Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第158号(2007.03.05発行)

第158号(2007.3.05 発行)

インタビュー 新たな海洋立国を目指して

衆議院議員◆石破 茂
聞き手=海洋政策研究財団常務理事●寺島紘士

国連海洋法条約という国際協調の枠組みができたが、
わが国には海洋を巡る諸問題にどう対応すべきかを定めたシステムがこれまでなかった。
わが国が海洋国として国際社会においてリーダーシップを発揮するためには、
行政のシステムを変える必要がある。海洋基本法の制定にむけて、
関係各省庁を含めた意見調整作業の最終段階に入っている。


平成18年4月より10回にわたって、わが国の海洋政策のあり方について、海洋基本法研究会による議論が行われ、「海洋政策大綱」と「海洋基本法案の概要」がとりまとめられました。この研究会で座長として議論をリードしていただいた石破衆議院議員に、研究会の審議についてのご感想、海洋基本法の制定に向けての今後の見通しとともに、わが国が目指すべき新たな海洋立国のビジョンについて伺いました。(2007年1月22日収録)



いま問われている、海洋国家としての姿勢

―わが国は海に囲まれた海洋国ですが、最近、海でいろいろな問題が起こっています。これらをどのようにお考えでしょうか?

「東シナ海のガス田開発をめぐって中国と、あるいは竹島周辺の漁業をめぐっては韓国と立場を異にしているが、わが国には、わが国としてこれで臨むのだという統一した姿勢がまったくみられない。外務省、資源エネルギー庁、水産庁、海上保安庁、あるいは海上自衛隊、それぞれがそれぞれの立場でいろいろな行動をとり、意見を述べているけれど、国家として海洋を巡る問題にどう対応すべきかを定めるシステムが見あたらない。そのために、それらをきちんと定めている中国や韓国に遅れをとる場面が多々生じています。国連海洋法条約ができたときから、諸外国はそれに対応した国内の法制を整備し、国家戦略を定めて着実に手を打っている。それに対して、わが国は縦割り行政で、そしてまた戦略のない場当たり的対応であるため、国益を大きく損なっています」

―海運についても問題が起きています。

「わが国では物資輸送のほとんどを海運に依存しているにもかかわらず日本籍船がきわめて少ない。日本人船員も激減している状況です。これは船員の給料が高いからとか、船に掛かる高い税金を逃れるために便宜置籍船にシフトしているからと聞いてきました。

ところが、イギリス、ドイツにおいても自国民の船員の給料、船の税金などの状況はわが国と同一だったが、近年、とくに税制の面において自国籍船あるいは自国船員を確保できるような手法が講じられてきています。その差が歴然としていることを知って、私はこの状況をなんとかしなければいけないと痛切に感じています。

旗国主義ですから、自国籍船が攻撃された場合には、旗国がそれを守るということになります。ところがそれがパナマとかリベリアの旗を掲げていた場合にどうするかということです。

国会答弁ベースでは、運んでいる物資がわが国にとって死活的に重要なものであれば、総合的に勘案して・・・、となっているが、いつ誰がそれを判断するのかということが問題になります。シーレーンで商船隊を防衛するということになれば、海上警備行動をかけなければならないけれど、そのときにわが国にとって死活的に重要かどうかを総合的に判断すると言われたって、それは何も言ってないのと一緒ですね。そんなことが起こるわけがないと高をくくっているような気がするのです。同じ海運国であるイギリスなどはそうは思ってはいない。だから自国船員、自国籍船を増やしている。わが国はそこが大きく国際常識とかけ離れているのではないか。

先の大戦でわが国が負けた大きな要因の一つに、商船隊が全滅し、資源の輸入が途絶したということがあります。当時、帝国海軍は『商船護衛は腐れ士官の捨てどころ』などと言って、徹底的に軽視したわけです。結果として、帝国海軍軍人よりも商船隊の船員の方がたくさん亡くなったのです。大臣のときに有事法制を成立させましたが、先の大戦において、沖縄、東京、広島、長崎・・・、あれだけ多くの民間人が亡くなった。民間人を守るという発想が欠落したがために多くの国民が死んでいったのだから、戦後すぐに有事法制、国民保護法制に手を着けなければいけなかったのに、有事法制は60年たってようやくできた。そのこととこれは相通じているような気がしています」

