Ocean Newsletter
第135号(2006.03.20発行)
- 元防衛庁防衛研究所主任研究官◆上野英詞
- ISO/TC8セキュリティ分科会長◆佐藤守信
- (株)川崎造船技術本部基本設計部参事◆高津尚之
- ニューズレター編集委員会編集代表者(総合地球環境学研究所教授)◆秋道智彌
中国のエネルギー戦略と海洋の安全保障
元防衛庁防衛研究所主任研究官◆上野英詞中国は、海外石油資源への依存度の増大に伴って、中東地域から中国に至るシーレーン沿いに戦略的拠点を確保する戦略を展開している。
アラビア海やアンダマン海周辺における中国の戦略拠点の確保は、インド洋の海洋安全保障の在り方に問題を提起するところとなっており、中東の石油への依存度が高いわが国としてもこの問題に積極的に関与していく必要があろう。
中国の石油需要における増大する海外依存度
近年における中国の急速な軍事力の近代化は、米国を始め中国周辺国の懸念を高めている。中国にとって、エネルギー戦略は、特に海軍力近代化の重要な動機となっている。米国防省が2005年7月に公表した、「中国の軍事力に関する年次報告書」によれば、中国は2003年以降、石油消費量で世界第2位、輸入量で第3位となり、2004年には戦略備蓄計画も始まった。この海外石油資源への依存度の増大(現在の依存度は40%、2025年には80%に達するという)が中国の戦略と政策形成に大きな役割を果たしつつあるとして、中国がアフリカ、中東・ペルシャ湾岸、ロシア、中央アジアなどからの安定した調達を図ると共に、資源輸送のシーレーン防衛のために、外洋能力を持つ海軍と海外における軍事力のプレゼンスを目指す方向に投資を増大させていくと見ている。
エネルギー安全保障は、資源供給先の確保と共に、それらを本国に安全に輸送することが不可分の関係にある。現在、中国の石油輸入量の80%がマラッカ海峡を経由しているとされているが、中国にとって、資源輸送のシーレーンの安全確保は重大かつ困難な課題である。米国は、これらの海域において強力な海軍力のプレゼンスを維持しているからである。中国は石油輸送におけるこの戦略的弱点を「マラッカ・ディレンマ」と呼んでいる。
「真珠数珠繋ぎ」戦略の展開
「真珠数珠繋ぎ」戦略(the string of pearls strategy)とは、中東、ペルシャ湾から中国に至る1万キロを超える長いシーレーン沿いに戦略的拠点を確保することを狙いとして、中国が展開している一連の外交的、軍事的措置の総称である。2005年6月26日付の米紙、ワシントン・タイムズは、米国防省の見積もりを引用して、中国は、米国がすでにマラッカ海峡からペルシャ湾に至るシーレーンを支配していると見て、「マラッカ・ディレンマ」を克服するために、中国沿岸から中東に至るシーレーンに沿って各種の措置を取る、「真珠数珠繋ぎ」戦略を展開している、と報じた。それによれば、「真珠」には、パキスタンのグワダルに建設中の港湾に対する財政支援、バングラディシュ、ミャンマー、カンボジア、タイ、南シナ海の島嶼に基地や外交的結び付きを確立するための商業的、軍事的努力などが含まれる。最初の「真珠」、グワダルはペルシャ湾の出入り口に位置する戦略拠点にあり、商業港として建設されているといわれるが、国境を接する中国に至る陸路のゲートウエイともなり得、完成すれば海路と陸路のハブとなる可能性を秘めている。

アンダマン海の戦略的重要性
中国が展開する「真珠数珠繋ぎ」戦略で今一つ注目すべきは、ベンガル湾、アンダマン海における動きである。この海域はマラッカ海峡の出入り口を扼する戦略的に重要な海域で、ベンガル湾とマラッカ海峡を分かつ位置にインド領のアンダマン、ニコバル諸島があって、インド本土からは遠く離れているが、インドネシアとミャンマーには至近の距離にある。アンダマン諸島の北にミャンマー領のココ諸島がある。香港のアジア・タイムズ電子版の最近の報道を総合すれば、中国は1994年に、ココ諸島をミャンマー政府から貸与され、大ココ島に海洋偵察・電子情報ステーションを、小ココ島に基地を建設しているといわれる。これらの施設は、その位置から中国にとって戦略的に極めて重要である。さらに中国は、マラッカ海峡迂回ルートの一つとして、ミャンマーのイワラジ川を遡航して中国雲南省の省都、昆明を河川航行と陸路で繋いでインド洋にアクセスする構想を持っているといわれる。一方、インドも、この海域における中国の動向に対応して、南アンダマン島の州都、ポート・ブレアを拠点として、インフラの整備と共に海軍の活動を強化しつつあると報じられている。この海域におけるインドや中国の動向についてはわが国ではほとんど報道されることはないが、この海域はわが国のシーレーンの安全保障にとって死活的に重要な海域の一つである。
現在までのところ、中国海軍にはこれらの数珠繋ぎの「真珠」を利用して、アラビア海やアンダマン海周辺に常駐的なプレゼンスを維持する能力はないとみられるが、2005年11月から12月にかけて中国海軍のミサイル駆逐艦が補給艦を伴ってインド洋においてパキスタンとインドの間で合同軍事演習を実施するなど、中国海軍のこの海域における活動が活発化しつつある。
わが国の対応
中東の石油への依存度が高いわが国にとって、中東からインド洋、南シナ海を経由するシーレーンの安全確保が国家としての生存を左右する重要な課題であることは言うまでもない。わが国は、遠距離のシーレーンの安全保障を米海軍のプレゼンスに大きく依存しているが、2001年12月以降、テロ対策特措法に基づいてインド洋に補給艦を含む数隻の自衛艦を常時派遣しており、いわば一定のプレゼンスを維持している状況にある。したがって、わが国としても、近海における中国海軍の活動に対応していくことに加えて、インド洋における海洋安全保障の在り方に対しても、今後、積極的に関与していく必要があり、そのための種々の環境整備が求められるところである。(了)
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