Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第159号(2007.03.20発行)

第159号(2007.3.20 発行)

世界は温暖化を食い止めることができるか?

気候変動担当政府代表・地球環境問題担当特命全権大使◆西村六善(むつよし)

地球の温暖化はわが国のみならず世界にとって深刻な問題である。
増大する温室効果ガスを着実に減らさなければますます事態は悪い方へ加速するばかりであり、
環境に負荷をかけない脱カーボン戦略を強く押し進めるべきと考える。
脱カーボンによる環境保護を果たしながら、技術開発を一層進めることは十分に可能である。


はじめに

チャールズ・ダーウィンが墓石が熱くなったので蓋石を持ち上げて地上に出てきて世界に告げる。「これからはオーブンの中で生き抜く者だけが適者として生存できる」と―。

これは筆者の私製のパロディだ。俗説によれば温暖化のため、フランスは世界に冠たるワイン生産国の座をイギリスとデンマークに明け渡すという。温暖化は悪いことばかりではないという人がいる。

温暖化の科学ほど合意が難しい科学はないのではないか? 科学者ではない筆者にはそう見える。政治が物事を難しくしているところもある。

今年1月11日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は、米国海洋・大気庁(NOAA)がやっと最近米国政府やホワイトハウスから削除を求められることなしに自由に科学的意見を公表できるようになったという記事を掲げている。通常開放性をもって知られているアメリカの社会で、こういうことが行われてきた。科学者には徹底して議論をしてもらうべきだ。その間、行政や政治は予防原則で進むより手はない。科学が最後の結論を出した頃、もう時遅しとなっては駄目だからだ。しかし、ラブロック教授はガイア理論でもう手遅れだと言っているようだ。私製のパロディが真実になっては困る。もちろん事態の深刻さは次第に科学で説得的に説明され始めている。上記の米国海洋・大気庁の科学者は現在生じているすべての現象は温室効果ガスの増大を引用しないでは説明できないと述べている。

世界中で毎日報道されている異常な事態、今年も世界を襲っている異常気象、極地での種々の異変、南太平洋の島国の国土水没、マグロがとれにくくなっていること、マラリア蚊が北上していることなど枚挙に暇がない。温暖化が進むと世界の水もなくなる。日本には水が沢山あるから大丈夫? そうではない。日本は食料などの大量輸入で生きている。大雑把に言えば日本で食料生産に使う水と同じ量の外国の水(仮想水)を使って食料を賄っている。日本の命綱である仮想水は減少していくのだ。マラリアやデング熱の脅威、輸入食料の問題。マグロが高価になる。日本にとっても温暖化は実に深刻な問題なのだ。

国際交渉で何処までやれるか?

昨年11月のナイロビの気候変動国際会議

今日の地球の平均温度は産業革命以前に比べて0.6度上昇しただけだ。たったそれだけでこれほどのことが起きている。これをあと1.4度上昇したところ、つまり合計2度で食い止めたいという議論が国際的に大勢になっている。すでに事態が進行してしまったのでこれ以上に低いレベルで食い止めることは恐らくできないだろうというのが常識になっている。

京都議定書は2008年から2012年までのことを決めているがその後どうするかについて国際合意はない。とくに米国や中国が積極的に排出の削減をするかどうか不明だ。国際エネルギー機関(IEA)によれば中国が米国を抜き去り世界最大の排出国になるのは2010年ごろだとしている。周知の通り、中国をはじめ途上国は京都議定書の義務から免除されている。その理由はイデオロギー的なものだ。今日の温暖化現象は150年以上にわたる先進国の工業化の過程で生じたもので途上国はその被害者である。先進国こそ大きな責任がある。こういう議論である。

一方、米国は途上国が参加しない協定は米国の経済を害すると言う理由で参加していない。しかし、ここ数年米国では大きな変化が生じてきた。途上国が参加するか否かはさて置き、米国自身も行動すべきだと言う意見が強くなっている。いくつかの州では強制的な排出削減法ができた。連邦でもそうするべきだと言う意見が去年11月の中間選挙で優勢になり、今大きな議論になっている。ここ数年のうちに相当大きな変化が生まれるだろう。

日本はどうするべきか? 脱カーボンで成長を

日本は、米国と途上国に対して新しい行動をするようにと最も強く論じてきた。今後もそうする。しかし、同時に日本が排出している13億トン近い温暖化ガスを着実に減らしていかねばならない。京都議定書の後に来る枠組みがどうなるかは別にして、日本は独自の国のあり方を定めてそれに合致した社会経済システムを作らなければならない。何よりもエネルギーの安全を保障していく必要がある。中国やインドはエネルギーを爆食する。石油資源はいずれピークを迎える。化石燃料への依存は危険だ。それ以外のエネルギーで自在な経済成長を実現できるようにしなければならない。環境に負荷をかけないで成長を維持していく。これこそ日本のような国の国家的使命だ。

若林環境大臣と談笑するケニアのマータイ夫人

それはできる。早期にその方向へ舵を切り、技術開発を強力に進めればできる。脱カーボンで成長を。これを旗頭にして国が一致して行動したら必ずできる。

そもそも日本は倹約の国だ。「もったいない」は日本のDNAだ。70年来から省エネがこれほど成功したのはそこだ。しかし無駄を省く余地は日本にまだまだ沢山ある。それに省エネを世界の新しい宗教に育てる必要がある。「もったいない」の思想を布教しているケニアのノーベル賞受賞者マータイ夫人は偉大なクローンだ。

もう一つの方向性は脱カーボンへの技術開発を一層進めることだ。それは日本の一層強固な技術立国への道筋を保証し、競争力を強化する。 脱カーボン社会への過程が開始されたら日本の能力からして実に巨大な変化と進展が生ずるに違いない。 新たな創意工夫、制度や政策、技術への投資、新しいダイナミズム、新しい成長モデルが生まれてくる。「環境保護は縮小均衡に帰着する」という神話を打破できよう。それに日本のような経済大国、巨大な産業システムを擁する国が脱カーボンを実現することの意義は大きい。「脱カーボンで持続的でクリーンな成長」という新しい文明の価値を日本が世界に鼓吹することになる。

温暖化防止とは実は日本の新しいクリーンな発展と成長のモデルを作り上げていくことなのだ。(了)

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