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Ocean Newsletter
第14号(2001.03.05発行)
- 東京大学名誉教授◆小山健夫
- ジャーナリスト◆野中ともよ
- 筑波大学大学院経営政策科学研究科博士課程2年◆合田浩之
- ニューズレター編集委員会編集代表者((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原裕幸
海事社会の相互協力
東京大学名誉教授◆小山健夫海に関する分野は極めて広い。各分野で研究や事業活動が行われているが相互理解の面で極めて不十分な状態にある。時代の変わり目にあたり従来の枠組みを超えた相互協力が望まれる。海事クラスター(※)はその一環であろう。
海事クラスターの成立に向けて
年末年始にかけネパールへの観光ツアーに参加した。朝日に染まる紅の峰々、段々畑の続く山村を縫いながら数百年は経っていると思われる山麓の道を辿る老年向きトレッキング等期待通りの素晴らしさであったが、なんと言ってもヒマラヤの山々を飛ぶマウンテンフライトが圧巻であった。カトマンズ空港を飛び立ってしばらくすると雪を頂いたヒマラヤ山脈が現れ、東へ針路を取りエベレストを通過したところで折りかえした。復路は来た道をカトマンズからさらに西へ進み、マナスルを右に見ながらアンナプルナとマチャプチュレの麓の町ポカラに着陸した。
雲の上にそびえ立つヒマラヤの山々の姿は神々しくも荒々しくもあり、太平洋の荒波を想起させる。エベレストの頂上近くを横に走る黄色の地層(イエローバンド)もはっきりと見えた。海底に堆積した地層が隆起したものと聞いていたが、目の当たりにすると感慨もひとしおである。かつてインド亞大陸はユーラシア大陸とは離れていたが、プレートの移動により衝突し、その結果ヒマラヤ山脈ができあがったと説明されている。それにしても海底にあったものが今や世界最高点に押し上げられているとは。しかもエべレストは未だに年間15cmの隆起を続けていると言う。繰返し発生する氷河期はこれより短い周期の地球活動であり、気温の変化による海面変動は200mにもおよび現在の大陸棚を形成している。海を理解する、地球を理解すると言う意味ではあまりにも知らない事が多い。
人類の起源以来われわれは海の恩恵と脅威を受けてきた。水産・海運、それを支える造船や港湾は長期にわたり産業として継続している。海に限らず水を治めることは多くの国にとり第一義的な治世である。オランダの干拓事業は有名であるが、彼らに言わせれば干拓という言葉は正しくなく、かつて海に奪われた国土を復活しているという言い方が正しい。10年、30年、100年の国土復活計画を持ち小学生のころからその内容を教え込まれている。回復した土地には昔の町名がつけられ、国民こぞって復活を祝うという息の長い事業である。日本という国は、年間50億トンに及ぶ世界海上輸送量(図表参照)の18%が日本を対象とするという一大海運国であり、海を通じて世界とつながる事によって成り立っている国である。造船も過去40年あまりにわたり建造量世界一を続け、韓国と共に世界市場を2分する立場にある。このように海を利用すると言う観点からは世界的に大きなポジションを占めながら、国全体としては海洋国家という意識が強いとは言えない。
昨年の海運白書で海事クラスター論が提示され話題になった。海事クラスターは欧州各国で行われている活動で、海に関係する各セクターが協力し合い新しいサービスを生み出し、あるいは雇用を拡大する成果を挙げている。海に関係するといってもプレート移動や氷河期の問題、最近では地球温暖化やオゾンホール拡大問題などの地球科学的・環境学的課題から、日常の経済活動に密着した海運・造船・水産・海洋開発まで幅広いスペクトルを持つ。これら各分野の人たちがそれぞれの立場で海を語っても始まらないのではないかと思われる。しかし、経済活動密着分野においても環境問題は重要な関心事であり、また、経済活動自体が大きな構造変化を果たしつつあるため、案外広い意味での海事クラスター成立は極めて今日的な問題であるかもしれない。
■海上輸送量の推移
年 | 日本輸送量 | 世界輸送量 | 比率 |
---|---|---|---|
1994 | 8.28 | 45.06 | 18.4 |
1995 | 8.54 | 46.87 | 18.2 |
1996 | 8.53 | 48.59 | 17.6 |
1997 | 8.78 | 51.07 | 17.2 |
1998 | 8.31 | 50.70 | 16.4 |
経済構造の変革と海事クラスターの関連
人類は自給自足の状態から始まり、分業による生産、交換のための流通により効率化を進めてきた。しばらく前までは生産システムは規模の経済を求めて巨大化するとともに、より強固な基盤形成のため製品企画・製造技術をその中に囲い込む努力を続けた。ところが1980年代からこの構造の変調が始まる。製造技術の高度化により人類は生産能力の限界を打ち破ってしまい、必要とする以上のものを作る事ができるようになった。IT革命の一面でもあるが技術の囲い込みの意義が薄れ始め、技術は自分の中に求めるよりも外部に求めた方が効率的であるという事に多くが気付き始めてきた。
産業の海外移転の例がわかりやすい。当初は技術レベルが高くないと思われる製品について労務費の安い途上国への生産拠点の移転が始まったが、実施してみると思ったよりも容易に技術移転を行う事ができる。より高度な製品を試してみるとやはり順調に移転できる。周到な準備さえ行えば、生産拠点の移動は困難ではないという事が次第に明かとなってきた。今や生産コストはかつての常識では信じられないレベルにまで下がってきたが、これは単に労務費の安さのみで説明できるレベルではなく生産体制の問題であると考えられている。周到な準備とは生産現場の準備だけではない。材料調達から製品の流通段階まで、すべてが総合的に管理される事によってこの状態が達成できる。
生産と流通の分業構造から独立して資本が形成されたように、今「企画」の部分が独立しようとしている。固定した組織の中での技術蓄積が組織を離れ、より広い顧客を対象とする活動に移り始めている。広い意味でのサプライチェーンマネジメントであると言って良い。技術が生産や流通の枠内にあった間はその枠に縛られその立場からしか物が見えない。海の関係で言えば、造船はもはや国内では成り立たない、今や海洋開発の時代であるというような文脈が見られる。海運についても同じような語り口がなされる。このように製品市場と技術を一蓮托生的に捉えるところに誤りがある。高賃金の日本では困難になりつつあるということと技術そのものの価値が失われるということは本来無関係である。海運造船そのものは世界にとっても日本にとっても依然として必須の技術である。
企画機能に求められる能力は、独自の高い専門性の上に世界中誰にも負けない力を蓄えていること、いわゆるコンピテンスである。同時にユーザーの期待を十分に理解し、協働する他分野の同僚とのコミュニケーションの能力である。現在日本は多くの分野で閉塞状態にあるが、その最大の原因は個人も企業も従来型の枠の中に閉じこもりその中で不毛の努力をしているところにある。国内法規もそれを助長するような制度になっている。追いつけ追い越せの時代にはその仕組みがシステムをチューンアップして効果的に働いたものの、時代の変化によりそれが邪魔になっている。これが世に言う規制緩和である。科学技術の世界でも色々な面でその悪影響を反映している。一蓮托生的発想から脱却し企画機能の開花に向けて「海に関係するすべての分野」で自由闊達な協力が始まる事を望みたい。(了)
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