Ocean Newsletter
第147号(2006.09.20発行)
- 東京大学海洋研究所教授◆寺崎 誠
- 東京大学生産技術研究所海中工学研究センター教授◆浅田 昭
- 海洋政策研究財団特別顧問◆國見 昌宏
- ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌
中国の新港「洋山深水港」を訪ねて
海洋政策研究財団特別顧問◆國見 昌宏洋山深水港は昨年12月に上海沖に新港として開港した。
沖合の小島を連ねて港を造り、これを一直線に橋でつなぐという斬新な計画であり、
躍進を続ける中国をささえる国際物流の拠点としての発展が期待されている。
しかし、こうした発展の陰で、中国は環境汚染などさまざまな深刻な問題を抱えており、
日本がこれまで培ってきたノウハウを活用して日中の協力関係を深化させることができるはずと信じる。
洋山深水港について
5月26日上海で行われた第2トラック「日中海洋安全保障対話」の一環として、中国の発展状況についての理解を深めるため上海交通大学の関係者など中国側参加者と共に洋山深水港を視察する機会を得ました。
洋山深水港は上海地区の港湾の水深が浅く大型船の発着が困難なことから、今後の海上物流の発展を見越して水深の深い港を求め、沿岸はるか沖合の小島を連ねて港を造るという新たな発想で建設されたものです。
上海浦東国際空港近くを通る高速道路が海岸線に伸び、さらに水平線に向かって30キロ余りも一直線に走る東海大橋を渡ると杭州湾の入り口中央付近の小羊山など小さな島々を連接してできた新港「洋山深水港」北港区の第一埠頭に到着しました。上海のホテルを出て約1時間半、距離にして百キロ近くになります。新港の建設は02年6月に着工し、昨年10月中旬に第一期工事が竣工、同12月10日に正式開港しました。

黄土色の岩肌がむき出しになった小高い展望台に上がって靄に霞む港を大観します。長さ1.6キロの埠頭には赤いブリッジクレーンが9台並ぶ24時間稼動のコンテナ埠頭で、岸壁にはコンテナ船が何隻も係留され、クレーンが忙しく原色で彩られたコンテナの積み降ろしをしている横で、埠頭に山積みされたコンテナの輸送にあたる運搬用大型トラックが慌しく行き交っています。昨年の中国のコンテナ取扱量は約1,800万TEUで世界第三位ですが、08年には香港とシンガポールを抜いて世界第一位になると見込まれています。第一埠頭の東西では第二、第三埠頭の工事がすでに始まっており、西港区の工事も予定され、さらに拡大されるとのことです。最終的な出来上がりを想像すると、中国は洋山深水港を海の物流拠点とし、さらに4千メートルの縦横滑走路を持ち今後も拡張が予定されている24時間稼動の上海浦東国際空港を空の物流拠点として、双方を連接し、中国で最も経済発展めざましい上海を支える海・空の国際ハブとして、競争力を高めようとしていることが十分に理解できます。
中国の経済発展
中国は1970年代後半の改革・開放決定を受けて急速に経済発展を遂げており、過去20年間の経済成長率は平均9.5%です。最近10年間に国内総生産(GDP)が3.4倍に急成長し、昨年のGDPは英・仏を抜き、米・日・独に次ぐ世界第4位に浮上しました。そのGDP(約260兆円)は未だ日本(約533兆円)の2分の1弱ですが、今の成長率が続けば約10年で日本に並ぶと見られます。中国の昨年の貿易相手国・地域は、欧州(EU)2,173億ドル、米国2,116億ドル、日本1,844億ドルの順で、日本にとっても昨年の対中貿易額は対前年比12.4%増の24兆9,491億円(財務省貿易統計速報通関ベース)と、米国を抜いて2年連続で最大の貿易相手国になっています。先進国は半製品の組み立てなど生産拠点の多くを中国へ移しており、経済面で急速に日米欧と相互依存関係を深めています。
中国は過去50年間に世界で最も早い変化を遂げた国であり、今後も世界の工場としての発展が見込まれることから、10年後には世界最大の輸出国となり、21世紀は中国中心のアジアの時代になると言われています。
米国も、中国が強大な経済パワー・巨大市場であり米中の相互依存関係が深まっていることから、中国を「ステークホルダー(利害共有者)」とみなし「国際社会の責任ある一員」として建設的なパートナーになることを期待しています。一方で経済発展に伴う軍事予算の増大や急速な軍事力の増強に対し「ヘッジ」を掛けて、将来の危険に備える準備もしています。米中の経済関係では、人権など問題のある国などからなりふり構わず石油や資源を輸入する姿勢や知的財産権の侵害、貿易不均衡、人民元の対ドル政策など問題点も指摘されています。
経済発展の影
海岸から30キロ余り沖にできた洋山深水港ですが、揚子江の河口に連なるためか周辺海水の濁った茶褐色の色は変わりません。環境汚染が昨年の中国経済にもたらした損失額はGDPの約10%であるのに対し、環境保護に投じられた費用はGDPの1.3%にしか過ぎません。工場廃水の3分の1と生活汚水の9割が未処理のまま直接河川に流され、その84%が基準値を超える汚染水です。揚子江には工場廃水や生活汚水、農薬や化学肥料などに汚染された水が年間約256億トンも流入していると報じられています。かつて自然の生態系豊かであった小羊山など杭州湾の島々や小漁村が、中国の経済発展を支えるため「洋山深水港」として無味乾燥な新港に変貌したことは、時代の流れとはいえ感慨深いものがあります。
日中協力について
中国は経済発展に力を注ぐあまり、これまで公害や環境汚染対策など人々の生活の安全に直接関係する問題を等閑視してきた感があります。一方、日本は高度成長期以降現在まで公害や環境汚染対策に大変な努力を傾注し世界に誇りうる多くの成果を挙げてきました。いくつか例を挙げれば、飲料水の浄化技術や生活排水の浄化は言うに及ばず、工業廃水から油脂類や各種有害化学物質を除去して綺麗な水として還元する技術や、生活廃棄物処理場から公害(特に水や地下水への汚染)を発出させない技術もあります。化学肥料や農薬の低毒性化により河川や土壌など環境に与える影響も低減してきました。河川の汚染を定期的に測定し綺麗な水を取り戻す努力も行っています。船底や魚網に塗布していた有毒塗料を毒性の少ない塗料に変更することを世界に先駆けて提言し、海洋生物への影響の軽減に貢献しています。生活廃棄物の漂着による海水や海岸の汚染対策にも取り組んでいます。その他、工場の煙突などから出される排気を処理し綺麗な空気にする技術や、各種食品や野菜などの安全基準を定めた食生活の安心対策もあります。
これら日本の環境に関する技術を駆使し広く実施すれば、日中双方の利益になるに違いありません。中国の砂漠化対策や酸性雨対策に日本は協力できる力があるはずです。
中国は現在の日中関係を「政冷経熱」、その後「政冷経涼」と表現しています。日中が歴史認識や政治・安全保障面での対応を相互に軟化させ、互いの立場を理解することが必要です。そして公害や環境汚染対策などで日本がこれまで培ってきたノウハウを活用して日中の協力関係を深化できれば、中国の環境汚染が経済にもたらす損失額を大幅に軽減してさらなる発展が期待でき、かつ広くアジアの人々のより安全な生活を取り戻すことに貢献できると思います。(了)
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