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オーシャンニューズレター

第138号(2006.05.05発行)

第138号(2006.05.05 発行)

真の海洋立国に対する海洋科学の貢献

第19期日本学術会議海洋科学研究連絡委員会委員長◆谷口旭

島国である日本にとって、海の恩恵と脅威はともに極めて大きい。
脅威を避け、恩恵を享受するには海洋科学の進歩と人材の育成が必要である。
しかるに、海洋に係わる学術を推進するための行政機構は分散的で貧弱である。
包括的な海洋政策を定め、海洋行政を統合して海洋科学の研究教育環境を整え、その成果をもって真の海洋立国の実現に役立てるべきである。

わが国における海洋科学の研究教育環境

日本学術会議は、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って」、「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させる」ために、1949年に設立された。1957年には、ICSU(国際科学会議)の下にSCOR(海洋研究科学委員会)が創設されたことをうけて、学術会議に海洋科学研究連絡委員会(海洋科学研連)が設けられた。

海洋科学の中核をなす物理海洋学、化学海洋学、生物海洋学、海洋地学をはじめとして、気象学、土木工学、水産学、海水化学等の諸分野および海洋科学に関係する主要な大学試験研究機関を網羅するように、選出された委員は、SCOR対応とともに、国内における海洋科学の振興に関する審議を担当し、その実現に資するべく数々の提言をしてきた。その中には、海洋および地球環境や生物圏に関する国際共同研究計画へのわが国の参画、海洋総合研究所の設立、海洋研究船および教育研究船の充実があった。その結果、東京大学海洋研究所の設置が実現(1962年)した。しかしその後は、国際研究計画参加に対する時限的な研究資金支援などはあったものの、科学研究費補助金に海洋科学領域の分科細目を設けるとか、研究教育船の船腹数増といった恒久的強化策は実現していない。

さらに、海洋科学の研究教育振興に関する審議を重ねていくうちに、海洋科学の総合性の高さに比較して、わが国における海洋関連行政の著しい分散性が強く認識されるようになった。たとえば、沿岸海洋における調査研究に関連する権能は、文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省等々にほぼ等しく分散しており、中核的な役割を担う部署がない。大学の研究教育船といった極めて限定的な事項でさえ、それを一元的に扱いうる行政部署はない。そうした行政のあり方が繰り返し顕わになるにしたがって、海洋の利用開発といった総合性も国際性も強い事項においては、現行の行政機構は機能しえないであろうと憂慮されるに至った。

海洋に係わる学術の統合的推進の必要性

■海からの恩恵を享受するには海洋科学の進歩と人材の育成が必要である。

海洋科学研連の使命は、海洋科学の振興を図り、その成果を社会に還元浸透させることであった。これは、日本学術会議の使命に沿うためのものというよりは、研連独自の信念であった。四周を海に囲まれているわが国にとって、海洋の存在は諸外国とは比較にならぬほど重要である。わが国が享受できる海の潜在的な恩恵はきわめて大きい反面、襲い来るかもしれぬ海の猛威もまた大きい。脅威を避けつつ長い将来にわたって恩恵を享受するための最も確かな施策は、海洋に関する学術を振興し、その成果を行政、産業および国民生活へと反映浸透させることだというのが、研連の信念であった。しかるに、わが国における海洋の学術振興策が、北太平洋を共有する諸外国に比べて遅れていること、その原因が、包括的海洋政策の欠如と散漫弱体な海洋行政にあることが分かるにつけ、研連の危機感は学術に留まらず海洋政策全体へと拡大した。加えて、日本学術会議の改組に伴って海洋科学研連が2005年10月をもって廃止されることになり、危機感はさらに強くなった。

その結果、研究教育環境が整備され、海洋科学の研究と輩出する人材の水準が向上すれば、成熟した海洋国としての日本の繁栄に貢献できるはずだという、長年の審議をとおして培われた自負をもって政府および社会に対する提言を発することとした。それが「海洋に係わる学術の統合的推進の必要性:包括的海洋政策策定への提言」(2005年7月)である。

関連省庁の枠組みを超越した制度的仕組みの構築を

提言の骨子は、学術振興策をはじめとする諸々の海洋政策を包括的かつ統合的に審議する制度的仕組みを急ぎ構築することが必要であり、それは、その担当範囲の広さと役割の重要性に照らして、関連省庁の枠組みを超越したものでなければならず、したがって内閣府の特別の機関とするべきである、というものである。さらに、その機関において検討するべき次の10項目を、趣旨を添えて提案した。すなわち、(1)海洋に係わるわが国の政策と行政の現状分析、(2)海洋に係わる科学技術に関する研究教育環境の現状分析と改善策、(3)生物資源の持続的かつ高度な利用を目指す水産の研究と技術開発の推進、(4)海洋の環境と生態系の保全および修復に関する研究開発の推進、(5)列島環境を支配する隣接海洋に関する総合研究の推進、(6)地球規模での海洋環境の高精度解析および将来予測の研究と技術開発の推進、(7)海洋における新規素材の探索と利用および新エネルギー開発の推進、(8)海洋を利用する運輸通信の強化と新システム構築の研究と技術開発の推進、(9)将来の世代が夢を感じることのできる人と海との係わり方に関する国民的論議の喚起、(10)途上国、特にアジア、太平洋島嶼国におけるキャパシティービルディング、である。新海洋法条約体制下におけるEEZの守備と国家安全保障は、国家にとって極めて重要な課題ではあるが、日本学術会議が意見を述べるにはふさわしくないと判断し、提案項目から除外した。なお、報告の全文は、日本学術会議のホームページ(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1031-3.pdf)および日本海洋学会機関誌「海の研究」15巻2号(2006年3月)に公開されている

むすび

2005年11月に公刊された海洋政策研究財団の「21世紀の海洋政策への提言」は、同様に、いまだ真の海洋国たりえていないわが国の現状に対する憂慮から出発しているように見える。同提言は、海洋政策大綱を策定したうえで、海洋基本法を制定するとともに海洋行政機構等を整備して、「海に拡大した国土の管理と国際協調」を遂行するべきことを、系統的かつ具体的に訴えている。その内容に照らして、海洋の学術とその中で養成される人材が、真の海洋国の実現に欠かせぬものであるという意をさらに強くした。こうした報告や提言が社会に浸透し、すぐれた海洋政策の必要性と重要性に関する国民の共通認識が醸成されることを、強く期待している。(了)

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