―最近対馬など日本海沿岸に大量のゴミが流れ着いて、自治体がその処理に悲鳴を挙げています。

「われわれは日本海側なのでとくにそう思います。医療、漁業その他の廃棄物、中には有害なものも含まれている。それらが大量に漂着をして、漁業、環境、あるいは観光にも深刻な影響を与えていて、それはもう自治体はたまらないですよ。誰がこれを除去してくれるのか。国が費用を持つわけじゃないし、原因者が負担するというシステムもないわけです。結果として自治体が負担をしている。自治体、住民としてはなんとかしてくれと。これが放射性物質であれば条約もあるでしょうけど、例えば医療廃棄物のようなモノだとそれに応える国際的な枠組みが形成されてない。これらに対する国際的な秩序をわが国が先導してつくらなければならないと思います」

海洋基本法の法案提出に向けて

―昨年の4月に政治家、海洋各界の有識者、海洋関係の各省庁が参加する海洋基本法研究会がスタートし、10回に渡る議論を経て12月に「海洋政策大綱」と「海洋基本法案の概要」がとりまとめられました。座長として議論をリードし、とりまとめにご尽力いただきましたが、どんなことをお感じになられたでしょうか。

「政治家を20年やっていますが、これまでは、議員立法といってもお役人が書いて、省庁間の調整が困難であるという理由で議員立法の形をとったものがほとんどだったと記憶しております。

しかし、今回の場合は、有識者、学界でもトップの先生方、あるいは国交省、外務省、水産庁、防衛庁等、海洋関係各省の第一線の局長・課長クラス、また本当に海洋について造詣の深い政治家の方々が研究会に出席して濃密な議論を交わし、また海運・水産・石油・土木建設の業界からも意見を頂戴して、大綱・法案の概要をとりまとめた。海洋政策研究財団に大変なお骨折りをしていただいてここまで来たのですが、これは私の知るかぎり本邦初で、まったく新しい法律の作り方がされた、そこにも大きな意義があると思っています。

また自由民主党・公明党の与党のみならず、野党である民主党も加わったということにも大きな意味があります。これから実際に法案提出のプロセスに入ってゆくわけですが、あれだけの議論を踏まえれば、各党における議論も非常にスムーズにいくだろうと思っています。

議員立法の場合は、議員は必ずしも専門家ではないし、そんなにスタッフをもっていないので、あまり機能しない法律ができることもままあるわけです。だけど今回の場合は、私の知るかぎりパーフェクトに近い形で議論が積み重ねられて、その成果として大綱・法案の概要ができた。今後の法案の国会提出においても、あるいは提出後の審議においても非常に有意義に作用すると思います」

―海洋政策大綱、海洋基本法案で先生の強調したいことはどのようなことでしょうか。

「相反することをいうようですけれど、国際協調の中において、いかに国益を確保するかということだと思います。今までは、それぞれの省庁益、あるいは業界益を超えて、国益を正面に見据えて政策が立案されたということはあまりなかったのではないか。

一口に国際協調というけれど、中国のように、国境は国益に従って伸縮自在であるという『戦略的辺境』、日本人が想像も及ばぬ考え方をもっている国が相手では、国際協調と国益の確保というのはそんなに易しいことじゃないですね。

そのためには、海洋の秩序は島国から海洋国家へ変貌してゆくわが国が作ってゆくのだという気概が必要だと思います。それを支えてゆくのが、科学的知見、科学技術、経済力、国際法的な感覚。もう一つが安全保障で、これは海洋の安全保障の法体系であり、能力です。

わが国は、そういうパーツパーツは世界有数のものをもっているが、それを総合的に使っていく戦略がなかった。それらを国益に即して束ね、もって海洋秩序の形成をわが国が先導して実現してゆく。これが海洋国家たらんとする日本の気概だと思います」

海洋政策でリーダーシップを発揮できる、新しい行政組織を

―国連海洋法条約という国際協調の枠組みができ、わが国が科学技術力や経済力を活かして外交、安全保障などの政策を進めてゆくうえで、非常にいい環境が整いつつあると思います。今後、いかにしてわが国がリーダーシップを発揮していくのでしょうか。

