り組みの現状を検討し、その成果を国会議員による立法作業に繋げるという極めてユニークな過程であったといえる。

海洋基本法案が国会に提出された時点で、いくつかの新聞報道において、近隣諸国との海洋権益をめぐる争いが法案提出の理由であるかのように報じられた。政界の一部にそういう認識があったのは事実であろう。また、東シナ海等における日本の排他的経済水域(EEZ)内でのガス田開発等の安全確保を目的とする「海洋構築物の安全水域設定に関する法案」が海洋基本法案と同時に国会で採択されたことも、それとまったく無関係ではなかろう。だが、背景・事情はともあれ、海洋基本法は、特定の海洋権益の問題に限らず、今日の海洋をめぐる資源、環境、交通、安全、産業、教育などの広範多岐にわたる諸問題に関して、今後わが国が総合的かつ計画的な政策を推進して行くための包括的かつ基本的な法律である。

6つの基本理念、12の基本的施策、総合海洋政策本部の新設

海洋基本法の内容は、新たな海洋立国の実現に向けて、海洋に関するわが国の基本理念を定め、国、地方公共団体、事業者および国民の責務を明らかにし、海洋諸施策の基本となる事項を定めるとともに、それらの施策を総合的かつ計画的に推進するために総合海洋政策本部を設置することなどを定めたものである。なかでも、「海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和」「海洋の安全の確保」「海洋に関する科学的知見の充実」「海洋産業の健全な発展」「海洋の総合的管理」「海洋に関する国際的協調」という6つの基本理念を明文で定めたことの意義は大きい。海洋と人類の共生に貢献することを究極の目的として、海と共に生き抜くわが国の基本的姿勢が初めて法律において鮮明に打ち出されたのである。諸外国もこれに注目するであろう。今後、国はこれらの基本理念に則って、海洋に関する施策を総合的かつ計画的に策定し実施する責務を負うことになり、また政府は、その推進を図るため海洋基本計画を定めなければならない。

紙幅の関係から、ここでは基本理念のうち「海洋の総合的管理」を強調しておきたい。われわれはいまや海洋を単に開発・利用するばかりでなく適切に「管理」すべき時代に入ったのであり、またその管理は「総合的」に行われなければならない。総合的管理の具体的な内容・範囲は課題や分野ごとに異なるであろうが、この基本的視座を欠いては、急速に展開する海洋問題の現代的状況に追いつけず、また従来の縦割り機能別の国内体制の弊害を克服することができない。

さらに、基本計画策定のための基礎をなすものとして、具体的に取り組むべき12項目の基本的施策が明文化され、施策の目標が一般的に合意されたことの意義も大きい。それらは、海洋資源の開発および利用の推進、海洋環境の保全、排他的経済水域等の開発等の推進、海上輸送の確保、海洋の安全の確保、海洋調査の推進、海洋科学技術に関する研究開発の推進等、海洋産業の振興および国際競争力の強化、沿岸域の総合的管理、離島の保全等、国際的な連携の確保および国際協力の推進、海洋に関する国民の理解の増進等であり、基本法には、各項目について採るべき基本施策の概要が盛り込まれている。

他方、海洋政策を総合的に推進するための新しい行政組織については、内閣府に経済財政諮問会議のような総合海洋政策会議を設置する、または内閣官房に総合海洋政策本部を設置する、という二つの有力な選択肢があったが、結局後者が採用されて、海洋政策本部長(内閣総理大臣)の下に副本部長2名(内閣官房長官と新設の海洋政策担当大臣)が置かれ、他のすべての国務大臣を本部員として充てることになった。海洋の施策を集中的かつ総合的に強力に推進するために当面は内閣官房が事務を担当する、というのがその理由とされるが、組織のあり方については、法律施行後5年を目途に再検討することが「付則」で規定されている。なお、付帯の「決議」によれば、総合海洋政策本部に海洋に関する幅広い分野の有識者から構成される会議を設置して、その意見を反映させることとされている。賢明な考えであり、このような会議体の意義と重要性については多言を要しない。

新たな海洋立国を目指した船出

海洋基本法の制定は、わが国の海洋政策の歴史に画期的な一頁を開いた。だがそれは、わが国が新たな海洋立国へと目指して歩む道程の第一歩なのである。今後総合的な海洋政策の立案・実行を国の内外にわたって積極的に推進して行くうえにおいて、海洋基本法を基盤とする新体制がいかに有効に機能し、いかに多くの成果を上げることができるか。政治のリーダーシップに期待が寄せられる中で、行政機関による専門的・実務的なイニシアティブはもとより、産業界、研究機関、教育界などの民間関係者も積極的な働きかけを幅広く展開して行くことが大切だと思う。(了)

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