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オーシャンニューズレター

第145号(2006.08.20発行)

第145号(2006.08.20 発行)

ファームドキャビアの時代へ

宮崎県水産試験場小林分場長◆兼田 正之

チョウザメが絶滅の危機に瀕している。
国際的な保護の取り組みが行われているが事態は深刻である。
われわれの身勝手な都合で地球上からチョウザメを消してしまってはならない。
資源回復のための適切な保護策を推進していくためには、
世界有数のキャビア消費国としての責任ある行動の一環として、
日本のチョウザメ養殖に期待したい。

はじめに

「チョウザメの多くは海で育ち、サケのように川を遡り産卵します。ただしサケと違うのは、また元気に海まで戻り50年から100年も生きて何度も産卵することです」

「例えばベルーガという種類はとても大きくなり、体長5メートル以上で重さ1トン近くまで育ちます。ここにいるシロチョウザメも5メートル、数百キログラムほどまで成長する魚です」

このような話をすると、われわれの施設を見学に来ていただいた方々のほとんどが驚かれる。

絶滅しそうなチョウザメ

チョウザメは2億年以上前から地球上に姿を現し、動きの活発な今の魚たちが出現する前、あの恐竜が出てくる前から代々生き続けている魚である。もともとは主として北半球に広く生息し、カスピ海や黒海、イタリアのアドリア海、中国とロシアの国境を流れるアムール川、アメリカ大陸のハドソン川など各地で漁獲、利用されてきた。しかし、キャビア目的の乱獲等により現在では世界のキャビアの約8~9割はカスピ海沿岸地方で生産されたものになっていると言われている。われわれが食材店で見かけるキャビアの産地はほとんどがイラン、ロシア、それに中国と書かれたものである。

チョウザメの卵からつくられるキャビアは欧米や日本を中心として大きな市場があるが、主産地であるカスピ海に生息するチョウザメが深刻な絶滅の危機に瀕しているのはご承知のとおりである。旧ソ連時代には漁獲規制や稚魚の放流が行われてきたが、崩壊後は適切な資源管理を行うことができないような状況が続いてきた。また、カスピ海は海の約3分の1の塩分濃度であり地球上で一番大きな内陸湖であるが、石油産出や経済活動に伴う環境汚染その他により多くの問題を抱えている。

チョウザメの保護と養殖事情

このような背景のもと、CITES(通称ワシントン条約)を始めとする輸出入規制や環境保全の取り組みが近年ようやく行われるようになってきた。昨年来のキャビアを巡る世界の状況を見てみると、米国がベルーガキャビアの輸入を禁止したことやキャビアの輸出割当量の調整がつかず国際取引が当面禁止となったこと等、資源保護対策がいよいよ本格化している。もっとも、ベルーガキャビアは米国のキャビア消費量の数パーセント分にしかならないことやキャビアマーケットが本格的に動くのはクリスマス商戦前後のみであること等により、これらの対策に否定的な見方はあるものの、チョウザメ絶滅危機回避のための資源保護対策は、引き返せないところまで来ているようである。加えて、アムール川が事故により深刻な汚染に見舞われたことやイランの核開発問題の影響など、チョウザメ天然資源の未来に明るさは見られない。

このように天然のチョウザメ資源が危機的状況に向かっていることを受けて、フランスやドイツ等のEUを中心に当初はチョウザメの魚肉を目的に養殖が行われるようになった。チョウザメの成熟は条件にもよるが相当の年数を要することから、これら養殖チョウザメのキャビアは市場に出始めたばかりである。では、EU、米国などに次ぐ世界で4番目のキャビア輸入大国とされる日本の養殖事情はどうかというと、未だ年間百キログラム単位でしか生産されていないのが現状である。

宮崎県のチョウザメ研究

そこで、宮崎県での取り組みについて説明させていただくと、本県にチョウザメがやってきたのは昭和58年のことで、水産試験場小林分場に200尾の譲渡を受けたのが最初である。これは、旧ソ連と日本との友好関係の証としてわが国に贈られたものの一部を譲り受けたもので、種類はベステルという交配種である。

種苗生産のため卵の成熟度合いを検査。
(体長約2m、体重約50kgのシロチョウザメ)

研究を積み重ねた結果、平成3年に国の研究機関に続いて種苗生産に成功することができ、通算20年を超えた現在ではその技術の蓄積を生かしてシロチョウザメという欧米で養殖対象種となっている純粋種での種苗生産にも成功し、養殖用種苗として一般に供給させていただいている。チョウザメの飼育自体は容易であるが、雌雄判別と抱卵状態の判別、それにキャビアづくりが難しい。水産試験場では県内の方に限り無償ですべての技術を伝授している。

また、現在取り組んでいる研究テーマは、最初からメスだけ生ませることができないかというものである。ヒトなどと違ってチョウザメは性決定の遺伝子をメスが持っているので、いわゆる「超メス」、つまり「メスになる遺伝子しか持たないメス」をまずは作出し、次にこの「超メス」をオス化して「偽オス」を作出しようというものである。この「偽オス」ができれば、これと普通のメスを掛け合わせることにより、必ずメスが生まれることになる、という仕組みである。まだ基礎研究の段階であるが、この技術が実現すれば効率的な養殖が可能になるものと思われる。

養殖キャビアが天然チョウザメを救う?

天然のチョウザメはキャビアが採れるまでに10年から20年かかると言われているが、EUでは養殖技術が進んできたことから現在では種類によっては飼育環境次第で3年から4年でのキャビア生産が可能になってきているようだ。

飼育環境次第で早い成長が可能。
(約5カ月での成長例示、シベリアチョウザメ)

絶滅が危ぶまれるチョウザメを人間の身勝手な都合で地球上から消してしまってはならない。資源として今後ともわれわれ人間が利用させてもらうためにも、関係国等による適切な資源管理の取り組みが一層推進されなければならないのは言うまでもない。

今年の5月、EUはキャビアの生産履歴を明確化するためのラベリングシステムを天然や養殖を問わず採択すると発表した。つまり、キャビア1瓶単位で生産履歴を明確化しようとするもので、採る側の規制だけではなく流通段階においてもきちんと責任ある行動を取りましょうという趣旨である。日本にも早晩影響するものと思われる。

生産者の顔が見える安心で安全な「ファームド(養殖)キャビア」が出番を迎えようとしている。(了)


●宮崎県水産試験場http://www.suisi.miyazaki.miyazaki.jp/index.html

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