「この海洋基本法は、まさしく海洋に対する理念とはこのようなものだとの基本を謳い、それを実現するための手法として基本計画の策定等を定めるとともに、リーダーシップを発揮するために行政のシステムを変えるという構成になっているわけです。『リーダーシップを発揮できる行政組織』というのが大きなポイントになると思っています。

今までは、海に関することは、さまざまな省庁の各局にばらばらになっていて、例えば、海洋に関する国際会議に日本からは誰が出るかについて積極的・消極的に揉めた挙句、結局出る人がいないなどということがままあった。他の国はそういうことをきちんと調整するための責任をもった組織がある。

海洋庁をつくって海洋大臣を置くというのが一つの理想型かもしれないけれど、それだけで何年もかかる議論ですから、それぞれの施策の実施は各省庁がやることにして、基本的な方針を定め総合調整を行う組織を、最終調整権限を持つ内閣官房に置くべきだ、というのが今の私の考えです。『総合海洋政策会議』みたいな会議をつくり、それを司令塔として基本政策を立案し調整を行う役割を果たすことがリーダーシップの確立に繋がるのではないかと考えているところです」

―海洋基本法制定に向けての今後のスケジュール、見通しについてお聞かせください。

「現在、法律案の細かな条文にいたるまで、関係各省庁を含めて意見調整作業の最終段階に入っています。私は、各省庁の皆さんに『こうすれば海洋政策がスムーズにいくという仕組みは何なのだ、省庁の仕組みを離れてやってくれ』といつも申しあげ、担当課長たちもそういう思いでやってきてくれたと思います。省益ばかり主張するようなことがないので、話していても非常に清々しい感じがしています。

自由民主党は、先般開催した党大会において海洋基本法を制定するということを平成19年の運動方針の中に掲げ、今国会に提出するという基本的なコンセンサスの下に強い決意をもって臨んでいるところです。法律案は、私が委員長を務める自由民主党海洋政策委員会のワーキングチームですみやかに議論し、条文化された時点で海洋政策委員会に諮り、政審、総務会を通して党議決定することになります。

公明党も歩調を合わせてくださると思います。民主党でもこの分野に造詣の深い方々が担当しており、問題認識は同じであると考えています。与野党が対立する問題ではなく、本来は一緒にやるべきものだという意識をシェアしていると信じています。民主党にもなるべく歩み寄っていただき、自民、公明、民主の3党共同提案ができれば一番望ましいと思います。今国会には他にも重要な法案が並んでおりますし、会期終了後に参議院選もあります。それだけに、いままで各界の方を入れて濃密な議論をやってきたことが生きるのではないかと考えています」

新しい海洋秩序の先導を目指して

―海洋基本法成立後のわが国海洋政策の展開についてお考えをお聞かせください。

「国連海洋法条約に書いてあるのに国内法が整備されてない、ということが多いですね。まず宿題を片づけるところからやらなければならないと思っております。要はこれまではその場しのぎで、いよいよ仕方なくなってきてやっと国内法を整備する、という手法でやってきたわけです。国連海洋法条約に書いてあり、アジェンダ21で指摘されていたことであってもさぼっている。まずはこれを片づけるところから始めないと大口は叩けないわけですから。

それと並行して、わが国と世界にとって望ましい海洋秩序とは何なのかという議論を行うことが重要だと思います。海洋国家を目指そうとするなら、わが国として世界の海洋秩序をこうしたいということを明確化し、それを国連総会の場においてきちんと提示できることが大事だと思います。『わが国は金は出すが、実際はあなたがたがやってくれ』というのはダメです。すぐ集団的自衛権行使云々という話が始まるけれど、基本的に海洋秩序維持については自衛権というより警察権の問題だと思っています。関連国際法的な整備をきちんとしながら、わが国として何ができるのかということを示していかなくては、新しい海洋秩序の先導などできないと思います。わが国が法的に、そして能力的に何ができるのかということを常に検証しつつ臨んでゆく、それが新たな海洋国家としての姿勢を決めるのだと考えます。

海の問題は、それをやってゆくことが国際関係を実りのあるものにする、外国との付き合いをうまくゆかせるという要素をもっていると思います。そういった意味で、まさに海洋政策は安全保障と共同歩調でやる必要のあるものです」

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