Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第158号(2007.03.05発行)

第158号(2007.3.05 発行)

八重山にジュゴンをとりもどそう

酪農学園大学環境システム学部野生動物保護管理学研究室 教授◆大泰司紀之

わが国には沖縄島に数頭のジュゴンが生息しているが、その絶滅は時間の問題と言える。
琉球列島の世界自然遺産登録を目指すためにも、
亜熱帯沿岸海域の生物多様性再生の一環として、
フィリピン~台湾~八重山諸島~沖縄島に到る、ジュゴン再生ネットワーク作りが必要である。

絶滅に向かいつつある東南アジアのジュゴン

1998年、三重大学の粕谷俊雄教授らは、航空調査と海草藻場での食痕調査に基づいて、沖縄島沿岸に「2桁の少ない数」のジュゴンが生息すると発表した。そのために、少なくとも十数頭、あるいは20~30頭のジュゴンが沖縄島に常住すると考えられていた。しかしその後の環境省による調査データから、現在生息するのは最低3頭、おそらく5~7頭であろうと私は見積もっている。

筆者は2001年からジュゴン調査に関わったが、沖縄島北部のジュゴン生息地の海草藻場は縮小する一方である。陸での土木工事などによる赤土が海草藻場を埋める一方、海の濁りが海草の生長(光合成)を妨げている。沖縄に限らず、われわれのジュゴン調査の6年間は、ジュゴン絶滅のプロセスを追うかのようであった。

図1のジュゴン分布図には、近年の絶滅海域も含まれている。まず数頭になった沖縄のジュゴンは、繁殖して群れを維持するのは困難である。台湾の太平洋側の離島には海草藻場があり、フィリピン-沖縄間のジュゴン移動の中継地であったと考えられるが、見られなくなって久しい。海南島ではわれわれが最初に訪ねた2003年に羅網死した個体が1例あったが、その後情報はない。同島のかつてのジュゴンの餌場は養魚場に変わり、あるいは排水による汚染がひどく、海草がなくなったほか、魚も住めなくなってきている。そしてフィリピンでも、開発が進んだ中部からの生息情報はなくなり、生息域は南北に分断された。

世界のジュゴン生息数はオーストラリアに8万頭、その他は合わせて2万頭とされてきた。オーストラリアでは保護されているが、「その他」の2万頭は、その後、数千あるいは数百頭となっているかもしれないほどである。

八重山諸島はジュゴン分布の中心であった

われわれ文科省の科学研究費補助金(2002~2006)によるジュゴン研究グループは、環境省や水産庁による調査と連係して研究を進めてきた。環境省は沖縄島の航空センサスによる個体数調査や海草調査などに取り組み、水産庁では、ジュゴンの定置網への羅網を防ぐために、「ジュゴンの声」を捉え、位置を特定する方法などを開発した。

科研費による調査では、フィリピンのダバオ湾に調査適地を見つけ、ジュゴンが月齢周期を持って餌場に現れることや、接餌の量などについて新たな知見を得た。1日に数回、数頭の群れが観察塔のすぐ近くで観察できることから、エコツアーを行おうと地元関係者と打合せを進めている。琉球列島の調査では、奄美大島に2002年に来遊が確認されたもののその後情報はなく、沖縄島以外では、「昔いた」という聞き取りばかりである。

八重山諸島の新城(あらぐすく)上地島・下地島(図2)の御嶽(うたき)には、奉納されたジュゴン頭骨(図3-左)がある。御嶽は、地元住民もお祭りの折以外は近寄ることさえ許されない聖域である。奉納骨は触れるどころか見ることさえはばかられる。しかし奉納骨の調査は、ジュゴンの保全や分布の再生のために不可欠である。われわれは2002年以来、5年がかりで地元(元島民)の理解・協力を得ることができた。奉納頭骨の解析(図3-右)により、八重山にはかつて200頭を超すジュゴンが生息し、毎年新城島民によって、数頭から十数頭捕獲されていたことなどが分かりつつある。

■図3
新城下地島(七門御嶽)の石積上に奉納されたジュゴン頭骨片(左)と、それらを同定しての組立作業(右)

新城島では、水不足で水田が作れないために、税としてジュゴンの干皮(削って宮廷料理に使う)を琉球王朝に納めていた。他の島の島民がジュゴンを捕獲すると厳しく罰せられた。それが明治34年の人頭税廃止近くまで続いたが、その後の乱獲によって大正初期にはほとんど見られなくなった。ジュゴン捕獲数を記録した沖縄県の水産資料により、明治28年から大正2年までに約230頭のジュゴンが八重山で捕獲されたと推定される。同統計による琉球列島の他の海域での捕獲は少ないことからも、かつての沖縄のジュゴン分布の中心は八重山にあったと考えられる。八重山には海草藻場が各地に残されており、戦後の食糧難の時期、戦時中に個体数が回復しかけたジュゴンの密猟が続けられた。

世界自然遺産「海域管理計画」を目指してのジュゴン再生

琉球王朝は毎年の捕獲数を一定に抑えることによって、八重山のジュゴン個体群を「保護管理」してきたと言える。シカなど草食獣の近代的な管理方法と同様である。増えすぎると餌場を縮小させて個体数を減少させるので、「間引く」のが賢明な「資源」管理法である。アボリジニの住むトレス海峡(図1)の島々では、今なおジュゴン猟が行われており、生息する約2万頭のうち、約1,000頭が毎年獲られている。目下、知床世界自然遺産科学委員会では、わが国最初の海域を含む自然遺産に対して、「多利用型総合的海域管理計画」を作成中である。そこでは、本ニューズレター141号で北海道大学の桜井泰憲教授が述べているように、わが国特有の、漁業者による海の資源管理を基本としている。

次の世界自然遺産候補地は、小笠原諸島に次いで琉球列島である。わが国は世界一生産性が高くて資源量が多く、生物多様性に富む排他的経済水域(EEZ)を持っている。世界遺産登録を目指して、世界に誇れる海域の保全の先進例を作っていきたい。

琉球列島を世界遺産とするには、亜熱帯沿岸海域の生態系を保全し、生物多様性を維持する必要がある。その要素としてジュゴンは欠かせない。フィリピン・台湾と協力して、フィリピン~台湾~八重山~沖縄島と結ぶジュゴン再生のネットワークを作りたいものである。(了)

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