Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第149号(2006.10.20発行)

第149号(2006.10.20 発行)

沿岸災害の疑似体験と海のモニタリング・調査~21世紀にふさわしい次世代沿岸防災~

港湾空港技術研究所 研究主監兼津波防災研究センター長◆高橋重雄

「天災は忘れたころにやってくる」と言われている。21世紀にふさわしい沿岸防災では、
来るべき災害を具体的に予測し、市民がそれを疑似体験できるようにして忘れないことから始まる。
また、市民と行政がその情報を共有し、その対策を考えるとともに、
リアルタイム情報に基づく精度の高い警報によって避難等の行動を的確に行えるようにする必要がある。
そのためには、海に関する精度の高い豊富なデータが必要であり、
海の定常的なモニタリング・調査が不可欠である。

頻発する沿岸災害

写真1は、昨年の8月26日に米国のメキシコ湾岸を襲ったハリケーン・カトリーナによる災害写真の例である。ハリケーン・カトリーナは米国史上最悪の自然災害となったことは記憶に新しいところである。一昨年の2004年12月26日にはインド洋大津波が発生し20万人以上の死者を出す、世界的な巨大災害となっている。2004年は、日本にとっても沿岸域で災害が多い年であり、10個の台風が日本本土に上陸し、高松や広島などに高潮災害を発生させている。その前年の2003年では韓国の釜山周辺でも高潮災害が発生している。また、つい最近では本年の7月17日インドネシアのジャワ島の南でM7.7の地震があり、津波が発生した。写真2は、ジャワ島のパンガンダランの海岸での津波災害であり、海岸付近の家々が津波やそれに伴って漂流した漁船によって倒されて、ここだけでも100名以上の死者となっている。

天災は忘れたころにやってくる

言うまでもなく、寺田寅彦先生の言葉であるが、世界を見渡すと最近では忘れる暇もなく襲ってきているというのが実感である。しかしながら、それぞれの地域で考えれば、やはり忘れたころに来襲している。インド洋大津波の災害を受けたスリランカでは、前の津波災害は神話の時代にさかのぼるといわれている。ジャワの今回災害を受けた地域では、2004年のインド洋大津波ではまったく被害がなかった。やはり、災害は忘れたころに発生するものなのである。

カトリーナから1年あまりが経った。米国では多くの関連行事が行われており、まだ記憶に新しい。インド洋大津波からは2年経ち、人々の記憶からは次第に消えつつあるのかもしれない。毎年、各地で防災訓練が行われ災害に備えているが、災害の記憶を呼び覚ますことが大きな目的のように思われる。しかしながら、自分が体験していない災害は、人々の記憶からは消え易いものである。

防災は災害を知ることから始まる―災害の疑似体験へ

■写真1:ハリケーン・カトリーナによる破堤と浸水
■写真2:ジャワ津波によるパンガンダランの被害
本年6月8日、ハリケーン・カトリーナの災害に関する日本セミナーを東京で開催した。この写真は、その時、米国海洋・海岸・港湾・河川委員会のB.Edge委員長が説明した写真である。

われわれは、「防災は災害を知ることから始まり、行政と市民が具体的な災害のイメージを共有することから始まる」と考えている。そのためには、人々が災害のことを忘れないことが出発点である。

最近では、報道の発達によって世界の災害を自分のことのように疑似体験できるようになり、とくにここ数年は沿岸の災害が頻発しているため、結果的に人々は多くの疑似体験をしている。とりわけ映像の力は大きく、例えばインド洋大津波で、津波がまさに人々を襲っている映像は、非常にインパクトがあり、市民が津波を知ることに大きく貢献している。

ただし、とられた映像がすべての津波災害と同じではない。それぞれの地域で想定される災害の様子がまったく異なることに注意が必要である。また、通常想定されているものと最悪のケースでも大きく異なることに注意が必要である。

港湾空港技術研究所、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、国土技術政策総合研究所、山口大学は、鉄道建設・運輸施設整備支援機構の基礎研究資金を得て、「津波災害のプロセスの把握とシミュレーションによる再現に関する研究」※1を開始した。これは、単に浸水だけでなく、建物の破壊など災害の具体的な様子を数値計算で再現しその結果の可視化などによって、各地域の市民が、その地域で予想される津波災害を擬似的ではあるが自ら体験できるようにすることを最終的な目的とするものである。実現には数値計算の高度化など多くの関門があり、ぜひ多くの海や防災の研究者・技術者のご協力を得たいと考えている。とくに、海の正確なデータが必要となっている。

海を知ること、そしてリアルタイム予測―次世代の沿岸防災

陸上のことはかなり調べられており、気象や地震データなどは多くの地点の豊富なデータが存在するが、海の中は残念ながらまったく不十分である。

各地の市民がより正しい津波や高潮の疑似体験をするためには、その発生や伝播の予測精度がより高いものでなくてはならない。そのためには、海底の形状や予測される海底変動、沿岸部の地形など詳細なデータが不可欠であり、海の定常的な調査が重要である。

また、津波や高潮の警報システムが充実してきているが、その精度を高めるためには、リアルタイムのモニタリング情報によるリアルタイム予測が不可欠である。海の定常的なモニタリングのより一層の充実を図るべきである。

現在は寺田寅彦先生の時代から1世紀近くたっており、体験した人だけに災害が分かり、その伝承にのみ頼る時代ではない。21世紀は、あらかじめ災害を具体的に予測し市民が疑似体験できる時代にしなくてはならない。また現在は、災害の発生をその時になって初めて知る時代でもない。リアルタイム予測技術の進展も著しく、事前にその発生や災害を的確に予測することが可能な時代とすべきである。 (了)

※1 http://www.jrtt.go.jp/business/research/project/06d-saitaku/body_06-saitaku.htm

第149号(2006.10.20発行)のその他の記事

Page Top