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オーシャンニューズレター

第147号(2006.09.20発行)

第147号(2006.09.20 発行)

テロ対策としての水中セキュリティソーナーシステム開発

東京大学生産技術研究所海中工学研究センター教授◆浅田 昭

国際テロの緊張の高まる現在、沿岸域に隣接する大量のエネルギー物質、危険物質を
管理・運用する施設事業体、国、地方自治体は、地域周辺の住民に対し、
見えない水中からのテロの脅威に対しても自主的に安全管理する義務がある。
今まで監視することのできなかった水中を、音波を使って見えるようにする技術開発が求められている。

水中セキュリティソーナーシステムと必要性

近年、テロの脅威は増加傾向にあり、海に関わる国際テロ活動を鑑みると、日本沿岸にはテロの標的となりうる重要な施設が実に数多く存在する。石油化学関連施設、原子力発電所、港湾空港等の重要施設やLNG・石油タンカー等、大量のエネルギー物質、危険物質を管理・利用する施設は、例えば同量のエネルギーに相当する莫大な火薬を扱っているのと同等に管理を厳しく、監視するべきである。リスクマネジメント解析を行い、テロに襲われやすいか、襲われた場合の被害はどの程度かを考えれば、水中からの監視手段がないという理由は成立しない。周辺住民にもたらす危険を回避する社会的責任を持つ必要がある。これまで水中では、麻薬や武器の密輸、アワビやサザエなど高級海産物の密漁、有害物質の不法投棄等の海洋犯罪が発生しているが、現時点において水中の監視体制は地上警備体制に比べて脆弱な状態である。

第3期科学技術基本計画(平成18年?22年度)において、科学技術の政策目標に「安全が誇りとなる国」、戦略的重点課題として「社会国民ニーズ(安全・安心)」が掲げられている。文部科学省の科学技術振興調整費の重要課題解決型研究等の推進においても、安心・安全で快適な社会の構築のため、「犯罪・テロ防止に資する先端科学技術研究」がもうけられている。この一つとして、東京大学生産技術研究所海中工学研究センター浅田研究室の(海上保安大学校・(株)日立製作所・(株)東陽テクニカと共同で実施している)水中を監視するセキュリティソーナーシステムの開発が、採り上げられ進められている。これは、一般社会の中で起こる犯罪・テロを効果的に防止し、国民生活の安全を守る上で、これまで海洋環境、開発、航海、防災に使われてきた音響システムが海中の姿を捉える科学技術を、社会基盤施設の実用警備に応用する研究開発に視点を向けたものである。

水中を監視するセキュリティソーナーシステムの開発は、日本の沿岸に多数存在する社会基盤施設に対するテロ行為、および地上から可視困難な海中空間で発生する各種犯罪を防止するためのものである。隠密潜入する小型潜水艇、ダイバー等の危険な目標を音響により広範囲を効率的に探知する技術により遠距離から監視追尾し、近距離では高分解能の音響ビデオカメラにより目標を識別することにより統合的な監視を実現するものである。水中は見えないテロからの脅威に包まれ、恐ろしい犯罪は隠れて行われる。これらの脅威に対抗するには、見えないマントに覆われた水中を見えるようにすることが水中監視・安全確保のポイントである。

国際テロ組織はダイバー要員の訓練を行っており、世界中の石油関連施設、原子力発電所や港湾施設がテロ攻撃の対象になっている。日本も攻撃対象に含まれている。テロへの対応は世界先進の技術を導入し、国際共同開発を行うことが効果的である。実際にアテネオリンピックの会場監視に水中ソーナーの監視が採用された。米国のCoast Guardではセキュリティソーナーの装備・研究開発、また、水中の不審なダイバーを威嚇・浮上させて捕まえる手段の研究開発が行われている。2005年のロンドンサミットの同時発生テロを踏まえれば、2008年に日本で開催されるサミットの警備には、世界の首脳が会合することから、水中監視も含め米・英並みの世界先進の警備が必要である。

水中監視技術開発の多様な意義

■水中セキュリティソーナーシステム開発の全体計画

2001年に事件となった不審船には、爆薬、ロケットランチャー、水中ダイバー用スクーターが荷積みされていたことから、ダイバーテロを仕掛けるのに十分な機材を準備していたとも言える。テロは武器で直接攻撃する脅威と、平和利用の物質を危険な攻撃の武器に変える脅威を考えなければならない。例えば、1944年米国クリーブランドのLNGタンクの爆発事故に見るように、LNGのタンカーは貯蔵タンクに貫通口を開けられれば、大量のガスが気化、自然着火し、莫大な被害が発生すると懸念されている。緊張の日本周辺、イラクへの自衛隊派遣、拉致、不審船、日本人のテロ被害を踏まえて、テロ監視対策を強化しなければならない。

一方、水中を観る技術開発は海洋共通の利用価値を持つと言える。技術開発なくして、日本の自立、安全はないとも言える。セキュリティ技術開発は環境・自然科学、海洋工学の発展との相互作用を持つもので、ハイレベルの水中観察技術開発が日本の海洋立国としての柱となるように進めなければならない。厳しい海洋自然環境に囲まれた日本で通用すれば、世界に通じるソーナーの開発となるものである。

また、テロ対策のみならず、海難事故時の捜索活動や、投棄武器の捜索など、汚染された水中で作業するダイバーの健康管理のためにもソーナーを活用すべきで、ダイビング時間の短縮、ソーナーを利用した効果的な水中捜索など、ソーナーの利用技術を高めることが必要である。

音響ビデオ映像の研究は世界で始まったばかりであり、観測システム開発は今後の海洋開発にも大きな意義を持つものと期待される。ソーナー単体では実用価値が少なく、システム化することにより有効性を高められる。GPSや画像解析技術との結合により、音響映像が何処を映しており、何があるのかを解析することは、セキュリティのみならず多様な海洋分野の発展に寄与する共有技術として期待される。

日本に求められる研究

これまで日本の水中監視ソーナーの技術開発は欧米に比べるとかなり遅れていたのは否めないし、海洋技術立国の地位を失いかねない。これら水中映像ソーナーの製造技術は先進技術をしがみ付いてでもマスターし、日本の得意な、「洗練し応用する技術開発」にしばらくは専念し、応用利用研究面で発展させ世界をリードすることが国際共同研究としての役割と考える。

また、社会基盤施設の攻撃的犯罪に対する安全性の設計思想の欠如や、これまで日本社会は平和を盲信し、安全性よりも経済優先主義を採ってきたことを真剣に反省する岐路に立たされているのではないだろうか。(了)

●水中セキュリティソーナーシステムの開発についてhttp://unac.iis.u-tokyo.ac.jp/uwss/index.html

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