Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第158号(2007.03.05発行)

第158号(2007.3.05 発行)

ノンバラスト船の研究開発について

(財)日本船舶技術研究協会 企画・研究開発プロジェクトグループ長◆田中 圭

バラスト水を通じた海洋生物の移動は、海洋生態系の破壊等を引き起こすことから、
国際海事機関はバラスト水処理に関する条約を採択した。
条約発効の見通しは不透明であるが、今もバラスト水を通じて海洋生物が世界中を移動している。
今後、条約に基づきバラスト水処理装置の設置が義務付けられるものの、
バラスト水を積載しない船には装置は不要である。
ノンバラスト船型の研究開発の成果、今後の見通しを紹介する。

急がれるバラスト水処理問題

船舶のバラスト水中の海洋生物が他の海域で排出され、海域の生態系変化・破壊を引き起こす問題が指摘されている。このため、国際海事機関(IMO)が2004年に採択した「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」に基づき、船舶には、今後、海洋生物含有量の少ない海水との洋上交換、バラスト水中生物を殺滅する処理装置設置等が義務付けられることとなった。条約発効の見通しは不明確であるが、一部の国では、先取りしてバラスト交換を求めている状況である。

2012年建造船からは、条約に基づいてバラスト水処理装置の設置が義務付けられることとなり、多くのメーカーが色々なシステムの提案を行っているところである。新造船市場では、2011年建造船の引き合いが盛んであるが、それに続く2012年の建造船の引き合いにおいては、最適な装置を組み込んだ検討を行わなければならない。しかし、これらの装置に対する評価も十分でなく、多くの海運会社、造船所におけるバラスト水対策は、暗中模索の状況である。ここに示すノンバラスト船は、バラストを積載しない船型であり、バラスト水処理装置を不要とする、本問題に対する有力な解決策である。

ノンバラスト船型とは

油タンカー、鉱石運搬船等の積荷は片側輸送のみであり、帰路は空船状態で運航されている。空船状態では、船首部の水深が不足し、また、プロペラの上部が水面上に現れることとなる。荒天状態では、船首部が海面に打ち付けられ、大きな衝撃を生じ船体破損の可能性があり、また、プロペラの異常回転等、安全な運航を保つことができないことから、バラスト水を積載して、船を沈めて運航している。

船底を傾斜させたV字船型では、空船状態でも船の深さを増すことが可能となり、バラスト水積載による問題を解消させられることから、この船型に関する研究開発※を行ったものである。

ノンバラスト船型の開発上の課題と研究開発の成果

一般の船では、できるだけ多くの貨物を積載する一方、航路・港湾の制限から船の長さ・幅・深さを満足させる必要があり、貨物スペースは直方体に近い形状となっている。単に、船底を傾斜させるV船型では貨物の積載量が減少することから、本研究開発では、船の幅を増やして積載量の不足を補うこと等により、経済性を充足することとした。このため、本研究開発を開始するに当って、?バラスト水を積載しない空荷状態で、在来船型のバラスト状態と同等の耐航性能を有すること、?経済性から燃費を5%以上節減することの二つの目標を設定した。

しかし、船底が傾斜したV字船型について、大型船の設計・建造経験がほとんどなかったことから、推進性能、操縦性のほか、強度評価方法、船の横揺れによる船底の衝撃荷重の推定方法等の技術課題を一つずつ検証し、安全性が確保されていることを明らかにする必要があり、各種の試験・検討作業を進めた。

3年間の研究開発の結果、上記の目標をクリアした。経済性の面では、6%以上の燃費節減可能なことが判明し、強度を保つための船殻構造の増加分を考慮しても、従来船型に比べて、15年程度で回収できる経済性が確認された。なお、この経済性については、バラスト水処理装置に係る経費を考慮していないことから、比較対照した従来船型では、バラスト水処理装置の初期投資費用に加えて、運用費用等のコストアップ要因を考えると、15年という期間は大幅に短縮されるものと考えられる。

ノンバラスト船普及へ向けて

ノンバラスト船について、3年間の研究開発により、耐航性能、経済性での課題は解決されたものの、特殊な船型であることから、離接岸時の岸壁・曳船、建造・修繕時の造船所施設等が必ずしも適合しない問題が指摘されている。革新的技術が既存のインフラストラクチャーを理由にして否定されることが多いものの、革新的技術が環境性・経済性等、多くの点で優位性を有することが世の中に認識されれば、受け入れは容易である。今後、運用上の改善により多くの問題は解決され、また、さらに高い成果を生かすため、インフラストラクチャーの改善に向かうものと考えている。

今回の研究開発では、大型の油タンカーであるVLCCとスエズマックスタンカーについての検討を行ったが、一連の研究開発成果の多くは中小型タンカー、鉱石運搬船、バルクキャリア、コンテナ船等に適用可能である。スエズマックス型油タンカーの場合について、船幅、喫水、必要バラスト水量、船殻重量増加量、経済性をグラフに示した。積荷、航路、港湾等の様々な条件を考慮して船舶が計画されるが、それぞれの船の条件に合わせたノンバラスト船が計画・建造されることが望まれる。また、船の条件によっては、本研究開発成果を応用して、少量のバラスト水を積載し、バラスト水処理装置を小型化する船も考えられる。

最後に

海事産業、特に海運界において、バラスト水処理問題へ、率先して、積極的に取り組む姿勢が望まれるところである。

本研究開発の成果については、国内での成果報告会を催したほか、ジャパン・シップ・センターの協力を得て、英国でもIMOにおいて各国政府関係者、英国造船学会での造船技術者、英国の海事専門誌主催のセミナーでの海運関係者等への説明を行った。これらの広報活動を受けて、海洋生物の移動による被害が大きいオーストラリア政府の担当者がノンバラスト船の調査のために来日する等、本研究開発の成果への期待は国際的にも増してきている。海洋環境保全に対して最も大きな役割を占める海事産業に課せられた責務は重大である。(了)


※ ノンバラスト船の研究開発は、国の推進する研究開発として国土交通省主導の下、日本財団および(独)鉄道建設・運輸施設整備支援機構(旧運輸施設整備事業団)からの御支援を受けて、平成15(2003)年度から(社)日本造船研究協会が研究開発を開始し、平成17(2004)年度については、弊協会が承継して実施したものである。研究開発実施にあたっては、(財)日本造船技術センター、三菱重工業(株)、(株)アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッドおよび(財)日本海事協会に業務委託して進めたものである。

第158号(2007.03.05発行)のその他の記事

ページトップ