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オーシャンニューズレター

第145号(2006.08.20発行)

第145号(2006.08.20 発行)

水産エコラベリングを通じた、資源管理への消費者の参画

アミタ(株)持続可能経済研究所主任研究員◆田村 典江

現在、世界の水産資源は、環境要因による資源変動や生産者の資源管理の失敗と同時に、
国際的な水産物流通によっても危機的状況に追い込まれている。
ゆえに、水産資源の持続的利用のためには、資源管理への消費者の参画が必須である。
そのツールとして、近年、世界的な広がりを見せる水産エコラベリング制度について紹介し、
その現状と課題について分析する。

消費者参画による資源管理を

漁業資源に対する世界的な需要は、現在、増加の一途をたどっている。国連食糧農業機関(FAO)の資源評価によれば、世界の主要な漁業資源の約75%が極限まで開発されているか乱獲状態にある。水産物が世界人口を支える重要な食料源である以上、持続可能な漁業生産は世界共通の課題であるといえる。

資源枯渇を招く要因としては、環境要因による資源変動や生産現場での資源管理の失敗が注目されがちである。しかし、持続可能な漁業生産を達成するためには、現在の危機的な状況が、消費によっても加速されていることに注意しなければならない。適切な資源管理を行わない漁業者は、より安価に水産物を供給することができる。漁業の現場に思いを馳せることなく、ひたすら安価な水産物を買い求めようとする消費者の姿勢が、非持続的な漁業生産を後押ししているのである。そこで、効率的な資源管理の実践のためには、生産者だけではなく消費者が資源管理に参画できるような制度の構築が必要となる。そのひとつの手段として、水産エコラベリングがある。

水産エコラベリングの代表格・MSC認証制度の特徴

■図1 MSCラベル
MSCI0274
http://www.msc.org/

エコラベリングとは、ある製品やサービスの環境側面についての情報を表示する制度である。消費者はラベルを手がかりとして、自発的に環境保全に寄与する製品やサービスを選択することが可能になる。すなわち、市場を通じて環境負荷削減が推進されるのである。わが国では、エコマークや、古紙利用製品を対象とするグリーンマークがよく知られている。ラベル表示にあたっては、第三者機関による認証審査や書類による認定登録審査が必要なものから、ユーザーの自主的判断に任されているものまで、運用方法はさまざまである。

水産物を対象とするエコラベリングの代表格が、Marine Stewardship Council(MSC;海洋管理協議会)によるMSC認証制度である。MSCはロンドンに本部を置く国際的なNPO法人であり、持続可能な漁業を対象とする認証制度を運営している。認証を受けた漁業の漁獲物は、青色のMSCラベル(図1)を添付することができる(図2)。MSC認証制度には次のような特徴がある。

■図2 MSCラベルを付したサケ缶詰

第一に、「漁業の持続可能性」を多角的な視点から評価することである。MSC認証の規格では、資源・環境・社会の3つの原則が設けられている。したがって、たとえ資源状態が良好であっても、周辺環境に対して破壊的であったり、社会的秩序を守らない漁業は認証されることがない。

第二に、第三者認証として運営されていることである。第三者認証とは、認証と利害関係のない第三者によって認証審査が行われるしくみである。公平性・中立性の高い認証が可能であるとされ、ISO14001やISO9001の認証審査も第三者認証によって行われている。ゆえに、MSC本部は認証規格を作成し、認証審査を行う機関を認定するのみで、実際の認証審査はMSCとは独立した関係にある認証機関によって行われている。


第三に、漁業の認証に加えて、Chain of Custody認証(COC認証)と呼ばれる加工流通過程に対する認証規格を持つことである。認証を取得していない漁業から得られた水産物が製造過程に混入し、誤ってラベルを付されるようなことがもしあれば、消費者の選択を資源管理につなげることができない。そこで、加工や流通の各段階に対する認証が必要となる。漁業認証とCOC認証のチェーンによってはじめて、消費者が市場を通じて資源管理に参画できる経路がつくられるのである(図3)。

MSC認証の普及状況と新たな水産エコラベリングの可能性

2000年に最初の漁業認証が発行されて以来、認証を取得した漁業の数は拡大している。2006年6月現在、世界全体で18件の認証が発行されており、24の魚種がその対象となっている。認証を取得した漁業者の所在は、アメリカで6件、イギリスで6件、その他の国で1件ずつとなっている。認証対象となる漁業の規模や種類はさまざまである。たとえばアメリカではアラスカのサーモン漁業やベーリング海のスケトウダラ漁業など、大規模漁業が中心であるが、イギリスではテムズ川のニシン漁業のように小規模漁業の認証取得が多い。

現在までのところ、どちらかといえばMSC認証の普及は英米で先行しているといえる。しかし、現在、認証審査中の18の漁業には、日本の京都府機船底曳網漁業連合会のズワイガニ・アカガレイ漁業やノルウェーのシロイトダラ漁業などが含まれている。日本やノルウェーといった漁業国の動きは、今後のMSCの展開にとって大きな鍵となるであろう。

一方、消費者と直接相対する流通小売業界でも、MSCラベル製品は徐々に広まりつつある。先行するヨーロッパでは、すでに多くの流通・加工業者がCOC認証を取得している。また、2006年2月には、世界最大の小売業者であるウォルマートが、今後3~5年以内に天然魚の調達をMSC認証製品に限るという方針を発表し、話題を呼んだ。天然資源利用に対する世界的な潮流からも、今後同様に、水産物の調達方針に資源の持続可能性を掲げる企業はつづくであろう。

このように、MSCが現時点でほぼ唯一の世界的な水産エコラベリングとして各国を席巻するのに対し、FAOは2005年11月に、「海面漁業により漁獲された魚および水産物のエコラベリングのためのガイドライン」を採択した。先述したように、MSC認証制度は英米を中心に普及してきたため、その他の国の資源管理については、うまく適合しない部分がある。そのため、FAOのガイドラインに基づく新たな水産エコラベリングが普及する可能性は十分にある。一方、それぞれの地域の実情に合わせた規格が必要ではあるのだが、市場を通じて消費者を資源管理に参画させるという目的からは、複数のラベルが乱立する状況は望ましくない。漁業国であり水産物輸入大国でもあるわが国において、持続可能な漁業生産を達成するための手段として、水産エコラベリングは、今後、注目すべきツールであるといえよう。(了)


●(株)アミタ持続可能経済研究所
https://www.amita-hd.co.jp/news/mscmsc_coc.html

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