Ocean Newsletter
第149号(2006.10.20発行)
- 日本郵船株式会社顧問◆平野裕司
- 港湾空港技術研究所 研究主監兼津波防災研究センター長◆高橋重雄
- 慶應義塾大学経済学部専任講師◆河田幸視(かわた ゆきちか)
- ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌
魚食と肉食から自然の利用を考える
慶應義塾大学経済学部専任講師◆河田幸視(かわた ゆきちか)そもそも自然の一部である人類は、自然を使わなくては生存できない。
したがって、自然を持続的に利用することは、人類が持続的でいられるために必要不可欠なことである。
問題となるのは使うことではなく、使いすぎや使わなすぎであり、
魚食や肉食のいずれにおいても自然界における資源のバランスを踏まえて利用すべきと考える。
はじめに
人類はいまや60億人を超えて、なおも増加しています。他方で、水や土地、あるいは食料は不足気味であり、今後、自然の利用の仕方にはますます留意が求められるはずです。そこで、魚食と肉食を取り上げつつ、自然の利用について述べたいと思います。
そもそも人類がこれほど増加したのは、雑食であるためと私は思います。人類と同様に生態系の頂点にいる大型肉食獣は、捕食する動物の数に制約されますが、人類は雑食のために、この制約を免れたのではないでしょうか。このように、人類にとって食料の選択肢は多いわけですが、多い分だけその選び方にもっと慎重であるべきかもしれません。
使いすぎと使わなすぎ


私たちの祖先は実に様々な生き物を食べていたことが、各地の遺跡の出土品から伺い知れます。魚類もかなり利用し、フグの骨が出土することもあるそうです。獣ではシカとイノシシがメインであったようです。こうした自然の恵みの利用は、近年に至るまで続いていました。特に戦後しばらくの間は、食料難から、鯨肉に加えてジビエ※1の肉が大いに利用されたと聞きます。
ところが、ここ数十年の間に様子が変化しました。2003年の『漁業白書』によると、2002年の一人あたり魚介類消費額は32,646円、肉類は23,439円ですが、その内容には違いがあると思います。魚介類は天然物が志向されやすいのに対して、肉類で天然物が選択されることはほとんどないということです。
これは、その背景にある、天然魚やジビエの生息数と少なからず関わってきます。天然魚は「使いすぎ」のために枯渇が危惧され、ジビエは「使わなすぎ」が一因となって数が増えすぎ、様々な問題が発生しているわけです。
■ジビエの利用が積極的におこなわれているラトビア国の事例実際、世界中の海域で天然魚の枯渇が心配されています。海中を遊泳する魚の数はカウントできませんし、数が減少することは自然な成りゆきかもしれず、漁業による天然魚の枯渇説に対して懐疑的な意見があります。原因はともかく、減少していると見るのは一般的のようです。FAOが2005年に出したレポート(Review of the state of the world marine fishery resources)によると、2004年時点で、すでに十分な量の漁獲をしているか獲り過ぎである割合は77%を占めます。日本についても、水産庁のTAC※2のサイトを見ると、2004年時点で資源状態が中位か低位の魚種は調査対象の85%を占め、資源の変化が横ばいか下降している魚種は89%に達しています。
さらにこうした魚の一部は、家畜飼料としても利用されています。総務省統計局のサイトで提供されている『日本の長期統計系列』のデータを用いて、1981年から2000年の水産加工品(飼肥料)、国内産飼料供給量を計算すると、年平均966千トンと11,724千トンで、約9%の飼料は水産物由来であると考えられます。ジビエを利用せず、代わりに家畜を育てるために、実は天然魚を利用しているわけです。
他方でジビエでは、個体数の増加がしばしば問題になっています。わが国では、ジビエの長期的な個体数推定値は存在しないようですが、シカやイノシシは増加傾向にあると考えられています。こうしたジビエと人間との軋A植生改変、農林産物の採食(人間から見れば被害)、自動車・列車事故などの形で現れています。
適度な利用
ところで、環境や自然の問題になると、人が利用することがさも問題を引き起こしているようなイメージがあります。しかし、上にみた魚食と肉食の現状が示唆するように、問題となるのは使うことではなく、使いすぎや使わなすぎです。つまり、適度な利用量がありうるということです。そもそも自然の一部である人類は、自然を使わなくては生存できません。だから、自然を持続的に利用することは、人類が持続的でいられるために必要不可欠なことです。
しかし、天然魚の利用はそうではありませんでした。1967年の『世界漁業白書』が指摘するように、私たちは特定の魚種を枯渇させると、次の魚種に移行してまた枯渇させるという利用の仕方をしてきました。私は日本沿岸のフグ類を調査したことがあり、詳しくは『漁業経済研究』という学術誌で発表したのですが、そこでもカラスフグやマフグ→トラフグ→マフグ→サバフグ類のように漁獲の中心が移行する傾向がありました。これらのフグをすべてはじめから適度に利用していれば、長期的に多くのフグが枯渇する事態に陥ることはなかったと考えられます。
天然魚やジビエといった自然資源の適度な利用のあり方について、様々なルールを考えることができるでしょう。ひとつは、いま述べたように、特定のものを集中して利用するのではなく、複数のものを適度に利用するということです。このルールに照らすと、今の魚食と肉食のあり方は、「適当ではない」と、私は思います。天然魚の利用しすぎを抑え、ジビエなどの未利用・過少利用になっている潜在的な食材の利用量を増やすことによって、今のような使いすぎと使わなすぎの問題が緩和されると思います。
それから、短期間のうちに利用量が急変して、自然がその変化に対応できないことが、やはり問題となります。世界の漁獲量も日本の漁獲量も、ここ数十年の間に大幅に増加し、ジビエの利用量は逆に減少しました。そうした変化が、自然が対応できる速さや範囲を超えて起こることが問題になるわけです。
この問題は、言い換えれば、長期的な視野に立つ利用がなされなかったということです。このため今後は、短期的な社会・経済情勢の変化に頑強な管理のあり方を模索する必要があります。そのためには、選択肢は多いほど良いわけです。天然魚が不足しても、他の食材に頼れる状態に移行することが、長期的に安定的な社会の構築につながるのではないでしょうか。
もちろん、そのためには課題が山積しています。ジビエなどの未利用・過少利用になっている潜在的食材に対する人々の理解や評価を高める必要があり、そうした食材の利用に関わる法的規制にいかに対処するかなど、枚挙に暇がありません。わたしたちの行動の多くは習慣に依存しています。今後、こうした食材を利用する習慣が形成されること、また、その過程で諸々の課題が解決され、自然の恵みの使い方がより望ましい形に移行していくことに期待したいと思います。(了)
※1 ジビエ=主に、鴨、鴫、鳩、キジ、ウサギ、鹿、イノシシ等。本来ジビエとは野山で育った野鳥や野生獣で狩猟されたものであるが、一部のジビエは飼育も行われ、半野生のジビエもある。
※2 TAC=「Total Allowable Catch」の略で、魚種ごとに漁獲できる総量を定めることにより資源の維持または回復を図ろうとするもの。水産庁のTACのサイトは以下のとおり。http://www.jfa.go.jp/tac/whattac.htm
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