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オーシャンニューズレター

第163号(2007.05.20発行)

第163号(2007.5.20 発行)

海洋基本法への産業界としての期待

(社)日本経済団体連合会 海洋開発推進委員長◆伊藤源嗣

海洋は、国家の存立基盤、産業の国際競争力、国民の経済・生活の活力の源泉を担う重要な分野である。
産業界にとっても待ち望んだ海洋基本法だが、これはけっして終着点ではない。
今後は海洋産業が危険に脅かされず安心して自由に活動できるような環境整備と施策が不可欠である。


日本経済団体連合会では、私が委員長を務めている海洋開発推進委員会を中心にわが国の海洋開発、利用を推進している。それは、海洋が国家の存立基盤、産業の国際競争力、国民の経済・生活の活力の源泉を担う重要な分野であると認識しているからである。近年では、「21世紀の海洋のグランドデザイン」(2000年6月)、第3期科学技術基本計画に対する「海洋開発推進のための重要課題について」(2005年11月)などの提言※を行っている。

また、本年1月に発表した経団連ビジョン2007「希望の国、日本」では、「夢のある大型のナショナルプロジェクトなど戦略分野への政策資源の集中、省庁横断的な施策、市場展開の加速化によるイノベーションセンターとしての地位の確保」を指摘し、10年後には、わが国においてメタンハイドレートなど未利用海底資源の探査・開発が進んでいる姿を描きだしている。

こうした海洋開発、利用を本格的に進めるための「海洋基本法」については、昨年、「海洋基本法研究会」(座長:石破茂 衆議院議員)において原案作りが行われ、私も有識者の一人として参加した。産業界としても法案成立を強く望んでいたところ、今国会で超党派の議員立法として成立したことをうけ、本法の施行が「海の日」や「海洋法に関する国際連合条約」成立の日と重なれば、関係者にとっても意義深さが一層のものとなるに違いない。

1.海洋国家としての日本

日本は、四方を海に囲まれた海洋国家であり、海と交流することで、さまざまな恵みを得てきた。国土面積は世界第60位にすぎないが、排他的経済水域の面積は世界第6位と世界のベストテンにはいるほど広大である。海洋は、歴史的にみても安全保障の要であった。また、貿易国家であるわが国にとって、資源や物資の海上輸送に関わる造船業や海運業等の海洋関連産業はライフラインそのものである。また、海底は、石油をはじめとするエネルギー資源を埋蔵している資源の宝庫である。

これらに加えて、環境問題においても海洋は大きな鍵を握っている。台風・津波などの自然災害、さまざまな海洋汚染など、人類の生存にすら関わっている。そこで、技術開発を進めて、海洋メカニズムを解明し、自然環境への脅威を取り除いたり、海洋をうまく活用して地球環境を改善するなど、環境と経済活動を両立した、持続可能な開発・利用が求められている。

このためには、海洋を「知る、守る、利用する」ための国家戦略が必要であり、その中核をなすのが「海洋基本法」である。

2.21世紀のフロンティア開拓のための「海洋基本法」

海洋は宇宙とともに21世紀のフロンティアといわれている。歴史を振り返ってみれば、20世紀において米国は、溢れるようなパイオニア精神をもって、一丸となって当時のフロンティアであった西部の開拓を成功させ、これが現在の超大国の源となった。それでは、日本が新たな飛躍を求めて、21世紀のフロンティア開拓にどのようにチャレンジし、成功することができるのか。まず関係者が、強い意思とそれを実現するための仕組みをもつことが成功に向けての第一歩となる。これこそ、今ときを同じくして、両分野においてそれぞれ検討が進められている「海洋基本法」と「宇宙基本法」である。

3.一元的な推進体制の整備

それでは、「海洋基本法」にまず何が求められるのか。海洋や宇宙にはさまざまな省庁が関わっている。それだけ、広範な領域にわたり、ふところの深い分野である。しかしながら、縦割りのもとで、ばらばらの取り組みが行われており、国家全体として、戦略的にどのように進めていくかという視点が乏しい。

そこで、まず必要なのが一元的な推進体制の整備である。これまでの海洋に関連する施策はサイエンス、あるいは開発の側面が強かったが、これからは開発した成果を有効に活用し、わが国の国益に結び付けることが重要である。そのためにはリーダーシップを持って、関わる多くの省庁を調整し、とりまとめる一元的な推進機関が必要である。もちろん形を整えるだけでなく、強い意志をもって、実際に作動させ効果をださなくては「仏作って魂いれず」になりかねない。基本法のあとには、しっかりとした「基本計画」の策定と、その着実な実施が必要である。

4.海洋産業の振興

また、産業界としては、海洋産業の振興を期待している。海洋産業は、輸送、食糧、資源、環境など経済・社会・生活にとって重要な役割を果たしている。海洋において、関連する産業が危険に脅かされず安心して自由に活動できるような環境整備、施策を実施することが不可欠である。その際、科学技術予算を確保し、最先端の研究開発とナショナルプロジェクトによって、わが国の技術のレベルアップをはかり、海洋開発を先導していくことが必要である。

昨年とりまとめられた第3期科学技術基本計画において、5つの国家基幹技術が盛り込まれた。このなかの1つが「海洋地球観測探査システム」の構築である。同システムは海洋と宇宙のあわせ技であり、これによって地球環境観測、資源探査、安心・安全の確保等をはかることになっている。重要なミッションを果たすのが世界最先端の深海掘削能力を持つ地球深部探査船「ちきゅう」であり、まずこれを有効に活用していかなくてはならない。また、次世代海洋探査技術として、深海底ライザー掘削技術、次世代型巡航探査技術、大深度高機能無人探査機技術などへの取り組みも進めていく必要がある。こうした技術開発力の強化によって、世界最高の海洋技術国家の実現を目指すべきである。

5.人材の育成

産業や技術の振興をはかるには、優れた人材の育成が必要である。しかし、人材の育成は手間隙と根気がいる分野であり、一朝一夕にはできない。世界レベルの研究者を育成するには、まず、子供の頃から海洋に関心を持ってもらわなければならない。初等・中等教育に海洋教育を組み込み、海洋への夢やロマンを抱かせるなど、国民の関心を高めることが、その第一歩である。また、世界トップの研究者と切磋琢磨して、鍛えられるような場を作っていくことも重要である。このようにしてはじめて、深い専門性とそれを応用して横展開する幅広い知識を持ち、実用化・産業化までを見据えた研究開発ができる高度グローバル人材を育成することが可能となる。産学官の連携によって、こうした基盤強化に努めていきたい。(了)


※ (社)日本経済団体連合会が行った3つの提言について、詳細はホームページをご覧ください。http://www.keidanren.or.jp/indexj.html

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