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オーシャンニューズレター

第144号(2006.08.05発行)

第144号(2006.08.05 発行)

訪れる人を温かく迎える漁港への転換

海洋ジャーナリスト、特定非営利活動法人ニューパブリックマネジメント協会常務理事◆桑名幸一

水産業を取り巻く環境の変化を踏まえ、漁業活動の拠点となる漁港の有効活用が求められている。
利用制限の多い漁港に人を迎え入れ、地域の活性化を図るには、制度の抜本的な見直しが必要になる。
漁業とマリンレジャーが共存する新しい漁港利用の将来像を探る。

水産業を取り巻く環境の変化に応じた漁港の活用

国内には3,000近い漁港がある。千葉県の銚子や静岡県の焼津など漁業活動の盛んな漁港がある一方で、漁獲量の低下などを理由に、漁業者が減少している漁港も見受けられる。

水産庁がまとめた統計データによると、1年間に陸揚げされる水産物の数量を示す属地陸揚量は、年々低下している。平成15年は454万3,000トンで、これは昭和55年の半分の量。また、漁業者の数は、昭和38年に52万3,000人だったが、平成10年には23万人に半減。今の趨勢で推移すると、平成24年には10万7,000人とさらに半減すると予測されている。

漁業者が少なくなれば、漁船も減ってくる。ピーク時の昭和60年に30万5,000隻あった動力漁船は、平成15年には24万5,000隻に減少した。

このような背景から、各地の漁港において、漁業協同組合を中心に体験漁業や都市との交流を図る事業に取り組んでいるが、「漁業活動の拠点」という命題に縛られ、思い切った改革までには踏み込めていないようだ。もちろん、漁業の盛んな漁港を軸に、水産物の安定的供給という国民的ニーズを満たす政策は今後も続けられるべきだろう。その一方、漁港を国民共有の資産と見た場合、遊休地の有効活用もまた時代のニーズとして認識しなければならない。

一般の人が利用できる施設の整備

漁港用地の多くは、国の補助金が投入された補助用地であるため、目的外の用途に使用するには難しい。税金で作られたことを考えれば当然かもしれない。しかし、本来の目的にこだわると、社会環境への対応に遅れ、融通の利かない土地として残ってしまう。土地は活用することで価値を生み出すものだから、放置された土地は税金の無駄となる。

たとえば、遊休化した土地や水面を民間事業者に貸し付け、地域の活性化につながるような事業展開を想定した制度を設ければ、漁港の有効活用に貢献するに違いない。都市で働き、休日になると田舎に泊まって農作業を楽しむクラインガルテン(ドイツ語で「小さな庭」)がブームになっているように、宿泊施設を備えた滞在型の漁港があってもいいのではないかと思う。

これを実現するには、法律や制度の見直しが必要になる。漁港施設の定義として、漁港漁場整備法に、防波堤などの基本施設と関連用地などの機能施設が明示されている。これにしたがえば、厚生施設に分類される宿泊所は、漁業関係者しか利用できない。クラインガルテンのような農作業に意欲を持つ都市生活者を受け入れる施設は、現状の漁港には作れないのである。

プレジャーボートを受け入れ、活性化に成功した関西の漁港。

高知県のある漁業協同組合では、東京都内の中学生を毎年迎え入れ、泊りがけで漁業やホエールウオッチングを体験する事業を行っている。学校や生徒にも評判がいいらしい。課題は、宿泊施設にある。最初の年は組合員の家に分散して生徒を泊めたものの、家により食事のおかずがばらばらで、苦労したらしい。次の年からは宿泊先を少し離れたホテルに変更した。宿泊施設が漁港にあれば、受け入れる側の負担が軽減され、生徒もホテルとは違った宿泊体験ができるだろう。

修学旅行生だけでは施設の維持は大変だから、釣り客、ダイビング客、一般の体験漁業客などを対象にすれば、需要が見込めるかもしれない。地元の調理法でこしらえた魚が食卓を飾り、それを話題に盛り上がれば、利用者(消費者)にとって、貴重な出会いがまたひとつ増える。

「水産業」から「海業(うみぎょう)」への転換

さらに視点を変えて、釣り客などを漁業協同組合の組合員に迎えてみるのもいいかもしれない。釣りや漁業に興味を持つ利用者を「遊漁会員」として組合に登録し、一定のルールの下に海面を開放すれば、漁業者との共存も可能だろう。

漁業協同組合には正組合員のほかに準組合員の制度もあるが、この資格は地区に住む者しか与えられないため、遠隔地の人間が準組合員になるのは難しい。したがって、遊漁会員のような新しい枠組みが必要になってくる。

また、漁港の利用形態の見直しも進めたい。漁港は本来、漁船以外の船舶も利用できるわけだが、プレジャーボートが自由に利用できるわけではない。漁港管理条例を改正し、プレジャーボートに許可係留を認める漁港が増えてはいるものの、放置艇対策に伴う最小限の水域に限られている。いままで利用していたプレジャーボートに対し、漁業活動に影響を与えない範囲内という条件で、消極的に受け入れたに過ぎない。余地があれば、一般のプレジャーボートも受け入れる積極的な対応を望みたい。

漁業者の中にはプレジャーボートを邪魔物と見る向きも多いため、マリンレジャーの利用に難色を示すと思われがちだが、必ずしもそうではないようだ。プレジャーボート桟橋を設置した関西のある漁港では、漁船とボートの棲み分けを図り、共存する光景が見られる。ルールをきちんと守ることを利用条件にしたところ、マリンレジャー利用者と漁業者が互いの立場を分かち合い、共存を実現させた。海に親しむ者同士、相通じるものがあったからだろう。

かつて訪れたことのあるオランダのアイセル湖に面したマリーナも、元は漁港だった。豪華なつくりのマリーナではなかったが、瀟洒なクラブハウスの脇にプレジャーボートと漁船が仲良く並ぶ風景は、心をいやすものだった。日本にもそんな漁港があってもいい。

本来の水産業に、いままで述べたような「海業」という要素を加え、訪れる人を温かく迎えるホスピタリティと施設があれば、漁港の魅力は高まるに違いない。「へえ~これが漁港なの?」。そんな声が聞こえるようになれば、漁港もまんざら捨てたものではない、と思うのだが。(了)

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